魅了スマイル
不気味な住人達が364日ハロウィンの準備に勤しむ不思議な町、ハロウィンタウン。分厚い雲に覆われたこの町は昼でも薄暗く、住人達は毎日、毎月、毎年、年に1回のハロウィンの為に箒を磨き、唸り声の練習をし、血肉にかぶりつき、大きなカボチャに水をやっている—————筈であった。
アイスはこれまでに何十回とこの薄気味悪い町の代わり映えのしない日常を夢で見てきたが、作業に追われる住人達も、彼らが集まる広場も、この日はどこかいつもと様子が違っていた。町に時刻を告げる役場の時計にはDAYS TO XMAS≠ニいうカウントダウンカレンダーが設けられ、ジャックオーランタンに代わってカラフルな電飾とリースが町中に飾り付けられている。魔女は色とりどりのペンキをぶら下げて町中を飛び交い、狼男は不気味なテディベアを拵え、ヴァンパイヤ達は血のように赤い絵の具で化粧をしたアヒルの人形をラッピングし、継ぎ接ぎ人形は顔を曇らせながら真っ赤な布をミシンに掛けていた。
「みんなで作ろう!楽しいクリスマス!」
恍惚の笑みを浮かべ、ジャックがそう言った。リーダーの言葉に、住人達も次々と歓喜の声を上げる。
「もうすぐだ!」
「待ちきれない!」
「きっと楽しいぞ!」
彼らの会話を聞いて、アイスは「嗚呼、成程」と頷いた。アイスが経験してきたソレとは似ても似つかない姿ではあるが、プレゼントにクリスマスツリー(らしき物)、サンタの乗るソリにサンタ服等、町のあちらこちらに散らばるアイテム達は確かにクリスマスを連想させなくも無い。しかし、恐怖≠絶対的なおもてなしと捉えるこの町の住人達が、常人向けの楽しい<Nリスマスを生み出せる筈も無かった。ネズミの身体を膨らませて作った帽子に、大きなタランチュラの死骸……そんな物を貰って一体誰が喜ぶというのだろう?
「……本当にこれでいいのかしら?彼はハロウィンタウンのジャック・スケリントンなのに……」
そう呟いたのは、ミシンを操る継ぎ接ぎ人形だった。クリスマスという今までに無いイベントに誰しもが浮かれる中、継ぎ接ぎ人形のサリーだけが表情を曇らせている。彼女は不安そうな面持ちで窓の外で住人達と談笑するジャックを見つめた。しかしどんなに熱い視線を送ろうとも、自身の考えた計画に絶対的自信を持っているジャックには彼女の憂いが届くはずも無い。サリーのか細い嘆きは誰の耳に入る事無く、彼女が扱うミシンのガタガタとした騒音にかき消されていった。。
「サンディクローズ……どんな見た目をしているんだったっけ?」
「アンタ、もう忘れたの?ジャックが言っていたじゃない、ロブスターみたいに真っ赤ででっかい男だって」
「ジャックみたいに低くて太い声を出す怖いヤツとも言ってたなぁ」
賑やかな広場から場面は代わり、町はずれのツリーハウスでは小柄な3人組がガイコツ男に言い渡されたおつかい≠フ内容について話し合っていた。
「どうやって捕まえようか?」
「罠に美味しいエサを仕掛けて待つとかどうだ?」
「待ってよ、相手はロブスター男なんだろ?だったら鍋に入れて真っ赤になるまで茹で上げてやろう!」
3人はごそごそと家中から斧や鎖や麻袋をかき集めると、大きなバスタブにポイポイと放り込んでいく。
「とにかく、あたし達はサンディクローズを連れてくればいいんだ。怪我をさせず、ロブスター男がビチビチ元気に飛び跳ねる姿をジャックに見せてやればいい」
「その後でゆっくり、オレ達のアジトでもてなしてやろう!ロブスター男をブギーの親分にプレゼントしたら、きっと喜んで料理を振る舞ってくれるに違いない!」
毒薬にトラバサミ、万力も投げ込んで、最後は自分達もバスタブの中に身を投げ入れる。するとバスタブはまるで跳ね馬のうように前足を高く上げ、乗り込んだ3人の身体を揺らしながら枯れ木ばかりの森に向かって歩き出した。一瞬、小鬼達の甲高い声に紛れて地を這うように低い笑い声が聞こえた気がしたが———アイスの気のせいだったのだろうか?
