[ book mark ]
流れる時の中で
とうとうジョットが帰国する日がやってきた。
ジョットの両親は日本まで迎えに来ていない。イタリアの空港で落ち合うらしい。
「悠宇さん、叶恵さん、お世話になりました」
しっかりとした挨拶をするジョットを見て、一気に実感が湧いてきた。
短い間だったけど、ずっと一緒にいたからかな。ジョットがいなくなると思うと、寂しさが押し寄せてきた。
「祈里」
俯きそうになった顔を上げると、ジョットは私の額にデコピンした。
「いたっ」
「そんな顔するな。また会えるんだから」
確かにそうだ。ジョットは日本に移住するって宣言したから。
でも、彼の両親は許してくれるだろうか。
……いや、
それに、ジョットは会えるって約束してくれた。なら、それを信じるのが友達だ。
「……うん。また会おうね」
切なさはある。けど、笑顔で見送りたくて笑った。
すると、ジョットに手を引かれた。
「わっ」
「――Mi piace.」
耳元で囁いたのはイタリア語。
両親からイタリア語を習ったから、その意味を知っている。
だからか、心臓が甘く跳ねた。
目を丸くしてジョットを見れば、彼は悪戯が成功した子供らしい笑顔を見せた。
そして、私の頭をクシャッと撫でる。
「またな、祈里」
「っ……うん。またね、ジョット」
返事は、まだ言えない。
でも、胸の奥から湧き上がる熱が勇気を与えてくれて、満面の笑顔で見送った。
「祈里、何を言われた?」
ジョットが見えなくなって、お父さんが訊ねてきた。
見上げると、お父さんは目を据わらせて、何やら不機嫌そうな顔をしていた。
何を言われたかと聞かれると……。
「秘密!」
人差し指を口元に当てて笑った。
がっくりと項垂れたお父さんの肩を、ポンポンとお母さんが叩いて
仲のいい光景に、なんだか微笑ましくなった。
――好きだ。
耳打ちされた、ジョットの言葉が蘇る。
友愛なのか、親愛なのか、はたまた恋愛なのか。
私には推し量れなかったけど、でも、これだけは言える。
私も、ジョットが好き。
ジョットが帰国してから、月に一度だけ手紙を送るようになった。
あれから三年が経って小学五年生になった私は、日常と思いをイタリア語で便箋に
でも、今回は少し違う。
物語に登場する中学校の情報が欲しいと、前回の手紙で
そこで現在の並盛中学校を包み隠さず書いた。
いわゆる不良校だと。
雲雀恭弥が風紀委員長となってから改善される――とも。
「……あ、そうだ」
ついでに両親と相談した結果、家から一番近い並盛中学校に通うことになってしまったことも書いた。
「う……なんか、返事が怖くなってきた……」
書き終わって読み返し、机に突っ伏す。
まだ出していないのに返事が怖いって……まぁ、今回はいつもと違うから……。
不安もある。それでも思い切って便箋に封をした。
夏休みに入って、しばらく。
先にポスターと読書感想文を終わらせて、残り僅かとなった宿題を片付けていると、扉からノックの音が聞こえた。
「はーい」
お祖母ちゃんかな? と思ったけれど……ちょっと待って。お祖母ちゃんは返事を返すと普通に入ってくる。
まさか、何かのドッキリでもしているのかな?――なんて思いながら向かい、扉を開けると……
「久しぶり」
――パタン
……今、いないはずの人がいた。
「祈里!? なんで閉めるんだ!?」
「……ごめん、ちょっと落ち着かせて」
口に手を当てて深呼吸する。
こんなに
「開けていいか?」
「……今開ける」
心の準備はできていないけど、勇気を出して扉を開けた。
そこには、少し不機嫌そうな顔のジョットがいた。
「人を見た途端に閉めるなんて酷いじゃないか」
文句を言われるけど、言葉を返す余裕がなくなる。
だって、三年前より成長しているから。
背は当然のように高くなり、顔立ちもはっきりしている。
微かに幼さが残っているけど、それでもジャニーズ系の美少年に成長しているのだ。
