始まりの夢

物心つく頃にはもう見慣れた夢があった。


その夢の中で私はいつも知らない館の中に居る。


前を向くとそこにはいつも必ず、目を惹く向日葵のように鮮やかな黄色の髪に、同じ黄色に白い三角が散りばめられた鱗模様の羽織を着た少年が背を向けて立っている。
その佇まいはまるで私を背にして守っているようで…。
すごく、安心する。


少年は片足を引いた前傾の姿勢を取ると腰に差す刀の柄へと手を掛ける。



─シィィィィィィィっ



少年の口から奇妙な呼吸音が聞こえる。
稲妻を纏い始めた少年は、次に私が瞬きした瞬間の後には強く風が巻き起こると共に塵埃を舞い上げて少年の背中は目の前から部屋の端まで離れた場所へ移動している。
目にも留まらない一瞬の出来事でも何度も見れば慣れてしまうのか、夢の中の私はちっとも驚かない。
少年と私の間に居た得体のしれない影が形を失って崩れていくのが朧気に見える。


─キンっ


少年が握る刃の刀身を見ることなく刀が納刀される音が聞こえると、影は完全に姿形を失い塵となって消えていく。
その奥で少年がスローモーションの様にゆったりとした動作で前傾の姿勢を正したかと思うと、おもむろに私の方へ振り向こうとしていた。

もう少しで彼の顔が見える。そう思った時ー…、




pppppp、



目覚まし時計の音が聞こえて私は夢から目を覚ました。

「……また顔、見れなかったなぁ」

12年間に何度も同じ夢を見続けているけれど、ただの一度も彼の顔を見たことがない。それはいつも彼が振り返る前に必ず私が夢から覚めるからなのだろうけど。

鳴り続ける目覚まし時計の音を止めてベッドから抜け出る。
今年の春から中学生になって、まだ新しい制服に袖を通した。クローゼットに備え付きの小さな鏡を見て寝ぐせを整えたら、朝食を食べる為にダイニングへと向かう。
ダイニングに着くと隣接するキッチンでお母さんが丁度朝食を用意しているところだった。

「あら、おはよう皐月」
「…おはよう、お母さん」

私が声を掛けるよりも早くお母さんはダイニングに入ってきた私に気がついて優しい笑みを浮かべてそう言う。
まだ少し眠い目をこすりながらお母さんに挨拶を返してダイニングテーブルの席に着くと、まもなくして私の前には食欲をくすぐる香りと湯気を立てた朝食が並べられた。今日も美味しそう。

お母さんはキッチンからコーヒーを入れたカップを持って私の前の席に腰かけるとまた優しく笑い「召し上がれ」と言った。

「いただきます」

両の手を合わせてそう言ってから私はお母さんが作ってくれた目玉焼きに橋をつける。うん、美味しい。黙々と食べる私をお母さんは終始笑みを浮かべて見ていた。

私の家族はお母さんと小学3年生の弟、そして私の三人家族だ。
お父さんは私が4歳の時に亡くなっている。交通事故で。
それからお母さんは一人で幼い私と弟の子供二人を育ててくれたの。シングルマザーなんて大変だろうにお母さんはいつも笑顔で優しくて、弱音を吐いている所なんて見たことがないくらい強い人だ。
そんなお母さんが私は大好き。

朝食を食べ終え再び手を合わせていると音もたてずに席を離れてたお母さんが、お弁当が入っているであろう包みを私に差し出す。
お礼を言って包みを受け取った私は部屋から通学鞄を持つと玄関へ向かった。

「行ってらっしゃい、皐月」
「行ってきます、お母さん」

玄関に着いて靴を履いているとダイニングからエプロンをしたままのお母さんが出てきてた。制服と一緒に買いそろえたローファーを履き終えて玄関の扉に手を掛けた時、「皐月、」と急にお母さんに名前を呼ばれて呼び止められた。
いつもはそ呼び止められることなんてないのだけれどどうしたのだろう?
不思議に思いながら私はお母さんの方へ振り返るとー…、


「気を付けてね」
「…?うん、ありがとうお母さん」


お母さんは何故かすごく寂しそうな表情をしていた。
ただいつもの様に学校へ行くだけだというのに、どうして別れを惜しむかのような顔をするのだろう?
私は訳が分からないままお母さんに返事をして家を出た。

四月初めの通学路は桜並木がとても鮮やかで綺麗なピンク色をしていたけど、今はもう4月下旬で桜はほとんどが散り葉桜となっている。地面に落ち踏みつけられた桜の花びらに交じって薄紫色の花びらが舞って落ちるのが見えた。
風に乗って散る薄紫色の花びらを目で追うと通学路の途中にある神社の境内で一本の大きな藤の木が満開の花を咲かせていた。

「………咲いてる」

毎日同じ通学路を通っているけど初めてこんなにも満開に咲く藤の花を見た。
魅入られる様に私は神社の境内へと足を踏み入れ大きな藤の木に歩み寄る。まだ登校の時間に余裕はあるし少し寄り道するくらいなら大丈夫でしょ。藤の木の下に立って見上げると尚更この木の大きさに気付く。

私が生まれるうんと前に雷に打たれてから、ずっとこの神社の藤の木は花を咲かせていなかった。
初めて見るからなのか自分でも信じられないくらいに心が惹かれている。


どうしてだろう?





─・・・タッ!!!!



「ーっう!?」


なに!?頭がっ、すごく痛いっ!!!
突然だった。酷い耳鳴りと頭痛に襲われて私は思わずその場でうずくまる。ガンガンと内側から殴られているかの様に頭が痛い。耳鳴りもキーンと高い音にテレビの砂嵐が大音量で流れているみたいな感じで気持ち悪い。



─・・ケタゾッ!!!!!



頭が割れるように痛いっ!
段々酷くなる頭痛とつんざく耳鳴りに私の意識は徐々に薄くなっていってー……、


あ、もう無理……。






遂に少女は頭痛と耳鳴りに耐えきれず意識を手放してそのまま藤の木の根元に倒れた。
その途端、藤の木が怪しく光を放った後、木の根元には既に少女の姿は居なくなっていた。

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