いったい何処なのか
コンクリートで舗装なんかされていない鬱蒼とした森の中を踵が少し擦り減ったローファーで走る。私の腕から抜け出て駆けて行った小さく黒い存在は時折、後ろをついて行く私の様子を伺いながらどこかの目的地へと導いているかの様に見えた。否、そう感じただけで実際はアサが何を考えているかなんて少しも分からないのだけれども…。
アサを追いかけて森を駆けているさなかにも軽く横目で周りの風景を流し見る。まだ元の場所から遠く離れていないのかもしれないが、それでも周りの景色に変化を感じられなかった。少し先を駆けるアサの後ろ姿を見て、言ったいどこへ向かっているのだろうかと思いながらアサが藪を抜けた先で人の悲鳴が聞こえた。
人がいる!!
「…びっくりしたねぇ〜、」
「…て、なんだ猫k、…うわあぁぁぁあ!!?」
「わぁぁあっ!?今度は人が藪から出てきたぁあ!!?」
人の声に惹かれるようにアサに続いて私は勢いよく藪を突き抜けた。
藪の先にはまだ年端のいかない少年が三人、突然勢いよく藪を抜けて現れた私に驚いていた。先を駆けていたアサも少年達を見つめ足を止めているのを見て、もしかして人のいるところへ連れてきてくれたのかと不意に思った。
少年達を再度見ると、まだ私の登場による驚きが納まりきれていない様子だった。なんだかよく見ると少年達は着物に長い髪を後ろで結んでいたりと古風な出で立ちだ。時代劇か何かの子役だろうか…?
「…あー、えと、…驚かせてごめんね?…悪気はなかったんだけど、…」
「あっいえ!私達は大丈夫です!!」
「いきなりでちょっと驚いたけどな〜」
私は少年達に出来るだけ優しい口調で声をかけた。少年達はハッとすると手や首を横に振り、笑みを浮かべて表情を崩し三人の内二人の少年が私に答えてくれた。もう一人の一番背が小さくふっくらとした少年は二人の言葉に同意するように首を縦に振っている。
「ありがとう。ちょうど猫を追いかけながら人がいないか探してたの」
「それで藪から勢いよく出てきたんですね〜!」
「人がいないか探してたって、…お姉さんもしかして、迷子??」
「アハハ…、情けないけど、実は迷子なの…」
つり目の少年にはっきりと言葉で言われて少々心にグサッと刺さりながらも正直に答えた。
「…なんだかお姉さん、不思議な着物を着ていますね」
「…え、??」
「本当だ〜!もしかしてお姉さんは南蛮から来られたんですか〜?」
眼鏡をかけた赤髪でくせっ毛な少年が私の制服を珍しい物を見るような目で見て言った。言われた言葉が理解できず私が戸惑っていると、ふっくらとした少年が赤毛の少年に同意しながら”なんばん”とやらから来たのかと尋ねてきた。なんばん…?ヨーロッパとかを指す”南蛮”のことだろうか?
え。私って西洋系の顔立ちをしていただろうか??いや確かに色素は薄い方ではあったけれど今までにハーフに見間違われる程ではなかったはずだし、血縁に西洋系の親族なんかもいなかったはず…。そもそも赤毛の少年が私の制服のことを見て不思議な着物と言ったことだって気にかかる。制服なんてセーラーやブレザーで違いはあれど小学生だって学校までは分からなくとも制服だということくらいは分かるだろう。むしろ私からしたら今のご時世では見慣れない和服を纏う少年達の恰好の方が不思議に思う。
「……なんかお姉さんの猫威嚇してるっスけど…、」
「…え?」
「僕たちの後ろを見てるみたい」
「私達の後ろ…?…………………………、あぁっっっ!!!!!!!!!」
「!?」
私が物思いにふけっている間、ずっと大人しく傍にいたアサが全身の毛を逆立てて少年達の背後を睨みつけていた。今の今まで少年達には威嚇をしていなかったのに急に威嚇をしだしたのは何かが近くに来ているのだろうか…?ど、考えていたら赤毛の少年が突然声を上げる。それと同時くらいに少年達の背後から柄の悪そうな男性が姿を現した。
「私達!襲われて逃げてる途中なんでしたーっ!!!」
「…追い詰めたぞガキ共!さっきはよくも俺に石を投げてくれたなァっ!!!」
「「わあぁっ!忘れてたぁぁあっ!!!!」」
「っ!!?」
突然現れた男性は険悪な表情で少年達へとそう怒鳴りつけた。よく見れば男性の顔や頭にはコブと痣が出来ている。またこの人も少年達と同じように和装をしていて、さらにはその腰に刀らしきものを携えているように見える。……あれは本物なのだろうか…?