こんなハロウィンタウンは見た事が無い。そして占い学が成績が悪い生徒であっても、彼らの行く末を容易に予知出来る筈だ。彼らが楽しい<Nリスマスを実現する事は100%有り得ない、と。
「…―――――っ!…じょ…!……お嬢!!!」
「っ!?」
キーンと頭に響く金切り声に、アイスはハッと瞼を開けた。慌てて身体を起こすが途窓から差し込む眩しい光に視界が揺らぎ、ドタンッと音を立てて身体が床に叩きつけられる。強打した背中に鈍い痛みが走り、訳も分からず目を白黒させていると見覚えのある天井に透けたゴーストの顔が重なった。
「ご、ごめんよ……そんなに驚くなんて」
「何度かドアの外から声をかけたんだが…返事が聞こえなくて、もしかしたらと…」
「だから言ったんだ、耳元で叫ぶのはよくないって!」
成程、どうやら昨晩は机に突っ伏して眠ってしまったらしい。痛みの引かない腰を摩りながらゆっくりと起き上がり、机上に広げたままのノートに目をやる。文章の最後はミミズが走ったような字で締めくくられていて、アイスは昨晩の眠気との闘いに敗北した事を悟った。
「……すみません、またやってしまったようですね…」
はぁ、と溜息を吐いて伏せたままのスマートフォンを手に取るが、何度画面をタップしても画面は暗いままうんともすんとも言わない。
「ありゃ……バッテリー切れかい?」
「そのようです……身支度している間に、少しでも充電が出来れば良いのですが…」
ゴーストの半透明な身体越しに壁掛け時計を確認したところ、幸いにも身支度をするには十分な時間がありそうだ。アイスは気の利く同居人達に心底感謝した。
「申し訳無いのですが、今日のモーニングティーは少し熱めにして頂けますか?」
「朝食はどうするんだい?」
「昨日、買ってきたワッフルがまだ残っているので、それをお腹に入れていきます」
ゴースト達「任せろ」と返事をして宙を泳ぎ、するりと壁をすり抜けて部屋から出て行った。意外かもしれないが、また≠ニ言ったアイスの言葉通り、彼女が寝坊をするのはそう珍しい事では無い。試験前や仕事に行き詰った時等、夜更かしをした日の朝はゴーストの声で目を覚ます事が茶飯事であった。
「ふぁ……ぁ…」
ぐぐっと伸びをすると、身体のあちこちがポキポキと悲鳴を上げた。溢れ出そうになる欠伸を噛み殺し、まずは顔を洗って眠気を覚まそうと行動をを開始した彼女は、ふと目に付いたスーツラックの前ではたりと足を止めた。綺麗に並べられた彼女の制服はどれも持ち主の名称を具現化したかのようにパリッと仕上がっている。ジャケットが型崩れしていないのも、ワイシャツが真っ白なのも、スラックスに小皺が付いていないのも、全ては入学して間もなく美意識の高い先輩に叩き込まれた事である。
『本当に淑女を目指すなら所作だけじゃなくて身なりもきちんとしなさい。人の第一印象はほぼ3秒で決まると言われているの。アンタは確かに優れた容姿をしているけど、その分身嗜みが見合っていないのであれば悪印象を与え兼ねない。人は中身が大切なんて言うけれど、所詮は見た目が9割なのよ』
型崩れしないように毎日ポケットの中身は出す事、脱いだ制服は必ずブラシ掛けする事、スラックスからベルトを外すのも忘れずに、ハンガーは静電気の起きにくい木製を使う事、週に何度かはアイロン掛けする事……事細かな指導は確かに役には立ったが、どれもこれも面倒臭がりのアイスにとっては全てストレス以外の何物でも無い。まぁ女子生徒の制服の定番、プリーツスカートの手入れをするよりかは幾分もマシなのだろうが。
『イレギュラーとは言え貴方は我が校の正式な生徒なわけですし、せっかくですから女生徒向けの制服を用意しようと思っているのですが……いかがでしょう?』
それは1年前の事。入学式が終わった晩、オンボロ寮を案内されている最中、思い出したようにクロウリーが言った。
『……はい?』
『いや、誤解しないで下さいね?勿論、変な意味はありませんよ?ただ、4年間袖を通す制服が男物で良いのかと思いまして。希望があれば仕立て屋を手配するので遠慮なく言って下さい』
