デタラメだらけの魔法の鏡
夢を見た。
そこは薄暗い星の無い日の夜なんか比べ物にならないほど、真っ暗だった。
「ねぇ」
声を出すとマイクにエコーが掛ったように甲高く反響する。
その音に少しばかり安堵した。
”その空間には終わりがある”という状況に、己の精神状態が保てなくなるという最悪の結末を回避できるだろうと思えたからである。
「此処は何処なのか、そろそろ教えてくれないかな」
誰かが居るかも知れないという薄い希望に縋り、疑問を口にするも返答はなく。
恐る恐る震える足に力を入れて一歩、前へと踏み出す。
とぷん、と。
水が跳ねる音がして、”ボク”の身体が地面へと吸われるようにずぶずぶと沈んでいく。
精一杯もがいて手を伸ばしても、それはただ虚しくも空を切るだけだった。
―――呑まれる。
何度も、否、何十回と体験した”夢”に今回も負けそうになり、指先まで地に埋もれ視界は真っ暗になり”ボク”の世界は閉ざされてしまった。
「―――…ッ!」
全身汗だくでボクは慌てて飛び起きた。
視界に映る己の身体や身の回りの白い寝具に、戻ってきたのだと理解して、ぜぇぜぇと乱れた呼吸を少しずつ整えていく。
「はっ…はぁ…もう、ホント…いい加減にしてくれ…」
繰り返し同じ夢を見ているが、未だに精神が病んでいないのは図太い神経をしているからだろう。
そういうところだけは自分自身に感謝したい。
「……?」
何故か、ふと視線を感じた。
ここは自室、ボクしか居ないはずなのに。
感じた視線の先には胸まで映りそうな楕円形の鏡が壁に掛っていた。
「…はは、これも夢なのかな。勘弁してよ…」
ボクの部屋には鏡なんてものは置いていないのに。
そこには紛れもなく、堂々と存在していた。
「不気味な鏡…。叩き割ってゴミに出したいところなんだけど」
鏡を撮影しようとスマホを構える。
これが現実なら、”鏡映反転写真”が撮影できるだろうと思ったからだ。
そうでなければこれは全て夢なのだと納得出来る。
僅かでも夢と区別する為の判断材料が欲しかった。
後々思えば、ボクの思考回路は既に麻痺していたのかも知れない。
「―――汝、」
その声に驚き、スマホを落としそうになりながら、ひえぇっ…、と弱々しい声を上げて思わず数歩、後退する。
しかし傍らに置いていた椅子に脚をぶつけてしまい、痛みに襲われその場で蹲った。
「いやいやいや…姿反転してるどころかこんなの…ただのホラーじゃん…」
蹲ったまま顔を上げて、涙目になりながら鏡を睨むように見つめる。
そして、それと”目が合った”。
ボクは全力で首をぶんぶんと横に振る。
「無理無理無理無理。最悪、キモチワル…吐きたい……おえっ…」
鏡に浮かんだ顔が、本気で吐きそうになっているボクを無視して言葉を紡いだ。
「汝の名を告げよ」
聞き覚えのある声と台詞に、こみ上げてきた酸味を含む液体をごくりと飲み込んで体内に押し返す。
「今、なんて…、え?」
混乱で飛んでいた記憶が鮮やかに蘇る。
目の前で淡々と言葉を繰り返し発するそれは、ボクが知る『闇の鏡』そのもの。
「これは夢だ」
少なくとも現実ではない。
そう納得して、少しだけこの夢に弄ばれてみようと思った。
どうせ覚める夢なら楽しんでおこう。
好奇心から来るちょっとした悪戯心が、にょきっと頭に角を生やす。
「まあね、そもそも優秀な魔法士の素質なんてある筈がないわけでして」
そう思いつつも考えてしまう。
もし、仮に。
自分がその“選ばれし者”だとするならば。
「馬車が迎えに来るってこ……無理。暗いとこ苦手なのに…困る〜〜!」
えへへへとだらしなく笑って、どんどん膨らんでいく妄想が止まらない。
ボクは“そういう部類の人間”であって特別なんかじゃない。
分かってはいるが、この状況に頬を緩める以外の選択肢など無いのだ。
“向こう”と繋がっているなら、つまりボクは推しに会えてしまう訳で。
「……ま、あり得ないんだけどさ」
ひとしきり妄想に浸ったボクは目の前の鏡をじっと見つめた。
「なんか、愛着湧いてきたな」
鏡の表面の端を指で撫でれば、つるんと滑るように“鏡の向こう側”へ指が通ってしまった。
「え」
予想外の出来事に目を丸くして慌てて手を引く。
……が、遅かった。
「まっ、え、なんっ」
驚きはうまく言葉にならず、強い力に身体ごと引っ張られる。
「汝の名を告げよ」
ボクが大変なことになっている間も闇の鏡は同じことを何度も問うてきた。
テンプレしか喋らないMMORPGのNPCかよ!!
そう思いながら必死に頭を回転させる。
「ガク!!ボクの名前はガクだ!」
思わず声に出したその名前は、“向こうの世界“を堪能する際に使用していたユーザー名だった。
闇の鏡は強く告げる。
「魔力の波長が僅かに感じられる。しかし色も、形も、無である。調査対象につき×××寮への入寮を許可する!」
なんっだそれ!!!
ただの監視じゃねーか!!
部分的に聞き取れなかった闇の鏡の声に思わず反抗しようとするも言葉にならず。
強く引っ張られ闇に溶け込み、重くなる身体に意識が薄れて次第にまどろんでいく。
そんな中でも思うのは、推しのことばかりで。
ああ、闇の鏡様、学園長様…。
どうか、どうか…。
イグニハイド寮の人と接触しませんように…!!
闇の鏡に向けて話していた時。
背後で重々しく棺桶が浮いていたことなど、余裕のなかったボクは気付くことが出来なかった。
Title:鬼と佐保姫様