髪型


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 第六特異点を制覇して、円卓の騎士が続々と召喚された。
 多くのサーヴァントが召喚されて、カルデアの空き部屋が埋まっていっているけど、大丈夫だろうか。

 朝食を食べながらぼんやりと考えていると、隣で食べているサーヴァントの視線が突き刺さっていることに気付く。

「……どうしたの? モードレッド」

 第四特異点のロンドンで仲間として最後まで行動し、第六特異点のキャメロットで敵対した円卓の騎士モードレッド。

 父王であるアルトリアに認められず、息子であることを否定された。
 敬愛が憎悪に変わり、ついにアルトリアに反旗をひるがえし、カムランの戦いで相打ちとなった、叛逆の騎士。

 彼女――女扱いすると殺しにかかるので注意されたし――は今、私のサーヴァントになってくれた。召喚された当初、アルトリア・リリィの存在に混乱していたけれど、今では「年下の父上」と呼んで不器用ながら懐いている。

 それに――

「なぁマスター、いっつも同じ髪型でつまらなくねえか?」

 突拍子もなく、モードレッドが言った。
 というか、モードレッドが髪型で何か言うなんて……。

「好きな髪型だからね。それに一つにまとめる時も、このままでも問題ないし」

 天変地異の前触れなのかと失礼なことを思いながら、自分の後頭部に触れる。

 私の髪型は、耳の後ろの少量でハーフアップ……いわゆるお嬢様結いに結わえている。一つにまとめたいときはヘアゴムで束ねればいいだけだから、結い直さなくてもいい。

 好きな髪型でもあり、自分にとって楽な髪型でもあるのだ。

「それに他の髪型って、あまり知らないから。やったとしても時間がかかるし」
「してみたいとか思わねーの?」
「うーん……。試してみたいとは思っても、似合わなそうだから後回しにしちゃうんだよね……。時間も勿体無いし」

 三つ編みハーフアップは試してみたことがあるけど、三つ編みでつまずく。鏡がないと綺麗に編めないし、何より時間がかかる。
 カルデアでは周回のために時間がしくなるから、お洒落に気を回していられない。気を回す暇すら勿体無いと感じてしまう。

 ワーカーホリックかなぁ、と悩みながらお茶を飲むと、モードレッドが笑った。

「女として枯れてんなぁ」

 ……悪気がないとは分かっている。けれど、流石にこれは看過できない。

 確かに私は前世を持っている。精神年齢はおばさんと言っていいだろう。
 でも、今はまだ十代だ。あと一年で二十歳になるとしても、年頃の乙女の域だ。

 そんな私に……枯れてる?

「ふっ、ふふふっ……」
「な……何だよ、急に笑い出して気色わりぃ」

 込み上げる憤りから笑みが浮かび、笑声が漏れ出る。

 ニコリと口角が上がっているが、目だけは笑っていない。据わっている、と言える目付きだ。
 そんな私の笑顔を見て、モードレッドは軽く身を引く。

「その頬を抓って引っ張るよ?」

 できるだけ優しい声を心掛けたが、圧力がこもってしまう。
 周囲のサーヴァント達は身を引いて離れるが、モードレッドは挑発的に笑う。

「このオレにできると思うのか?」
「うん」

 できる。なぜなら私には統一言語があるからだ。

【体」「が」「固まる】
「あ? 何言って……は?」

 統一言語は、普通なら聞き取れない。世界そのものに催眠術をかける力がある特別な言語なのだから当然だ。
 怪訝な顔をしたモードレッドだが、テーブルに腕をついた状態から体が動かないことを自覚したようだ。

「ふふっ、うふふふふっ」
「ま、まて、マスター、待て。やったらただじゃ済まねーぞ」
「どうぞご自由に。その分やり返すから」

 キラキラと輝かんばかりの笑顔で手を伸ばす。

「やめ――」
「問答無用」

 焦りを募らせるモードレッドの両頬に両手を添えて、むぎゅーッとつまんで引っ張る。

「いっふぇえー……!」
「あははっ。よく伸びるー」

 爪を立てないよう気をつけているけれど、かなり痛いようだ。
 それでも反省するまで手を放さない。

「次、枯れているとか言ったら、今度は紐をつけた洗濯バサミを顔中につけて引っ張るから」
「ふ、ふぁるかった……!」

 威圧をかけて言えば、モードレッドは青ざめて謝った。
 ようやく溜飲が下がって手を放せば、「いってぇー……」と身動きが取れないまま呻く。

「何の騒ぎですか? マスター」

 その時、食事を終えたらしいセイバーのアルトリア・ペンドラゴンが声をかけてきた。
 呻いていたモードレッドは、ガチッと硬直する。

「髪型の話で、ちょっとね。あ、そうだ。アルトリアの髪型、教えてくれない?」
「いいですよ」
「ありがとう。せっかくだから動画取りたいし……あ、じゃあモードレッドの髪で結ってくれないかな?」
「はあ!?」