一瞬、アイスの口元がひくりと動いたが、クロウリーは気付いていないのかにっこりと微笑み(とは言っても仮面で殆ど見えないのだが)、続けて「私、優しいので」とお決まりの科白を吐いた。
『……お気遣い、感謝します学園長先生。ですが、どうぞお気になさらないで下さい』
『そうですか?遠慮しなくて良いんですよ?』
『遠慮なんて……私は、この学園に入学許可を頂けただけで学園長先生に感謝をしているのですから』
穏やかな口調で彼女がそう言うと、クロウリーは「なんと…!」と歓喜の声を上げ、わざとらしく仮面の上から涙を拭う真似をした。芝居がかった反応に腹の中で「胡散臭い」と毒を吐いたアイスだったが、彼女が口にした言葉は紛れも無い事実であった。アイスは本当に、ただナイトレイブンカレッジに入学出来た、それだけで満足していたのだ。
「彼はハロウィンタウンのジャック・スケリントンなのに……」
「—————っ!!!」
回想に浸って彼女の脳内に、夢の中の継ぎ接ぎ人形の声が響いた。
「………やめろ…僕はあのガイコツ男とは違うんだ」
ギリッ…と歯ぎしりをして、アイスは苛々とした様子で洗面所に足を進めた。ギシギシと軋む朽ちた床の音に搔き消され、その呟きは誰の耳に入る事無く溶けて消えてしまった。
+ + +
「あれー?グラちゃん、今日は休みじゃなかったっけ?」
モストロ・ラウンジ開店間際、いつもと同じようにカジノカウンターの手入れをしていたアイスに声を掛けたのはフロイドだった。
「ご機嫌よう、フロイドさん。今日は少々、私用でカジノカウンターをお借りしようと思いまして」
「私用?」
「ええ。勿論、アズールさんには了解を得ていますよ」
機嫌良さそうに答えるアイスに、「益々意味が分からない」とフロイドは首を傾げる。何故ならアイスはモストロ・ラウンジがオープンして以来、私用でこの場を訪れた事が1度も無かったからだ。そもそも学生と企業者を兼業している彼女は多忙を極めており、自由に使える時間が非常に少ない。希少な空き時間の殆どはラウンジのバイトやボードゲーム部の活動に当てているので、皆無と言っても過言ではないだろう。ラウンジが開店しゾロゾロと客が来店を始めたが、フロイドはカジノカウンターに備え付けられたカウンターチェアに腰掛けると、カウンターに肩肘をついて探るようにアイスの顔を覗き込んだ。
「本当に珍しいねぇ、グラちゃん。わざわざモストロ・ラウンジを使うって事は誰かと会うって事でしょ?グラちゃんがわざわざ時間取って会うのってベタちゃん先輩か金魚ちゃんくらいだと思ったけど……ベタちゃん先輩とだったらポムフィオーレの談話室使うだろうし、金魚ちゃんとは喧嘩中じゃなかった?」
「別に、リドルさんとは喧嘩しているわけではありませんよ。ただ、最近は特別ご一緒する機会が無いだけです」
「ふぅん……」
うーむ、つまらない。鋭くギラリと光る臙脂色が見れるのを楽しみにしていたのだが、流石にこの程度の挑発では彼女のポーカーフェイスを崩す事が出来ないらしい。フロイドが期待外れだと言わんばかりに鼻を鳴らすと、アイスは困ったように眉尻を下げた。
「実は先日、ある方々にとてもお世話になりまして……お礼は何が良いかと考えていた時、モストロ・ラウンジの新メニューの事を思い出したんです。確か今日からでしたよね、話題の『ミステリードリンク』が楽しめるのは」
「あーーーー、その話題は聞きたくねーんだけど。アズールもジェイドもすっげー張り切ってるし……はぁ、だっり〜〜〜…」
フロイドは心底嫌そうに顔を歪めて「おえっ」と長い舌を出した。開店して間もないと言うのに、先程から慌ただしくオーダーを確認するスタッフの声に、右往左往する革靴の音が絶えず店内に響いている。
「ウミウマくんの所で売ってるのと殆ど変わんねーのに、わざわざ倍以上高い金払ってモストロ・ラウンジで頼むとかワケ分かんねー」
「……私もその商品を頼みに来た1人なのですが……『コラボ商品』とはそのワードだけでも話題になりやすいものです。皆さんが注目するのも無理はありませんよ」
