出久くん、と自分が大声で叫ぶのを他人事のように見つめていた。慌てて飛び出そうとして切島くんがわたしに触れるのも、そして彼を傷付けるのも。

どうしてわたしは驕ってしまったのだろう。つい何分か前に失敗してしたばかりだったのに。ベリベリと硬化が解け、そして指が曲がるあの瞬間の光景が頭から離れない。誰かがわたしに触れることなんて珍しいことではなかったはずなのに、何であの時に限って。いや、戦闘中だったからこそなのか。死柄木弔と呼ばれたあの男は確かに出久くんを殺そうとしていた。だから、わたしは――

いや、そんなの何の関係もないのに。あの距離ではわたしの個性ではどうにもできなかった。それどころか切島くんにあんな大怪我までさせてしまって。切島くんは気にするなと言ってくれたけれど、そんなことできるわけがない。早く謝らなくちゃ――あれ、わたし今何をしているんだっけ。何でわたしはみんなのことをこんな遠くから見ているだけなの。竦んでしまっている足をようやく動かしたところで目が覚めた。

「…夢?どこまで…」

ベッドに寝転んだままの状態で目に入ってきた天井は自室のものとは明らかに違っていた。真っ白なシーツに、微かに香る消毒液の匂い。

「おや、起きたかい?」

シャッとカーテンを開け、現れた人物を見てここがどこだか察して慌てて上体を起こす。リカバリーガールはわたしをひとしきり触診し、体温や脈を確認してから優しく言った。

「うん、やはり治療の必要はなさそうだ。もう遅い。苗字、連絡事項は帰りながら緑谷から聞きな。おまえたち家が近いんだろう?」

リカバリーガールの目線の先を追って保健室の入り口を見れば包帯でぐるぐる巻きにされた出久くんがへらり、と笑っていた。わたしよりもよほど重傷だろうにわたしの荷物まで持ってくれている。

「出久くん!!無事で良かった…」
「あっ…うん、苗字さんも良かったね」
「荷物持つよ!リュック貸して」
「えっ、いや、自分の分は自分で持つよ。リカバリーガールに治してもらったから大丈夫」
「そんな包帯だらけで言われても説得力ないし!」

ひったくるようにして出久くんから荷物を奪い取り、リカバリーガールにお礼を言って保健室を後にする。校門をくぐるまではわたしから何とか荷物を取り返そうと試みていた出久くんだったけれど、返すつもりがないことを察してか、早々に諦めUSJであの後どうなったかということをぽつぽつと語り始めた。

出久くんが飛び出してすぐに飯田くんが校長先生をはじめ、雄英の先生たちを連れて戻ってきてくれたらしい。戦況は一転し、主犯格数名のみが逃走したものの、能無や他の敵はすべて捕らえたとのこと。切島くんはその場でリカバリーガールによって治癒され、他のクラスメイトたちと一緒に教室へ戻り一足先に事情聴取を受け、帰宅。相澤先生と13号は命には別状はないものの、病院へ搬送。保健室には出久くんとわたしが運ばれ、先に目が覚めた出久くんも教室で事情聴取を受け、保健室へ戻ってきたところでちょうどわたしが起きてきたらしい。

「あ、ちなみに明日は臨時休校だよ」
「そうなんだ。何しようかな」
「急に休みになると困るよね」
「あのさ、切島くん、本当に大丈夫そうだった?」
「うん。むしろ苗字さんのことすごい心配してたよ。急にバタンって倒れたから最初はスナイプの弾に当たったのかと思った、だなんて軽口を叩いてた」
「…そっか」

少しだけ、ほんの少しだけ気持ちは軽くなった。それでもやはり直接顔を見て謝らなくては。入試の時から切島くんには迷惑を掛けてばかりで申し訳ないな。

「あ!そういえば出久くん、あのとき、オールマイトは限界を超えてるって言ってたけど何でそう思ったの?」
「えっ!」

何となしに頭に浮かんだ疑問だった。特に他意もなく、ただこのままだと沈んだ気持ちが晴れそうになかったから出久くんの話が聞けたらいいなと思っただけ。それなのに出久くんは顔を真っ青にして汗をダラダラかきながらピシッと動きを止めてしまった。

「出久くーん?」
「い、いや、あのっ…それは…」
「なんか変なこと言ったかな」
「えっと、僕、そんなこと…言ってたかな?!」
「気のせいかも!」

確かにこの耳で聞いたとは思う。それでもこれ以上追求する必要性は感じなかったからそう答えた。

「オールマイト、かっこよかったね」
「うっ、うん」
「あんなヒーローになりたいなって思った」
「ぼ、僕も!オールマイトに憧れて、尊敬して、だから雄英のヒーロー科に入ったんだ」

話題転換としてはあまりスムーズではなかったけれど、出久くんはそれを気にはしなかったようだ。先程までの硬い表情は消え、嬉々とした表情でオールマイトの活躍ぶりを語っている。そんな彼を見ていると胸の内が少し軽くなり、それまでの暗い雰囲気が嘘のようにわたしたちはオールマイトについて語り合い、最寄りの駅で笑顔で別れた。