雨と熱に微睡む君を

「─ハッ、──ハァッ、。」

代わり映えしない森の中を息も絶え絶えになりながら進む。どれくらいの距離と時間を走ったのだろう…。どんなに走っても周りはずっと木や草だらけで、一向に人のいる住宅や道路などに辿り着く気配がない。

今更ながらに初めて出会った少年達の恰好や刀を振り回すあの男の人の様子を思い返すと、時代劇のテレビ撮影などによる設定や芝居などにしては妙にリアルすぎる様に想えた。まずドラマや映画の撮影ならば近くにスタッフや監督などが居るはずであるし、部外者の私達が乱入してしまった時点で撮影は一時中断されているはずだ。しかし実際は中断されるどころか撮影のスタッフすら姿を現すことはなかった。

ドラマや映画の撮影ではなかったのではないか……?

彼等がメディア関係の人ではなかったと思わせるには背中の痛みは十分すぎる程に現実だった。背中の刀傷が本物であるならば彼等も役者なんかではなく”本物”の人であったと考えざるを得ない…。

果たして私達は己が知る”日本”の何処かに居るのだろうか?
それとも───、

疲労で非現実的な考えが頭に浮かんだ時、少しずつ影ってきた空からぽつぽつと雫が降ってきた。雫は次第に大きな粒へと変わり、徐々に私の体を濡らしていく。雨水が背中の傷に沁みてズキリと痛んだ─。

打ちどころが悪かったのだろう、アサは腕の中でまだ呻いている。日も大分傾いてきていてあたりが段々と暗くなってきていた。日が落ち切ってしまう前にどこか雨を凌げる場所ぐらいは見つけたい。

「──ハッ、────っ!…行き止まり、…!!」

藪を抜けた先、目の前にあったのは周りの木々より高く聳える岩肌。崖だ。
正面の道がなくなった為、必然と左右どちらかの道へ進まなければならない。どちらの道にするか左右を確認したところ、右の少し先へいった岩肌に小さな洞穴があるように見えた。近付いて洞穴の中を見たところ、離れて見るよりも中は雨風を凌ぐには十分な広さがあった。

考えるまでもなく私は洞穴の中へと足を踏み入れた。ひとまず落ち着ける場所を見つけたことにより安堵感が増す。抱いていたアサの様子を改めて見ると、外相で特に重症なのは後ろ脚の骨折のようだった。

「───添え木は何とかなるけど、固定するものはどうしよう……」

そりあえずはアサの脚を固定する添え木を調達する為に、抱えていたアサの体をそっと優しく石の地面に横たわらせた。動かすと痛いのだろう、なるべくアサの体を動かさないようにしたつもりだったがすこしの振動でさえ傷に響くようで小さく朝が呻いた。

雨は相変わらずの強さで降り続けていて、まだまだ止みそうな気配もない。意を決して雨の降る森の中へと駆け出した。木下などに落ちている出来るだけ濡れていない木の枝を拾い集めていく。両腕で抱える程の木の枝を集め私はアサを寝かせていた洞穴へと戻った。
痛みで唸るアサの脚に拾ってきた枝の中から手頃のサイズな枝を取り私は履いていた靴下の片方を脱いで、それを枝と一緒にアサの脚に巻き固定した。お粗末な処置だがしないよりはマシだろう。……と思いたい。宙ぶらりんだった折れた脚が固定されたことで多少は痛みが落ち着いたのかアサはそのまま小さな寝息をたてている。

「…………よかった、」

目の前の小さな命が穏やかに眠りについている姿を見て心から安堵する。安心したらこれまでの疲れがどっと押し寄せてきて眠くなってきた。頭も服も雨のせいでびっしょりだし、あの男の人に切られた背中もジンジンと熱をもっていたけれどそれらよりも今はただ押し寄せる眠気に打ち勝つ気力もない。
眠ってはいけないと分かっていても徐々に落ちてくる瞼に抗うことができず私は暗い洞穴の中、小さな黒猫の隣に寄り添うように意識を手放した。


⬛︎⬛︎⬛︎


雨でぬかるむ山道を着物に泥が跳ねるのも気にせず二人の少年が駆けていく。初めて見る人なら誰もが「まぁ、そっくりな双子さんですね」と言うであろう程に瓜二つな容姿をした少年たちは雨で顔に張り付いた髪の毛をうっとおしげにかきあげたが、またすぐに雨水のせいで元に戻ってしまう。

「……くそっ、…こんなに天気も視界も悪いと探しものも容易ではないな」
「…そうだね。…きり丸の話からして傷も負ってるみたいだから早く見つけてあげたいけど…、」
「………最悪の場合も考えておいた方がいいだろう」
「…………うん、」

二人は一刻ほど前に会った自分たちの後輩である三人の少年たちとの出来事を思い返して、現状の芳しくない状況に奥歯を噛み締めた。


一刻前…。

たまの休日を忍術学園の外で過ごす者は少なくない。五年ろ組の鉢屋三郎、不破雷蔵、竹谷八左ヱ門の三人も例に漏れず町へと繰り出して日暮れ前に学園へと帰ってきていた。

「は〜あのうどん屋美味かったな〜」
「私が頼んだきつねも味が染みていて美味だったぞ」
「ふふ。今度は兵助と勘右衛門も誘って皆で行こうね」

昼時に立ち寄ったうどん屋が美味しかったといったたわいもない話をしながら学園までの道を歩いていると、自分たちの正面側の山道から学園内では問題児として有名な三人の少年たちが全力疾走で学園こちらに近付いてくるのが見えた。