新学期早々、サムが経営するミステリーショップに『ミステリードリンク』という新メニューが誕生した。マジカメ映えする見た目と美味さはたちまち生徒の中で話題となり、この商品のせいで暫くの間モストロ・ラウンジに閑古鳥の鳴いた事は記憶に新しい。やきもきするアズールを筆頭にあれこれと打開策を講じている内、彼らはがサムから『ミステリードリンク』の販売権を買い取り、モストロ・ラウンジでも同様の商品を『コラボ商品』としてメニュー化する事を思い付いた。そのサムとの商談を任されたのが他でもない、フロイドだったのである。ジェイドはどうだか知らないが、そもそもフロイドとしては、モストロ・ラウンジがどうなろうがどうでも良い事であった。アズールが学生カフェを作ると言った時も、ただ何となく「面白そうだ」と思ったから協力しただけだ。こんな面倒な思いをする為では無い。
「あーあ……こんな事になるなら協力するんじゃなかった」
「———おや、全然姿が見えないと思ったら……こんなところでサボっていましたか」
「うげっ……」
頭上から降ってきた聞き慣れた声に、フロイドの口から嘆息が漏れ出た。振り向いて確認せずとも、背後に立つ声の主が誰なのか、そしてどんな表情をしているのか容易に想像が付いた。恐らく声の主は両手をトレンチで塞がれ、だらしなくカウンターにもたれかかる兄弟の姿を前にやれやれと肩を竦めているのだろう。
「あら、お疲れ様ですジェイドさん。ミステリーショップとのコラボ商品、どうやら大盛況のようですね」
「ありがとうございます。お陰様で御覧の通り、どこもかしこも人手が全く足りない状況でして……。せっかくお客様としてご来店頂いたのに、碌におもてなしも出来ず申し訳ありません」
「いえ、どうかお気遣いなく。そんなお忙しい時に快くバーカウンターをお貸し頂けただけでも感謝しております。本来であれば、私もお手伝いすべきですのに……」
アイスがフッと頬に睫毛の影を落とすと、ジェイドは小さく首を横に振った。
「それこそご心配には及びません。まだ1名、元気な働き手が残っておりますので。フロイド、アイスさんの憂いを晴らす為にも、このドリンクを4番テーブルと8番テーブルに運んでもらえますか?終わり次第、新人スタッフのサポートをお願いします。給仕に戸惑って注文が滞っているようですから」
穏やかながらも有無を言わさぬ口振りに、フロイドは「はいはい」と投げなりな口調で返事した。
「はぁ〜〜〜揃いも揃って使えない雑魚ばっか。イライラして教え方が乱暴になるかもしんねーけど……文句言うなよ?」
「ええ、勿論。手厚い指導、期待していますよ」
ジェイドから奪い取ったトレンチはずっしりと重く、新人スタッフはフナ虫程度の脳みそしかなくて使い物にならない……イライラするなと言う方が無理がある。しかも新人スタッフと言えば聞こえは良いが、ここで働く生徒の3割はアズールとの契約を踏み倒そうとして違反者なのだ。もしそうだとしたら、多少乱暴に扱ってもアズールにどやかく咎められる事は無いだろう。それよりも気になるのは、アイスが約束しているという雄は一体どこの誰かという事だ。有耶無耶なまま話が中断されてしまったが、ヴィルでもリドルでも無いとなると……最近やたら彼女と行動する機会の多いオンボロ寮の監督生とか?いや、面倒事が嫌いな彼女が、立て続けに問題ばかり起こしている奴らと深く関わろうとするとは思えない。フロイドがあれこれ思考を巡らせていると、そんな片割れの心情を知ってか知らずかジェイドが「嗚呼、そうだった」と口を開いた。
「アイスさん、お約束されていたお連れの方々が見えられましたよ」
促されるがまま、ジェイドの後ろからおずおずと姿を現した生徒らにフロイドはポカンと大きく口を開けた。
「わざわざ足をお運び頂き申し訳ありません。お待ちしておりました」
淑女が花のような笑みで出迎えると、招かれた客人達の青白い肌に薄らと血の気が帯びる。腕章を見る限り、どうやら全員が同じ寮に所属しているようだ。寮長もひょろ長くて噛み応えの無さそうな奴ではあるが、寮生も彼と同様でどいつもこいつもイワシの様に弱そうな雑魚ばかり。アイスは彼らに世話になったと言っていたが、彼らが一体何の役に立っただろうか?