少年達はというと、男性を前に肩を寄せ合い体を震わせており怯えているようだった。
「大人しくそこの小僧が金を渡していりゃあ見逃してやろうと思ったが、やめだ」
「誰が俺の金を渡すかってんだ!!!」
話を聞く感じだと、どうやら男性はつり目の少年からカツアゲをしようとしたらしい。当然だがつり目の少年はお金を渡すのを断り、石を男性に投げて隙をつくりここまで逃げてきたのだろう。
「っ!ガキが舐めた口きくのもいい加減にしやがれっ!!!!」
「っうわぁぁぁ!!!」
「っ!?」
「きりちゃんっ!!!!」
「きり丸ぅっ!!!!」
つり目の少年の返答に機嫌をさらに悪くさせたのであろう男性は、大股で少年達と距離を詰めるとその腰に差していた刀を鞘から抜いたかと思えばつり目の少年目掛けてその刃を振り被っていた。いきなりの男性の横暴な行動に少年達の様子なんか確認する余裕もなく、また考えるより先に私は動いてしまっていた。
小さな体を抱きしめて温もりを感じるのと、鋭い痛みが背中を走ったのはほぼ同時だった。
「っくぅ、……!」
「「っおねえさん!!?」」
「なんだァ?奇妙な恰好した女だな…。おい女ァ、邪魔するならその小僧と一緒にたたっ切るぞ」
「………あ、……おねぇさん、…血がっ!」
背中がじくじくと熱く痛む。
自分では見れないが血が流れているだろう私の背に腕を回して触れた少年の様子からきっと少なくない血が出ているのだろう。刀で切られるなんて初めてのことだけど、思ったよりは意識ははっきりしているし重症ではないのかもしれない。否、アドレナリンが出て変に冷静なだけで実際の傷口は酷かったりするのだろうか?
なんにせよ腕の中の少年をより不安にさせる必要もないので、つり目の少年の頭を優しく数回撫でて落ち着かせようとする。数年前までこの少年と似た背格好だった弟達にも同じく何度も頭を撫でていたなぁと場違いにも少し思い出していた。
とりあえず、躊躇なく刃物を振りかざすこの人から少年達を逃がさないと…。
そう思った私は腕の中で涙を浮かべるつり目の少年の体を赤毛とふっくらとした少年のいる方へと押しやった。つり目の少年の体はたたらを踏んで赤毛とふっくらとした少年達に勢いよく飛び込んだ。
「っな!?どっ……!」
「早く行って!!!!!」
「「「!!?」」」
振り返ったつり目の少年が戸惑いの色をした目で私を見ながら、何かを言おうとしていたのを遮って声を張る。他の少年達も「でも…」や「だって…」と何かを言おうとしているが、今はとにかく早くここから逃げてもらいたかった。
「いいからっ!!早く、逃げてっ!!!!!!」
「「「…っ!!!」」」
「〜〜〜〜〜っ私達、ぜぇったい助けを呼んで戻ってきますから!!!」
怖いはずなのに私を気にかけてここから離れない少年達に、これまで出したことないくらいに声を張り上げて言った。私の声量に驚いた少年達は私の剣幕を見て歯を食いしばりながら背を向けて走り出した。
「…このアマァ、ガキ共を逃がしやがってただじゃおかねぇぞ」
「………っ、………ぅっ、………。」
少年達を逃がしたことに腹を立てただろう男性は私の血がついた刀を向けてくる。意識ははっきりと保てていても背中の傷が痛んで動くことはもちろん、正直声を出すことだってしんどい。あまり体を動かさない様に肩口から男性の表情を見ると、その額には青筋を立てていた。
「………………ほう」
「………っ、…………、?」
目が合ったかと思えば刀を持つ手とは逆の手を顎に置き男性は私の顔や全身をじろじろと品定めするように見てくる。一体急になんだというのだろうか…?
「…妙な恰好をしてはいるが、顔はなかなかに整ってるな。体つきも悪くない…
「…………、……??」
「どっかの物好きなお殿様なんかには高値で売れるかもしれねぇな」
「っ!!?」
ぶつぶつと何かを呟いていた男性は顔を上げたかと思うと、にやりと口の端を釣り上げた笑みを浮かべて私を売ると言い出した。今の日本では人身売買は法律で罪に問われるだとか、お殿様なんていつの時代の言い回しだ〜とかおもうところはあったけれども、にやにやと笑みを浮かべて手を伸ばし近寄ってくる男性に冷や汗をかく。
逃げなければっ!!!
本能でもそう思った時、視界の外から黒い影が男性の顔目掛けて飛び込んできた。
「っフシャーーーっ!!!!」
「っんだこの猫!イ゛デェっ!〜〜くそっ、邪魔すんじゃねぇっ!!!」
「、ンミ゛ャアッ!!!」
「─アサっ!!!」
男性の顔に飛び込んできた影はこの森に来てからずっと傍にいた黒猫のアサだった。小さな体で自分より何倍も大きな男の人に立ち向かったアサは自前の鋭い爪で男性の顔を引っ搔いていた。傷を負い逆上した男性は顔に張り付いたアサを鷲掴みそのまま勢いよく地面に叩きつけた。地面に強く打ちつけられたアサは痛むのであろう体をさらに小さくし蹲っており、そんな様子のアサに男性は刀を振り上げて追い討ちをかけようとしている。
私は咄嗟に土を掴み、それを男性の顔へとかけた。
「っ!!ぶへっ、ぺっ、、〜〜〜んの、ア゛マァ゛っ…!!」
傷口や目、口に土が入ったであろう男性は顔を覆いながら怒声をあげる。私はその隙に地で蹲っているアサを抱き上げ生い茂る藪の中へと走り出した。背後では男性がまだ何かを叫んでいたが、ただ早くこの場所から離れることだけを一心に考えていた私の耳には何を言っていたのか、聞こえてこなかった。