今すぐにでもエスケープ
身体に襲いかかる、鈍痛。
微睡んでいた意識がぐんと引っ張られ、ボクは覚醒した。
「いったいなぁ!なんなんだよも…う……」
ズキズキと痛む身体に目を開けて今の状況に、次第に語尾が薄れていく。
「へあっ…ひぃっ…うそ、え、やだ…」
顔を真っ青にして立ち上がり、転びそうになりながらその場から必死に逃げだそうと、とにかく無我夢中で足を動かした。
見覚えのある顔をした幽霊が声を上げながら追いかけてくる。
「ひぃぃいっ…!無理無理無理!なんだよゴーストって!いやホント勘弁してくださいマジ怖いのムリなんでぇぇえっ…!っていうか馬車は!?なになになになにどういうことなの!すっ飛ばした!?間違えてストーリースキップしちゃった!?なるべくボイス有りでじっくり読む派なんですけど!?」
誰かに言うわけでもなく、ただひたすら思うままに言葉を吐き出す。
分かってしまった。
分かりたくなかった。
信じたくなかった。
認めたくなかった。
でも、来てしまったのだ。
”ツイステッドワンダーランド”の世界に。
あまりにも理解が早すぎるオタク思考の自分自身に呪いでもかけてやろうかと、泣きながら逃げ続ける。
背後に気を取られながら再び前を向いた時、何かにぶつかってボクは盛大に床へ顔面から突っ込んで受け身を取り損ねる。
「いったぁ…、あっ!だ、大丈夫!?ごめんね!?逃げるのに必死で!!」
「……」
小柄な男の子は小さく頷いて、差し伸べたボクの手を取り立ち上がって、背後に居るゴーストを見た。
そして「ごめん、またあとでね」と静かに言い放つ。
「え?」
その声に思わず振り向けば、そこにはもうゴーストの姿はなかった。
驚きに目を白黒させていると、男の子は少し伸びた横髪を耳にかけて身嗜みを整える。
恐る恐る、ハズレてくれとの念を込めてボクは尋ねた。
「もしかして、ユウくん…ですか?」
「…!」
なんで、と言いたげな顔に慌てて、
「いやほらさっきゴーストが呼んでいたのでそうかなって思って!他に誰も居ないみたいですし!?いやぁ良かったボクいきなり此処に来たみたいで良ければ外への道案内をして頂きたいなーなんて」
咄嗟に嘘を並べていく。
自分でも、ベラベラとよく言葉が出てくるものだと感心する。
「…どうして」
「え?」
ユウくんの声にボクはぴたりと動きを止める。
「”いきなり此処に来た”と分かったんですか?貴方も…闇の鏡に会ったんですか?」
「……あ」
選択肢を間違えた。
ゲームなら大抵は多くても三択くらいなのに!
”此処”では選択肢が多すぎる!!
考えろ考えろ考えるんだボク!
今出来得る限りの行動と最善の選択肢は…。
「き、記憶が…飛び飛びでして……ははっ…スミマセン」
苦しい言い訳だった。
「…ごめんなさい」
ユウくんは小さな声でボクに謝って、手首を掴んできた。
「へ?あの…?」
「学園長の元に向かいます…大人しくしていてくださいね」
その言葉に全身にだらだらと冷や汗が伝う。
「マジですか」
「…マジ、です」
真っ直ぐ目を見て、頷かれた。
ユウくんに連れられて、ボクは学園長であるディア・クロウリーと対面していた。
「お話は聞かせてもらいました。しかし不思議なこともあるものですねぇ。”二人目”なんて異例中の異例ですよ。まったく」
「はぁ…」
ボクはその異例になりたくなかったけどな!
不可抗力ってやつだよホントにさぁ!
「大体の事情は分かりました。どうやら住む場所も今はないようですし、君には彼と同じ寮で生活をしてもらいます。いいですね?」
「えっ、屋根ありで雨も凌げちゃって?本当に?そこは不審者だひっ捕えろからの牢獄行きルートとかではなく?」
「…どうも君は、シュラウドくんと同じニオイがしますね…。安心してください。私、優しいので」
いや、放り出された方がある意味マシなんだけどな。
苦笑いを浮かべ、深々とお辞儀をして礼を述べる。
「それにしても…とても仲良しですね」
「え?」
じっと視線を辿れば、それはボクとユウくんの手元に向けられていた。
「学園長さんにはそう見えるんですか?」
「ええ。仲睦まじきは美しきかな、ですよ」
ド畜生。
ボクは捕らわれた宇宙人の気分だよ。
「…学園長。案内をしてきます」
「ええ、任せましたよ。ユウくん」
ユウくんに連れられ、学園長さんの元から去る。
彼のそれは振り解けないほど強い力ではなかったが、何故だかその手を振り払ってはいけない気がした。
多分、きっと…ボクが”主人公ではないから”だろう。
彼の小さくも真っ直ぐ伸びた背に、少し胸がもやっとした。
「あれー?子エビちゃんじゃん」
聞き覚えのある声にボクはついビビってしまい立ち止まる。
げっ、と思わず失礼な声を上げそうになり、ごくりと息を飲んだ。
「珍しいですね、こちらにいらっしゃるなんて」
「まあね。ちょっと野暮用で………後ろのそれ、ナニ?」
こそこそとユウくんの後ろに隠れていたのに、早速標的にされてしまう。
あぁぁぁ…こんなことなら逃げておけばよかった!!
「知り合いです。同じ寮に住むことになりました」
「…ガクと申します…ヨロシクオネガイシマス…」
「……へぇ。じゃあ干しエビくんだ」
「はい?」
何か言いたそうな顔でさらっと告げられたあだ名。
今、もしかしなくともこの人…ボクのことを小物扱いしやがった?
いつも部屋に篭って推し事してるだけのチビってこと?
は〜〜〜?
意味分かんなさすぎてキレそう。
「じゃあオレ行くね」
ばいばい、と手を振って去っていくフロイド・リーチ。
意外と早く去って行った彼の背にあからさまに安堵の息を吐けば、ユウくんからじっと見られ視線を逸らして誤魔化す為にわざとらしく口笛を吹いた。
「ガクさん」
「は、はい!」
「…これから、よろしくお願いします」
「! あ、はい……」
求められた握手に少し間をあけて、控えめな力でゆるくその手を握った。
このねじれ歪んだ世界で、果たしてボクは無事に生きていられるのだろうか。
…もう本当に、色んな意味で。
Title:鬼と佐保姫様