家族の愛情と絆

 頭がくらくらする中で、私は目覚めた。
 ゆっくりまぶたを開くと、見知らぬ部屋の天井が映る。
 白い清潔な部屋の中は消毒液など病院で感じるものと似たようなものを感じ取る。

 体が重たい。違和感がある。
 よく見れば、体中に管のような何かが取り付けられていた。
 心拍数を計る機械独特の電子音が、耳にこびりついて頭から離れない。
 口には酸素マスクがあって、まるで重病患者みたいな状態になっている。

 現状把握をしていたその時、ドサッと音が聞こえた。
 気だるげに顔を向けると、見知らぬ美男美女がいた。
 誰?と問いかけたくても、喉がかわいて声が出ない。
 驚愕のあまり硬直した二人は我に返ると、女性がナースコールを取って、男性は落とした荷物をそのままに廊下を走る。

「天音? 私のこと……わかる?」

 泣きそうな顔で私の手を握る女性。
 とても辛そうな……でも、気持ちがたかぶっているような気がした。

 なんだか、この人……。

「ぉ……かぁ……しゃ……」

 お母さんみたいと、漠然ばくぜんと思った。

 すると女性は目に涙を溜めて、優しく、それでいて力一杯私を抱きしめた。

 そして、悟った。
 この綺麗な人が、私のお母さんなのだと。


 私は、転生したのだと。



◇  ◆  ◇  ◆



 私、時和天音が転生を自覚したきっかけは複雑だった。
 3歳頃に謎の高熱にかかって昏睡状態になり、約1年も眠り続けていた。
 意識が深い闇に沈んでいた頃、前世の映像が強制的に流れ込んできたのだ。
 今世の記憶と前世の記憶が合わさって、ようやく目覚めることができた。

 まさか植物状態になってしまうなんて、私も驚いてしまった。
 周りから奇跡の生還だと言われたけれど、私はそうとは思わなかった。ただ単に前世が蘇るまでの負担が脳にかからないように、大脳が一時的に機能を止めたのだと思う。
 まぁ、これは話せないから、真相は闇の中だ。


 退院してしばらくすると、両親のスパルタ教育が始まった。
 両親から出された課題である外国語を和訳したり、日本語を外国語したり。

 どうしてこんなスパルタ教育なのか。それは、両親の職業にある。

 お父さんは、世界一有名な科学者で技術者。
 お母さんは、その助手であり有名な情報屋。
 二人揃って天才だから、いろんなオファーも受けるし、依頼もたくさん送られる。

 私が生まれてから育児を優先して国内の依頼だけにしてくれていたけど、溜まった依頼を消化しないといけなくなって、国内だけでも手分けして出張することになったのだ。

 私は、そんな両親の弱みになる。それを防ぐために、幼少期からきたえられたのだ。

 大変だったけど、私を護ろうとしてくれている両親の愛情を知っているから。
 それに、五歳上の兄も、二歳下の妹もいるから、頑張ろうって思えた。



 季節が巡って、淡い紅色の花が満開に咲き誇る春を迎えた。
 1年前から交代しながら出張に行っていた両親が、今日は久しぶりに揃っていた。
 さっそくリビングに呼び出されたのは、今年から小学校に行くから、その話だろう。

「天音、学校に行く時は、これをつけていきなさい」

 向かい側のソファーにいるお父さんが、黒いウィッグと丸みを帯びた銀縁眼鏡を渡す。
 受け取ってかざしてみると、分厚いレンズには度が入っていない。

「どうして?」
「今まで幼稚園に通っていなかったから解らないだろうが、幼い子供は自分とは違う者を嫌う。天音の髪と目は、紗音しゃのん……お母さんとお義父さん譲りで綺麗だが、ここは日本で、黒い髪や瞳が多い」

 ……あぁ、なるほど。一種の防衛対策ってことね。
 確かに子供は見かけだけでも異質なものを嫌う。はぶられたり、敬遠されたり、いじめに発展することも少なくない。
 最悪の場合を回避するためにも、瞳を隠した方がいいのか。
 眼鏡なんて邪魔だしわずらわしいけど、両親が私を守ろうとしてくれているから嫌な顔をしないでうなずいた。

