臨也が仕事に行く、と言い出した。
また留守番か。
そう××は思ったが、臨也の言葉に目を丸くした。
「わたしも、ですか?」
「そうだよ。俺の仕事っぷりを見てもらいたいからね」
「へぇ…」
また妙な仕事だろうか。
否、まともな仕事であった試しがない。
××は眉間に皺を寄せ、息を吐いた。
「オフかいですか?いぜんやっていたとうわさのカラオケですか?」
「いや、今日は違うよ」
「ではどこに…」
××は首を傾げ、言葉の続きを待った。
「キャバクラだよ」
ギラギラと照明の照りつける煌びやかな店内。
高級感溢れる店内で××はどう見ても浮いていた。
「いらっしゃい、奈倉さん!ずっと待ってたんですよぉ?」
「ごめんね、鈴さん」
豊満な胸を揺らし、偽名を使った臨也に擦り寄るキャバクラ嬢。
此処は裏ルートで使用される非合法なキャバクラらしい。
なので××が居ても追い出されることはない。
「お嬢ちゃん、なんて名前?」
「××です」
臨也の隣に座ってグラスを傾ける××にまで話が回ってくる。
偽名を使う必要もないか、と本名をバラした。
「××ちゃんかわいいね。お持ち帰りしたいくらい」
聞き覚えのある台詞に××は苦笑しながらキャバ嬢と会話を交わす。
臨也と隣に座るキャバ嬢は危なげな話を始めていた。
「ブルースクウェアとバトっちゃったみたいなの、私の彼氏」
「青い集団だっけ?」
「そうそう。もう病院送りもいいとこでさぁ」
「ブルースクウェアの頭とは面識あるのかい?」
「少し話しただけらしいわ」
「へぇ」
既に知っているであろう情報に臨也は躊躇なく踏み込んでいく。
「そんなに強いなら一度会ってみたいもんだ」
「奈倉さん実は喧嘩好き?」
「好きではないかな」
暫くそんな話が続き、××もチビチビと飲んでいた酒が回ってきた頃。
臨也が立ち上がって××の腕を引いた。
「ご馳走様、鈴ちゃん。また指名するよ」
「私の情報が欲しいだけでしょう?」
「君は物分りがいいから嫌いじゃないよ」
××を背中に乗せ、会計を済ます。
「ありがとうございましたー」
間延びした声を受けながら、臨也は夜の池袋を歩いていった。
小鳥の囀りが聞こえ、××は目を覚ました。
頭痛を感じて半身を起き上がらせる。
部屋を見渡すは白ばかり。
「やあ、起きたかい?」
「いざやさん…おはようございます…」
昨日のことを思い出そうにも、考えるより先に頭痛に襲われてしまう。
「昨日、××ちゃんお酒いっぱい飲んだから二日酔いしてると思うよ」
「これが、ふつかよい…」
初めて飲んだ酒がこんなに回るとは、相当飲んだということになる。
「じゃあ俺、出掛けてくるから」
「…はい。あさごはんのじゅんびありがとうございました…」
「止めなかった俺の所為でもあるしね。いってきます」
「…いってらっしゃい」
玄関の扉が閉まり、錠を掛ける音が響いた。
今日は祝日だったっけ、とカレンダーに目をやった。
「もうすこしねよう…」
××はそのまま二度寝の体勢に入り、すぐに夢の中へ誘われていった。
―――夜。
「大トロ食べよう!」
帰宅した臨也の唇は少し切れていた。
手当てをしながら××は素っ頓狂な声をあげる。
「いきなりなにをいってるんですか」
「食べたい気分なんだよ。それとも××ちゃんが俺を満たしてくれる?」
「さて、ろしあずしのでまえをたのみましょうねー」
「スルーしないでよ」
「いざやさんはそういうことしかあたまにないんですか?」
「恋人同士なんだからいいじゃない」
恋人、ね。
身体も重ね、愛の言葉を囁き合う間柄にはなったが、果たして恋人と呼べる関係にあるのだろうか。
そこまで考えて、××は失笑した。
「わたしピザがいいです」
「大トロの方がカロリー少ないよ?ピザとか太る以外に何もないじゃん」
「いざやさんは大トロをたべすぎです」
「美味しいもん」
「もん、って…」
いつも折れるのは××の方だった。
養ってもらっている以上、あまり文句は言えない。
「好きなネタを頼むといい」
「ではえんりょなく」
電話口で、高級なネタばかりを詰めるよう頼んでいく××に臨也は微笑を浮かべる。
遠慮なんて言葉を知らないのだろうか、と思うくらい容赦がなかった。
「コーヒーいれますね」
「ありがとう。よく気が利くね」
「ほめてもなにもでませんよ」
サーバーからカップに珈琲を注ぐ。
ついでに、と××は自分の分もカップに注いだ。
「××ちゃんはもうすぐ来良の生徒になるんだね」
「ときのながれははやいですよねぇ」
「首席だっけ?」
「はい」
首席になったからにはその地位を確立しなければならない。
××の仕事は臨也へ情報を流すこと。
来良へ進入出来る歳ではない臨也の代わりになることが、××に新しく与えられた仕事である。
「田中太郎、罪歌と沢山話しておいで」
「もちろんそのつもりです」
珈琲を飲みながら××は言葉を続ける。
「わたし、こうきんぞくのしょうぐんとおはなししてみたいです」
「元将軍ね。トラブルに巻き込まれててそれどころじゃない筈だよ」
「そうですか…」
以前、黄巾族に捕まった時は下っ端としか話が出来なかった。
将軍と話がしたい。
貴方達は何を目的に動いているの?
そう問い質したい気持ちでいっぱいだった。
臨也はパソコンの画面を見て、ああ、と声を上げた。
「今、将軍がチャットに居るみたいだよ」
「えっ」
携帯を操作し、チャットを開く。
そこには独り言と思われる発言が幾つか並んでいた。
──琥珀さんが入室されました──
──甘楽さんが入室されました──
〔今晩はですわ〕
《こんばんはです☆》
≪甘楽さんと、新入りさん?≫
〔はい。琥珀と申します。仲良くしていただけると嬉しいです〕
《バキュラさんお久し振りですね☆》
≪最近リアルがごたついていたので久々っすね。≫
〔バキュラさんは古参なのですか?〕
≪あー、一応そうなりますかね。≫
≪てか、近々引っ越すんでまた来れなくなる可能性が大きいっす。≫
〔お引越しなさるのですね、おめでとうございます〕
≪ありがとうございます。…って別にめでたくもなんともないっすよ。≫
《バキュラさん、私からどんどん離れちゃうんですね、寂しいですぅ》
≪ははっ≫
《失笑!?》
「将軍はトラブルを片付けてから引っ越すみたいだね」
チャットで他愛もない会話を続けながら、隣に居る臨也は言葉を紡ぐ。
「ひっこしもそれがげんいんですか?」
「さぁ、少なからずはそうなんじゃない?」
「そうですか」
将軍―――紀田正臣には彼女が居る。
数年前にブルースクウェアと一悶着あり、将軍は精神的にボロボロになってしまったらしい。
「ダラーズもですけどブルースクウェアってなにかとからんできますね」
「今のところ一番勢力を拡大させてるチームだからね。俺としてはその方が楽しめていいんだけど」
「あくしゅみですねぇ」
「うん、知ってる」
ケラケラと笑い飛ばす臨也を尻目に、××は二杯目の珈琲へと手を伸ばした。
この先、何が待っているのか。
彼らはどう動いてくれるのか。
臨也ほどではないが、それを楽しみにしている自分がいることに気付いた××はクスクスと笑って再びチャットに視線を移した。
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