大柄な男があまりにじろじろと自分達にガンを飛ばすので、招かれた生徒らは「ヒィッ」と息を飲みブルブルと身体を震わせていた。可哀そうに、元々青白い肌が更に蒼白となってしまっているではないか。
「すみません、『モストロ・ラウンジスペシャルセット』を人数分お願い出来ますか?」
見かねたアイスが注文を口にすると、フロイドはようやく顔を上げて「はぁい」と返事をした。トレンチに乗せられた無数のドリンクを捌くためにジェイド共々その場を後にするが、やはりどうも釈然としない。フロイドがうんうんと唸っていると、隣りを歩くジェイドはふふっと吹き出した。
「んー?何がそんなにおかしいのさ?」
「いえ、別に……ただ、アイスさんは本当に人気でいらっしゃるなぁ、と……」
「はぁ?」
1人楽しそうなジェイドに、フロイドは顔を顰める。
「ふふっ、すみません。見て下さいフロイド、皆さんの視線の先……先程までとても賑わっていたのに、今はすっかり何かにご執心のようだ」
ジェイドの言う『何か』とは言わずもがな、学園の紅一点と彼女がもてなす客人達を指している。満席御礼の店内は静寂とは言い難いが、開店間際の騒々しさと比べるとその違いは明らかだ。多くの客は皆、声を潜めて淑女達の会話を盗み聞こうと必死なのだろう。かく言う自分も、悔しいが彼らと同様にアイスの動向を探ろうとした1人である。
「アイスさんがプライベートで対面する相手は限られています。リドルさんやヴィルさん……それからアズールくらいでしょうか?その枠から外れた面会だなんて、彼女を慕う方々からすれば気にならない筈が無いでしょうね」
「わざわざ目立つようにモストロ・ラウンジに招待したって言いてぇの?」
「さぁ、そこまでは。、アイスさんがご自分の行動一つで周りにどのような印象を与えるか、考えも無しに行動しているとは思えません。あの方はとても頭が切れる……あえて混雑が予想される新メニューのお披露目日に約束を取り付けたのも、何か意図あっての事だと思いますよ」
アイス・ルーレッドという生徒が洞察に富んだ性格の持ち主とい事はフロイドも良く理解していた。このナイトレイブンカレッジで思慮深い生徒が多いと言われているのはスカラビア寮だが、現寮長と比較すると幾分も彼女の方が寮に適した性格の持ち主と言えるだろう。改めて彼女とその周囲の様子を窺ってみると、憧憬の的である彼女が微笑む度、驚愕する度、声を弾ませる度に周囲は感嘆の溜息を漏らし、感興をそそられ、羨望の眼差しを向けている。これらが一体何の意味を持つというのだろう?
「そんなに気になるのなら、給仕のついでに様子を見てきては如何です?先程アイスさんから注文を受けたじゃありませんか」
ジェイドの言葉にフロイドは目を丸くした。てっきり「変な詮索はやめろ」と言われるのかと思いきや、意外にも彼はフロイドの好奇心を止めるつもりは無いらしい。———しかし、すぐに「それもそうか」と納得した。性格は多少違えど、根本的に自分達兄弟は興味関心を抱く事柄が至極似通っている。自分が彼女の動向に深い関心を寄せているのであれば、ジェイドもまた然りなのだろう。
「……ジェイドってホントずりーよね。オレにグラちゃんの動向探らせて自分は高みの見物だもんなー」
「おやおや、酷い物言いですね。僕はただ、フロイドの蟠りが解けると思って進言しただけなのに」
そんな笑顔で「しくしく」って口で言っても説得力ねーんだよ。そんな思念を込めてじとりとした視線を送るも、まったく効果を成さない。終いにはジェイドはけろっとした表情で「さぁ、まずはその手にしているドリンクを捌いてきてください」と追い払われてしまった。
相変わらず客は減らないし(むしろ増える一方)、新人スタッフは使い物にならないし、押し付けられたトレンチは重い。最悪な事ばかりにも拘わらず気持ちが下がり切らないのは、ジェイドと揃ってアイスの様子を窺っていた時に一瞬垣間見えた彼女の笑顔のお陰だ。言っておくが、どこぞの雑魚らのように花も羨む微笑みに心を射止められた訳では無い。むしろ、フロイドが惹かれたのは全くの逆だ。眉を顰め、臙脂色をギラリと光らせ、口元を歪ませて周囲を嘲笑うかのように冷たい笑みを浮かべたアイス。淑女らしからぬ狡猾な表情はフロイドを歓喜でゾクリとさせた。彼女の目的が知りたい。そしてあわよくば、あの狡猾で高慢な表情を憤懣で歪めてみたい。考えれば考える程、フロイドの気持ちは高揚していった。
まぁ、とりあえずは———…。
「はい、『モストロ・ラウンジスペシャルセット』でーす」
フロイドは彼女に見惚れて固まる客の前に、ドンッと乱暴にグラスを叩きつけた。
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