「お?乱太郎にきり丸、しんベヱじゃないか!そんなに急いでどうs「「「っせんぱい!!!!」」」、どわあっ!?」

一年は組はよく面倒事を起こしたり、巻き込まれたりなんかは日常茶飯事だ。その中でも猪名寺乱太郎、摂津のきり丸、福富しんべヱの三人は群を抜いてトラブルの渦中にいる。本日ももれなく何か事件などを起こしたのだろうと思った竹谷は乱太郎たちにことの成り行きを聞こうとして一歩前に出て声をかけた。すると竹谷たちに気が付いた乱太郎たちは走る速度を変えず猪突猛進に竹谷の体へぶつかるように駆け寄った。いつもより血気迫る様子の三人に竹谷は思わず仰け反った。

「「おねえむらさんがせいでたすけちゃった、です!の!」」
「待て待て!落ち着けって!」
「……きり丸?何かあったの?」
「…不破せんぱいっ…、!」

興奮した様子の乱太郎としんべヱが矢継ぎ早に説明するが同時に話すので竹谷たちは事情を全く理解できなかった。いつもなら乱太郎たちと同じように騒ぎ立てている図書委員会の後輩、摂津のきり丸が今回は違ってどこか忙しない様子で何かを伝えたそうにしている姿を見た雷蔵は穏やかな声で尋ねる。
雷蔵を見上げたその瞳には涙が滲んでいた。

普段から明るく元気なきり丸の見たことがない切羽詰まった様子の泣き顔に雷蔵たちはぎょっと目を見張る。アルバイトでは哀車の術を活用したお涙頂戴商法をするきり丸が心から悲痛な表情で泣く姿を見たことがなかったからだ。どこか怪我でもしたのかとざっと全身を見るも両手にべっとり血がついている他、特に外傷はない。
動揺する先輩たちに気がつかない程取り乱しているきり丸は鼻が詰まった声でしゃくり上げながら言葉を紡いだ。

「…おれっ、さむらいに襲われて、…!か、かばってくれた、おねえさんがっ…、せな、ぜなが切られでぇっ…!ぢ、たくざん出てるのに…っ、にげろって…!た、だずげてぐれてぇ…っ!!」

途切れ途切れの聞き取りにくい説明でも雷蔵はおおよその状況を把握できた。後ろで一緒に話を聞いていた三郎と竹谷も同じく状況を理解したのだろう、雷蔵と目を合わせてお互い静かに頷く。五年間共に切磋琢磨してきた級友にもはや言葉での意思疎通など必要ない。

先輩として可愛い後輩を助けてくれた恩人を見棄てたりなどしない。ましてや、その可愛い後輩がボロボロと涙をこぼし必死に伝える姿を目の前にして「助けに行かない」などと言うわけがなければ、思うはずもない。
止まることのない滝のようにとめどなく涙を流し続けるきり丸を少しでも安心させるため雷蔵は膝を折りきり丸と目線を合わせた。


「大丈夫。僕たちがお姉さんを助けに行ってくるよ」


​───────
​─────
​──



そうきり丸に告げておよそ一刻ほど…
雷蔵と三郎は森の中を探し続けていたがこれといった手がかりもなく、恩人のお姉さんを見つけられていない。
後輩たちから聞いた侍に襲われ恩人のお姉さんと別れた場所に二人がたどり着いた時には既に人の姿はなく、争った形跡や足跡、血痕などはしとどに振り続ける雨によりほとんどが消えてなくなっていた。

「… 八左ヱ門の忍犬が一刻も早く恩人を見つけ出せるといいのだが……、」
「……この雨じゃ臭いもあまり残ってないかもしれないね…、」
「ああ…、」

雷蔵と三郎は恩人のお姉さんを探しに出る時、乱太郎たちだけでなく竹谷ともあの場で別れていた。

理由は二つ。この一連の状況を当事者である乱太郎たちと共に学園長や先生方に報告、指示をもらうため。もう一つは生物委員会で飼育している忍犬にきり丸の両手についていた恩人の血で臭いをたどり探してもらうためだ。なぜこの役目が竹谷だったのかというと、後者の理由が大きく関係していた。竹谷八左ヱ門という男は忍犬含めた動植物の管理をする生物委員会委員長代理であり、学園で最も忍犬を扱える生徒だからだ。なので三郎は別れる前、竹谷に「お前の所の忍犬で血の臭いを辿って探してくれ」と伝えていた。二人が彼らと学園前で別れてから一刻以上過ぎている。もうとっくに竹谷も恩人のお姉さん捜索に学園を出ているだろう。

雨雲のせいで薄暗かった空は日没により森はすっかり真っ暗闇となっていた。忍者は夜目が効くとは言えひっきりなしに振り続ける雨の中では

2026 03.26

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