「……天音には苦労をかけちゃうわね」
「そうかな? 私、お母さんとお祖父ちゃんの色、大好きだもん。一緒の色を持てるって幸せだよ」

 心からの言葉を笑顔で言えば、お母さんは瞳をうるませて、お父さんは穏やかに笑った。
 だが、次の瞬間にはやや暗い表情になった。

「幼稚園に入れてやれなかったのも、お前を悪意から守るためだった。俺達の仕事が原因で誘拐されたくなかった。……だけど、結局寂しい思いをさせてしまったな」

 幼稚園に入らなかったから、同年代の子供と関わったことがない。
 気楽で良かったけれど、コミュ障になりかけてしまった。
 でも……。

「んーん。おじいちゃんがそばにいてくれたから、寂しくなかったよ」
「お父さん……天音のおじいちゃんが来てくれていたの?」
「うん」

 私の祖父は、仕事の都合で別居しているが、時々会いに来てくれているのだ。
 ちなみに祖父は、この町の商店街の路地裏で秘密のあきないをしている。

 兄と妹は両親と海外を飛び回っているけれど、私は植物状態だったこともあるからお留守番。それで寂しくなることも多々あるけれど、祖父がそばにいてくれた。

「みんな一緒にいられないのは……寂しかったけど」

 交代だけど、両親と一緒にいられた。その時は兄も妹も帰ってきていた。でも、家族全員が揃うことは滅多になくて、寂しかった。
 祖父も来てくれていたけど、家族の誕生日は全員揃って祝いたかった。
 まぁ、そんな我儘わがままを言っても仕方ないけど。

「でも、いつも守ってくれて、ありがとう」

 それでも両親が私を守ろうとしてくれているのは解っていたから、構わなかった。

 笑顔で感謝の気持ちを伝えると、両親は泣きそうな、それでいて嬉しそうな顔になる。
 二人の笑顔を見て、私も安心するのだった。

 ――ピンポーン

 そんな時、我が家の呼び鈴が鳴った。
 お母さんが玄関に行くと、数日ぶりの声が聞こえた。

「あっ、おじいちゃん!」
「こんにちは、天音。たかしはお疲れ」

 どことなく色っぽい笑顔で挨拶したのは、おじいちゃんこと時和かい

 目付きは私とお母さんと違って、若干切れ長で涼やか。
 五十代半ばだというのに髪の毛も色褪いろあせていない。顔のしわだって平均よりとても少ない……というか、目元以外はほとんどない。
 足腰は丈夫で、背筋もしゃんと綺麗に伸びている。今でも激しい運動ができる理由がよくわかる。

 まさに美老人。地元では年齢詐欺師とも呼ばれているのは、ここだけの話。

「お久しぶりです、お義父さん」
「今日は天と紗音に折り入って頼みがあるんだ。というか、協力してほしい」
「「協力?」」

 お父さんとお母さんが異口同音でオウム返し。

「天音には悪いが、ちょっと理音りおんと一緒に紗綺さあやの面倒を見てくれないか?」
「え。……一緒にいちゃダメなの?」
「ごめんな。その代わり、あとで持ってきたお菓子を一緒に食べよう」
「! うん! 待ってるね!」

 ちょっと残念だけど、一緒にお菓子、というくだりで瞳を輝かせてしまった。
 だって、みんなで食事をするのは久しぶりだから。

 そんなこんなで、私は二階にいる兄妹の元へ急いだ。
 私がいない間、三人があるサプライズを考えているとは知らずに。



◇  ◆  ◇  ◆



 転生の自覚を得て数年で、私は驚くべきことを知った。

 私が生まれ育った町の名前。町の名を冠する中学校や商店街、神社、河川敷、裏山、海岸……。
 この全ての頭に「並盛」という名称がついている。
 欲しいものがあれば大抵のものなら手に入れられる、並盛商店街。
 並盛駅から20分先には、夏になれば海開きで人が集まる、並盛海岸。
 8月になれば地域住民が賑やかに盛り上げる、並盛神社の夏祭り。
 並盛海岸へと流れ込む、並盛町と隣町をへだてる広々とした河川敷、並盛川。
 駅前のバスから約一時間で、キャンプやハイキングなどの行楽に定評がある、並盛山。

 町の名前は――並盛町。

 何か特別なものがあるというわけでもない平均的な街並み。
 大なく小なく並がいい――という校歌が似合う場所。


 現実にはないはずの町名を知って、確信を持った。

 この世界は――少年漫画【家庭教師ヒットマンREBORN!】なのだと。

 私は漫画の世界に転生トリップしたのだと、知ってしまった。
 しかも、私の計算していた通りなら、主人公と同い年になるだろう年に生まれて……。

 最初はギャグ漫画だったのにバトル漫画になった世界に、しかも主人公と同い年(仮)として転生したなんて……笑えるか!!

 そんな憤りを抱えたのも、小学生に上がった頃のこと。
 未来のことは、まだわからない。その時が来るまで流れに身を任せようと決めた。


prev / next




1/24