いつからだろう…
人を信じられなくなったのは。
いつからだろう…
己を信じられなくなったのは。
「逃げられた?」
電話越しに黒塗りの服を纏った青年は携帯電話を握り締める。
「謝罪なんて求めていない。君達には遣ることがあるだろう?さっさと遣ってきなよ。報酬なくてもいいの?」
ツンとした声に電話の相手は、は、はいぃっ、と情けない返事をした。
「はあ」
「あら、珍しいわね。貴方がミスするなんて」
「俺じゃない。向こうの凡ミスだ」
「はいはい」
すらっとした身体つきの女性はサーバーから珈琲を持って来て、カップに注ぐ。
青年は眉間に皺を寄せながらカップの珈琲を啜った。
青年は折原臨也と言う、池袋やこちらの世界では名の知れた男だ。
彼は新宿を拠点とし、池袋にも顔を出している。
携帯電話をパタン、と閉じてPCに目をやった。
ダラーズという名のカラーギャングの専用サイトにある掲示板を流し見て再び溜め息を吐いた。
「溜め息ばかり吐いていると幸せが逃げるわよ。まあ、貴方に逃げるような幸がそんなにあるとは思えないけれど」
「失礼だなあ、波江さんは。俺にだってそれくらいの幸せ…、あるよ」
波江と呼ばれた女性は髪をかきあげて書類を臨也に渡す。
臨也は臨也で、受け取った書類を読み、ご苦労様、と言った。
「今日はもう上がりでしょ?」
「そうね。まだ何かあるのなら簡潔にお願いしたいわ」
「これ、探してくれない?」
「これって…」
波江は臨也に写真を見せられ言葉を飲み込んだ。
そこに映るは、赤、赤、赤。
どす黒い血液に塗れた視界に散らばる腕と身体と、白い少女。
「死体?」
「周りのは、ね。ねえ、波江さん。どうしてこの惨状で小さな女の子は傷ひとつ負っていないんだと思う?」
「さあ。まさか例の…」
「ビンゴ!」
パチン、と指を鳴らして上機嫌に高らかに笑う。
「アッハッハッハ!よもやこんなものが正体だったとはねえ!ふふ、この幼い少女の瞳は死んでる。ああ、ゾクゾクするよ!」
「貴方、そういえばMっ気があるんだったわね。全く…この子がさっきのミスの原因かしら?」
「御名答」
したり顔を浮かべ、唇が弧を描く。
「きちんと追ってたんだけど、ふとした瞬間に見失ったみたい。愚かだよね。こんな少女1人を捕まえられないなんて、さ」
デスクに広げていたチェス盤の上に散らばる駒を掌で掬って、落とす。
バラバラと落ちた将棋やチェスの駒は不揃いに着地した。
クイーンの駒がひとつ、立っていた。
「誰が最初に見つけるか賭けてみないかい?」
ふわりと微笑した。
「た、けて…っ」
ハァハァと荒い息を吐きながら、少女は走っていた。
真っ白なドレスのようなワンピースはどす黒く染まっている。
涙腺が緩み、ぼたぼたと走りながら涙を流し、
「、……っ、!」
ぽすん、と何かにぶつかり立ち止まる。
「ご、ごめ、なさ、」
「あ゛あ?」
「あ、うっ……」
ふらっと意識が遠退き、頭が真っ白になる。
それを男が片腕で抱き止めた。
「おや、どうしました?」
「迷子みてぇですよ、ハハ」
色眼鏡のブリッジを押し上げて男は呟く。
「また幼子とは、何かの縁ですかねえ…」
青白い顔をした少女を優しく抱き上げた。
old | ◎ | new