 虚数空間から端末を取り出してカメラ設定を操作しながら、モードレッドに笑いかける。

「私、女として枯れているんでしょう? 潤うためにも協力してくれるよね?」
「い、いや、その……ち、父上の手を煩わせるのは……!」

 笑顔で圧力をかける私に、モードレッドは焦る。私達のやり取りを見ていたアルトリアは、一つ頷いてモードレッドの後ろに回り、髪に触れた。

「ち、父上!?」
「動かないでください。手元が狂います」

 あっという間にモードレッドの髪を解いたアルトリア。私はその斜め後ろに立って、端末で動画を撮った。

「――そして、最後にこう結びます」
「すごーい……! あっという間! さすが上手だね」

 動画撮影を止め、最後にモードレッドとアルトリアを一緒に写真に撮る。
 うん、親子ツーショット! レアだ、レア!

「ありがとう。上手にできたら見せるね」
「ええ。楽しみにしています」

 嬉しくて笑顔でお礼とともに約束を言えば、アルトリアはにこやかに笑って去っていった。
 見送った後にモードレッドを見れば、彼女は固まっていた。

 さて、とどめと行きますか。

「じゃあ、モードレッド。今日一日、その髪型で過ごしてね」
「……は?」
「アルトリアとお揃いの髪型って滅多にできないでしょう? それに、アルトリアが手ずから結わえてくれたんだよ? 勿体無いことはできないよね」

 父上とお揃い。
 父上が結ってくれた髪型。
 王自ら結わえた髪型を意味なく崩すのは不敬。

 ――モードレッドの中で、そんな単語が溢れていることだろう。証拠に、面白いくらい赤くなったり青くなったり、忙しない百面相が繰り広げられている。

「さて、と。今日の素材集めだけど、一緒に来る?」
「……謀ったな?」
「え? 何で?」

 ギロリと睨んでくるモードレッドだが、謀っているつもりはない。せっかくだから親子お揃いという光景を見てみたかっただけなのだから。
 まさかアルトリアが乗ってくれたのは私でも驚いたけどね。

 キョトンとした顔で首を傾げると、モードレッドは盛大な溜息を吐いた。

「しょーがねえなぁ……行ってやるよ。ただし、他の円卓の奴らは呼ぶなよ」
「ありがとう。じゃあ、準備してくるね」
「おーう」

 円卓の騎士は呼ばない。モードレッドの名誉のためにも、それだけは避けよう。

 そう思ったのだが……。


「モードレッドさん、今日はよろしくお願いします。あっ、今日は大人の私とお揃いの髪型なんですね!」
「……マスター」
「ごめん。不可抗力……」

 半眼になるモードレッドに、両手を合わせて素直に謝る。

 まさかアルトリア・リリィが修行のために一緒に行きたいと申し出るなんて、このタイミングで思うわけないでしょう?

「あの……もしかして、駄目でしたか?」

 しゅん、とアルトリア・リリィが落ち込みだす。
 私達のやり取りにただならぬものを感じたようだけど、訂正させなければ。

「い、いや、年下の父上が駄目なわけ……」
「大人の私が、今日は修行に行くにはいい日だと言ってくれたのですが……」
「……ああ」

 犯人はアルトリアか。
 まさかここまで見越しているとは……さすが王様。見事な手腕だ。

 感心しつつモードレッドを見れば、彼女は目を丸くしたまま固まってしまった。

「もちろん大丈夫。何かあったらモードレッドもいるし、エミヤもメディアも頼りになるから。ね?」
「もちろんだとも」
「モードレッドの髪型が崩れないように魔術もかけてあげるから。未来のあなたとのお揃いを楽しみなさいな」

 事情を理解しているらしいメディアの含みのある笑顔に、モードレッドは絶句、アルトリア・リリィは大輪の花の如く笑った。

「メディアさん、ありがとうございます!」
「どういたしまして。次は同じ髪型でデートすればいいわ」
「で、でーと、ですか……はい、ぜひ」

 照れくさそうにはにかんで頷いたアルトリア・リリィに、モードレッドは赤面硬直してしまった。

 純粋な彼女の期待を裏切れないし、何よりお揃いデートを楽しんでいるのは過去の父上=Bきっと嫌な気はしないだろう。

「……この頃のセイバーって、こんなに可愛かったのね」

 ぽつりとこぼした言葉に、そういえばメディアは『Fate/stay night』の時から騎士王のアルトリアと面識があることを思い出す。
 まぁ、それはともかく。

「それじゃあ行きますか」

 モードレッドとアルトリア・リリィのデートを鑑賞しますか。


 
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