臨時休校を挟んでの登校日、少しだけ緊張しつつ教室へ足を踏み入れれる。

「あ!おはよー名前ちゃん、大丈夫だった?」
「おはよう、大丈夫だよ。ねえ透ちゃん、切島くん ってまだ来てない?」
「さっきまでいたからトイレとかじゃないかなー…ほら!戻ってきた」

教室の入り口の方へ身体を向けた透ちゃんはそのまま大きく手を振り、切島くんを呼んだ。切島くんはわたしの姿を見て「おはよ」とニカッと笑う。

「おはよう切島くん、あの、一昨日は本当にごめんね!」
「いいって言ったじゃねえか。無闇に苗字のこと掴もうとした俺が悪かったんだって。それにこの通り、全然平気だからよ」

手のひらを握ったり開いたりして見せて切島くんはまた笑う。罪悪感が消えたわけではないが、心が軽くなった気がしてわたしも笑った。

朝のHRに現れたミイラ姿の相澤先生には驚いたけれど、先生があまりにもいつも通りに振る舞うからわたしたちヒーロー科の生徒の関心は2週間後に迫っている雄英体育祭にすぐに移った。個性を持つのが当たり前の世界だからこその日本屈指のビッグイベント。プロヒーローを目指すならば上位入賞必須の3年間でたった3回のビッグチャンス。その日は一日中、体育祭の話題で持ちきりだった。
放課後にはB組や普通科、経営科なども一昨日の事件の噂を聞きつけてわたしたちの様子を見に来たくらいだ。本当に大きな行事なんだなあと改めて感じる。宣戦布告をしにやってきたと不敵に言った普通科やB組の生徒を軽くあしらった爆豪くんの後ろからポツリと呟く。


「爆豪くんは個性派手だしこういうの向いてるよね」
「当然だろ」

爆豪くんが歩を進めると人混みが割れる。まるで海を割って歩いたというモーセみたいだ、なんて馬鹿なことを思いながらもまた人混みにのまれるのも嫌なので彼の後ろをぴったりと着いて歩く。珍しく会話が成り立ちそうなのでついでに話しかけながら。

「2週間しかないとなると今の実力がモノを言いそうだよね。そうなるとやっぱり推薦組が強いのかな」
「…知るか」
「体力テストは八百万さん、轟くん、爆豪くん、飯田くん、常闇くんが上位だったし」
「うるせえ」
「爆豪くんってまっすぐ家に帰る?わたしも一緒に帰ってもいい?」
「……は?」

靴箱から靴を取り出す爆豪くんにそう問いかけると眉間にしわを寄せたまま、一瞬だけ彼の顔がこちらを向いた。いつも通りの仏頂面だが、まあ彼がニコニコしているのは見たことがないしこれがデフォルトなんだろう。

「何でオレがおまえと…」
「方面も帰る時間も一緒だし、それにせっかく同じクラスになれたんだから出来たら仲良くなりたいなーと思って」
「………勝手にしろや」

スタスタと歩き出した爆豪くんはいつかと同じように歩幅を合わせてくれはしなかった。それでも拒まれはしなかったので彼の斜め後ろを歩きながら2週間後の体育祭について話しかけ続ける。返ってくるのはあまりにもそっけない返事だったが、無視はされないので爆豪くんなりに気を遣ってくれているようだ。小走りだったからかかなり早く駅に着いたので、いつもより一本早い電車に乗り込む。空いている座席もあるが爆豪くんが座る様子はないのでわたしもその横に立ち、彼の横顔を見つめる。眉間に深く刻まれたシワとへの字口。切れ長の目に赤い瞳。

「……なんだよ」
「第一印象で爆豪くんのこと怖い人なのかなって思ってたけど、爆豪くんにとっての普通の顔がそれなんだなって思って」
「意味わかんねえ」
「えっと、だから、爆豪くんっていつも仏頂面だけど良い人かもって」
「………あ?」
「ごめん」

ギロリと睨まれ、力なく笑う。ヒーロー科を目指して雄英に通っているのだから悪い人なわけはないし、見た目や態度こそ悪いが、授業は真面目に受けるし成績は優秀。今の言い方では第一印象が怖かったから偏見持ってました、と発表したようなものだ。

「そんなに深い意味があったわけじゃないんだ、ごめんね。体育祭に向けて頑張ろうね」

電車を降り、駅で爆豪くんに別れを告げる。自宅を目指して歩き始めたが、爆豪くんも同じ道を歩いて行く。断じてスタスタと前を歩く彼をつけているわけではない。わたしの家もそっちなんだ。いつまでもついてくる足音に爆豪くんが振り向いた。いぶかしむようなその表情に慌てて住所の番地を告げる。

「マジかよ」
「学生証見る?」
「いらんわ」

多少の気まずさを感じながら歩き続けるが、わたしたちの帰路が別れることはないまま自宅に着いてしまった。

「じゃあ、爆豪くん、うちここだから。今度こそバイバイ」

爆豪くんからの返事はない。さっきまでと何も変わらずスタスタと去って行く。それにしても近所に爆豪くんみたいな子が住んでたら噂を聞いていても良さそうなのに。そんなことを思いながら玄関のドアを開いた。