……何だろう。この破壊力は。人の顔を直視できないなんて初めてだ。
「祈里?」
「……ちょっとごめん。落ち着かせて」
俯いた顔を両手で覆い隠す。
「いったいどうしたんだ?」
不思議そうに問いかけられて、深く息を吐き出す。
「……うん。すっごくカッコよくなってて……びっくりした」
口元だけ隠して見上げ、くぐもった声で答える。
すると、ジョットは真顔になった。
「あ、ごめんなさい。廊下暑いよね。どうぞ」
慌てて道を開けると、ジョットは片手で顔を覆い隠して溜息を吐いた。
「ジョット?」
「……祈里の方こそ、かわいさに磨きがかかったな」
「……えっ? そ、そんなことないよっ?」
身長と髪の長さは変わったけど、それ以外はあんまり変わってないと思う。
それでも気恥ずかしさから頬が熱くなってしまい、ぎこちなく首を横に振る。
ぐしゃぐしゃとジョットは髪をかき乱し、部屋に入ると扉を閉めた。
「部屋、変わったな」
「あ、うん。ちょっとだけ」
今年の正月に返ってきた両親がカーテンとカーペットを変えたのだ。
あと、産毛のような肌触りが心地よいソファーも加わった。
ジョットと一緒にソファーに座り、私から切り出す。
「三年ぶり……だね。もしかして、今回もホームステイ?」
訊ねると、ジョットは小さな笑みを浮かべて言った。
「今日から住むことになったんだ」
「……え? うちに?」
「帰国子女として転入することになったから」
それを聞いて、ぽかんとした。
え、まさか、あの手紙が原因?
「……まさかとは思うけど、ジョットが転入する学校って……?」
「並盛中学校だ」
ぽく、ぽく、ぽく、ちーん。
「えぇえええっ!?」
「そんなに驚くのか」
「だっ、だって今のあそこ、不良の
「だからだ」
度胆を抜いた私の言葉に、ジョットは真剣な顔をした。
「二年後、祈里が入学するところだ。早いうちに改善させた方がいいだろう?」
思わぬジョットの決意に、目を丸くしてしまった。
でも、心配になってきた。
「ジョットは……もっといい学校に行かなくていいの? せっかくの新しい人生なのに」
せっかく現代に転生したのに、私なんかのために無理しないか。
不安と心配が湧き上がって眉が下がる。
すると、ジョットが私の手を握った。
「大丈夫。これがオレのやりたいことだから」
「……やりたいこと?」
ジョットのやりたいことと言ったら、前世で言うと自警団のような活動だ。
でも、今世での彼はどんなことがやりたいのか、考えたことがなかった。
もし前世のような活動をしたいのなら、心配だ。
だって、前世の彼は町のために自らの人生を
「もしかして、前世みたいなこと?」
また前世みたいなことにならないか不安で訊ねると、ジョットは目を
そして、柔和に微笑んだ。
「そうであり、そうじゃない。前世みたいに組織を創るほどのものじゃないんだ」
「そうなの?」
「ああ。オレがやりたいのは、大切なものを近くで守ることだから」
ジョットの大切なもの。それが何なのかわからない。
きょとんとしてしまう私に、ジョットは笑った。
「ジョットの大切なものって何?」
「教えない」
「ええ?」
楽しそうに拒んだ。
不満の声を上げてしまったが、ジョットは笑うばかり。
「今はまだ、な。いつか教えるから、待ってくれないか?」
今は教えられない。でも、いつか話してくれるのなら……
「……わかった」
今は待とう。ジョットが教えてくれるまで。
頷けば、ジョットは私の頭をぽんっと撫でた。
「でも、無理だけはしないで。何かあったら、私や周りに頼ってね」
「もちろん。オレだって前世みたいな無理はしたくないからな」
ジョットの本心を聞いて、ようやく安心できた。
もし前世みたいに身を削るような道を歩むのなら、何としてでも止めるつもりだ。
今生こそ、彼には幸せになってもらいたいから。
なら、私はそんな彼を支えよう。彼が望む人生を歩めるように。
そんなこんなで、私の新しい日常が始まった。
prev / next