宿命と贈り物

 あれから2年が経って、私は小学2年生になった。
 地味な姿になってから、誰も私に見向きもしなくなった。
 少し寂しいけど、子供の相手の仕方がわからないから安心している。

 成績は幼い頃からの努力の賜物たまもので、常に満点でトップに立っている。今は中学レベルの勉強まで進んでいるから、当然かもしれない。

 運動の方も、おじいちゃんの友人が経営している総合武道場に通っているから抜群の身体能力を手に入れた。
 そのせいか、あらゆる武術を叩き込まれている。今は棒術を鍛えられているけど……大変だ。
 昨日も終了時間まで道場にいたから疲れた。子供なのに疲れが取れないってどうよ。

 こんな淡々とした小学時代は味気ないけど、他人と関わることが苦手な私にはちょうどよかった。



 今日は道場の日ではないから、そのまま家に帰った。
 ゆっくりしよう。そう思った時、中庭に誰かがいた。

 鉄の帽子に鉄の仮面。この季節では熱いだろうトレンチコート姿。市松模様いちまつもようの爪先が目立つ靴と、同じく市松模様の手袋とネクタイ。それらがトレードマークの紳士。
 不法侵入者? ……いや、違う。あれは……!

 チェッカーフェイス。
 未来編で川平のおじさんとして登場する、物語の鍵を担う人物。
 この世界の地球を守る原初の人間の一人だ。

「だ、れ……?」

 緊張から口の中がかわく。それでも声を絞り出せば、チェッカーフェイスは二ッと笑い、変わったステッキを片手に縁側に座った。
 恐る恐る縁側に出ると、チェッカーフェイスがふところから小さな箱を出す。

「私はチェッカーフェイス。君の名前は?」
「……時和天音」
「天音、君にあるものを預けに来た」

 チェッカーフェイスはそう言うと、箱のふたを開ける。
 中に入っていたのは、見たことがないくらい綺麗で不思議な指輪。
 淡い紅色の花を閉じ込めた桜色の宝石。透明感のある不思議な宝石を嵌め込んでいる。
 桜を閉じ込めた桜色の宝石なんて、初めて見る。

「これは因果のリング。世界のいしずえに属さない因果の炎を灯す媒介ばいかいだ」

 因果の、炎……? ……聞いたことがない。

 死ぬ気の炎には、大空、雨、嵐、晴、雷、雲、霧といった七種類の属性がある。
 大空の属性は、ほかの全属性に通じるものがある代わり、大空の属性を持つ人間は希少で、七分の一よりも下回る。
 そして、この世界に存在するのは大空の7属性以外に、大地の7属性、世界の礎にされた者の成りの果てである復讐者ヴィンディチェおさが創り出した第8属性『夜の炎』のみ。

 ……ん? 世界の礎に属さない?

 眉を寄せて察した私に、チェッカーフェイスは口角を上げる。

「これは隕石の中から発見されたものだから、トゥリニセッテの一部に入らない。……だが、これは7³と同等の力を持っている。本来なら厳重に保管すべきものだが、私では持て余してしまうからね。適応者を探していたのだよ」
「適応者……。それが、私ってこと?」
「理解が早いな」

 ニッとニヒルに口角を上げるチェッカーフェイスに眩暈めまいを覚えた。

「因果の特性は支配。接触した相手の死ぬ気の炎を操り、吸収して力を増幅させる能力がある。どう扱うかは君次第だ」

 責任重大なものを押し付けられた。
 特性とか効果が判明しているのは助かるけど……チートすぎないか?
 拒否権は……チェッカーフェイスが来ている時点でないんだろうなぁ。

 口を引き結んでしまうけど、深く息を吐き出して決意を固める。

「……わかった。引き受けるよ」
「そう言ってくれると助かる」

 口角を上げるチェッカーフェイス。
 本当は押し付ける気満々のくせに……。

「それと、因果のリングの影響で7³+αというシステムが生まれた」
「……プラス……アルファ? 新しい何かが増えたってこと?」

 気になってたずねると、チェッカーフェイスは意外そうに驚いた。
 そして、感心から口角を上げる。

「雪のリングだ。雪属性の特性は拒絶。接触しなくても相手の死ぬ気の炎を遠隔えんかくで封じることができる。ただし因果のリングには通用しないようだ。これは7³に干渉し、機能を停止させる危険な力がある。ちなみに適応者に渡したばかりだ」

 確かに危険な能力だ。しかも拒絶する意思を持てば、否応なしに能力が発動する。
 私、因果のリングで心底よかった。そんな手に余る力は、これ以上持ちたくない。

「では、天音。そのリングをよろしく頼むよ」

 そう言って、チェッカーフェイスは限りなく気配を消して庭から出ていった。
 あれがヘルリングの一つ、セーニョリングの能力か。復讐者達が血眼になって探しているのに見つからないわけだ。
 ともかく生き延びるために、この指輪を隠し通そう。厄介事は嫌いだけど頑張ろう。

 そう決めて、因果のリングをポケットに押し込んだ。



◇  ◆  ◇  ◆



 小学3年生になって、誕生月に入った梅雨入り前のこと。
 今まで国内だけの依頼を受けていた両親が、とうとう海外の依頼を消化するために家を空ける時が来た。

 見送りは私だけじゃなくて、兄妹とおじいちゃんも一緒。
 現在、14歳の兄はヒスイ中に通っている。妹も今年で小学1年生になったから、今年の春から家で過ごしている。

 嬉しかったけど、両親が滅多に帰って来なくなるのだと思うと気持ちが沈む。

「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「紗音も天も、気をつけて行ってこい。手紙くらい送ってくれ」

 短く告げるお父さんに、兄さんもおじいちゃんも普通に挨拶あいさつする。妹は……とても泣きそうな顔だけど、私にしがみついて耐えている。

 私は……何て言えばいいのかな。
 沈んだ表情を明るく変えないといけないのに、なかなか気持ちに踏ん切りがつかない。
 もどかしくてつらくなってくると、お母さんが私と目線を合わせる。

「天音、ちょっと早いけど……」

 そう言って手渡したのは、正方形の箱。
 綺麗にラッピングされているそれとお母さんを交互に見ると、お母さんは笑った。

「誕生日おめでとう。当日に祝えない代わりに、天とおじいちゃんと作ったの」

 お母さんの言葉に驚いて、私は箱に視線を落とす。

「……開けていい?」
「ええ」

 お母さんの返事で、丁寧ていねいに包装紙を開いて箱を開ける。

 すると、そこに入っていたのは金の懐中時計。
 ただの懐中時計じゃない。月桂樹と唐草が絡み合った模様を蓋の縁にほどこして、中には三日月型の瑠璃色のオパールと、桜の形に組み合わせた微細にカットされたモルガナイトとルビーがはまっていた。

 触るのも勿体無もったいないそれに驚愕きょうがくし、恐る恐る手に取って蓋を開ける。
 カチッと音を立てて開くと美しい音色が奏でられた。

 この音色は、オルゴールだ。
 ローマ数字の文字盤と、下にオルゴールの鍵盤けんばんが覗ける穴が開いていた。時計の針が動くたびに、細い棒が鍵盤をはじく。

「……! これっ……!」
「気づいたか」

 聴き入っていると、あることに気づいた。
 お父さんが嬉しそうに声をかけて、私は頷く。

「これ……私の歌……」

 前世の私が作った歌だ。
 前世の私は十代の頃に音色を作って、それを小説に使いたくて二十代で作詞したのだ。
 つたない歌だけど、大好きになって。今生もおぼえていることが嬉しくて、一人の時によく口ずさんでいた。

「三年前にね、おじいちゃんに頼まれて楽譜がくふを作ったのよ」
「! おじいちゃんが?」

 おじいちゃんを見上げると、にこりと私に笑いかけた。
 三年前と言ったら、私が小学校に入学する前の……まさか、あの時の?

 思い出した私は、感動から口を引き結ぶ。
 私の歌を両親が楽譜にしてくれるなんて、おじいちゃんがオルゴールにしてくれるなんて思わなかったから……。

「……ありがとうっ」

 そっと蓋を閉じて、感極まってこぼれた涙を拭いて笑った。

「お父さん、お母さん。いってらっしゃい。無事に帰ってきてね」
「ああ、もちろんだ」
「ちゃんと帰ってくるわ。こんなに愛しい家族がいるんですもの」

 お母さんの言葉にまた目がうるんで、お母さんに抱き着いた。

「私も、大好き」
「わたしもー!」

 妹も一緒に想いを伝えればお母さんが強く抱き締めてくれた。
 でも、ほんの少しの間だけ。すぐに離れてしまったけど、私は笑顔のままでいられた。

「いってらっしゃい!」
「行ってきます」

 離れていく二人に手を振る。
 見えなくなると切なくなるけど、笑って見送れた。

「おじいちゃん。誕生日プレゼント、ありがとう」
「どういたしまして。喜んでくれてよかった」

 懐中時計を箱に入れ直して、肩に掛けている小さな鞄に入れた。
 大事な宝物が壊れたら大変だからね。
 鞄のチャックをしめたところで、おじいちゃんが私の頭を撫でる。

「お前達、今日はうちに泊まりなさい」
「はい。お世話になります」

 兄さんが礼儀正しく言うと、おじいちゃんは兄さんのひたいを指先で弾いた。
 いわゆる、デコピン。

「いたっ」
余所余所よそよそしく言うな。理音もわしの大事な孫なんだぞ。ほら、もう一度」
「……世話になる」
「うむ、それでいい」

 おじいちゃんの言葉に兄さんが笑えば、おじいちゃんも気をよくして笑う。
 いい家族に恵まれたと、改めて実感した。


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