脚でも牙でも



「うわっ!?何だ、動けねぇ!!」

「あら、無理をしてはいけませんよ?この粘着銃の威力は相当なものですから、頑張って藻掻いても数分間は身動き取れない筈です」



 そっと頬に手を添え、アイスは罠にかかった哀れなネズミに優しく語りかける。そうして淑女の美しい笑顔にあてられ惚けている間に、農民チームのハーツラビュル寮生はあっさりと狼の手で狩られてしまったのだった。



「はい、また1人追加っと。ジャック君が提案してくれた追い込み作戦£々いけてるッスね!」



 ラギーは感心した様子でジャックの作戦に称賛の声を上げた。鍛え抜かれた身体と高い身体能力を見せつけられただけに、誰もが彼の提案は体力を伴う作戦であると思っていた……のだが、ジャックのクチから語られたその作戦内容に一同は目を丸くした。まず体力と脚力に優れたジャックが標的を追いかけ、ラギーとアズールが待つ罠へ誘導し、標的が戸惑い後ずさりする瞬間を狙って木の陰に隠れていたアイスが彼らの足元に粘着銃を撃つ。逃亡する手立てを奪った上で、最後はジャックの捕縛アームにより安全且つ確実に標的を仕留めるという、何とも戦略的な作戦ではないか。



「この作戦なら走り回るのは俺だけで済むからな。体力の無いアズール先輩にも無理がねぇだろ」

「言っておきますけど、僕の体力は平均。ジャックさんの体力が規格外なだけですからね」



 目を座らせて抗議するアズールであったが、(陸での)運動が苦手という点に於いては少なからず自覚があるのだろう。体力育成の成績欲しさに『ハッピービーンズデー』に躍起になっているのがその良い証拠だ。



「……それにしても、少々意外でした。僕は君が作戦を提案した時、「俺が力技で一気に仕留める」とでも言うかと思っていましたよ」

「ジャック君、ぱっと見は脳筋ごり押しタイプだもんね。シシシッ」

「流石は狼の獣人、と言うべきなのでしょうか?」

「まぁ……狼の狩りは『牙ではなく脚で獲物を狩る』って言われるくらい慎重だからな。俺としては正面きって勝負する方がどっちが上なのか分かりやすくて好きなんスけど」



 というのも、狼の狩りはただ闇雲に獲物を追うだけではない。獲物の特徴をよく理解した上で狩り方を変えるのだという。例えば脚の早い獲物に対しては無理に早さで勝とうとするのではなく、持久力の高さをもって相手の疲労を誘おうとするし、狩るまでに体力を使う健康な個体よりも子供や身体の不自由なモノを優先的に狙うのだ。アズールにとって、これは良い意味で想定外の産物であった。元々ジャックをスカウトした理由はその身体能力の高さを買っての事だった。自分が動けない分、彼が代わりに動いてくれればそれでいい、その程度にしか考えていなかったというのに。



「ふふ……この大会、ジャックさんと組んで良かった。僕が思っていた以上の逸材です。さあ!この調子でどんどん捕まえましょう!」

「あんたが命令すんじゃねぇ」



 高揚で顔の血色がよくなったアズールとは反対に、ジャックは至極不愉快そうに目を鋭くさせた。どうもジャックにとって、アズールは『従うべき人物』には該当しないらしい。小さく溜息をこぼすその姿に、アイスのクチから「ぷっ」と息が漏れた。



「………聞き分けがいいともっと良いんですけどね」

「狼は忠誠心が強い動物ですが、同時に警戒心も高いですから。……ふふ、イソギンチャク事件で随分と危険人物認定されてしまったようですね」

「………貴方のそういうとこ、ウチの副寮長に似ていて大変不愉快です」



 この言葉に眉を潜めたのはアイスだ。誰が、誰に似ているって?自分が、あの腹の内が分からない胡散臭い男に似ているだと?冗談じゃない、不愉快は此方の方だ。



「ん?スンスン……」



 アイスが反論するよりも早く、ジャックがキョロキョロと周囲を気にし始めた。



「急に鼻ひくひくさせて、どうしたんスか?」

「人の匂いがする……森の奥の方だ」



 待ち伏せをして相手を捉えるのであれば、先程までいた運動場や今居る正門の方が作戦を実行しやすい地形には違いない。しかし、作戦を開始して早十数分、着々と農民チームの面々を捕まえていく中で明らかに罠にかかる生徒の数は減少していた。『ハッピービーンズデー』参加中はスマートフォンやSNSを使用して仲間と連絡を取り合う事は禁止されているので、自分達の作戦がバレているとは思えない。では自分達が相当数の農民チームの人員を減らしたのか、と思うとそうでもない。何故なら、アズールがクチにした現在の農民の残数は、ようやく半数を割ったという程度なのだ。



「アズールさんの言っていた、コロシアムに着くまでに農民チームを1桁代まで減らすには……残念ながら森に隠れている方々を捕まえなければならないようですね」

「それこそ農民チームの『待ち伏せ』が怖いとこッスけど……ジャック君とオレの鼻≠ナある程度は予測出来るだろうし、樹木で視界が悪いのは寧ろ好都合。今後を考えるなら行く価値はありそうッス」

「よし、行きましょう」





+ + +





 ジャックに先導されるがまま、気付けば一同は森のかなり奥深いところを歩いていた。道中に何回か待ち伏せによる襲撃を受けたものの、獣人の鼻≠フ良さとは想像以上に武器となるようで、全てジャックが返り討ちにしてしまった。



「ジャックさん、こんな奥まったところに本当に誰かいるんですか?」

「間違いねぇ。自然の匂いに混ざって、確かに……」



 鼻をひくつかせ、鋭い眼光で一周するジャック。その様子からして、どうやらお目当ての人物との距離はそう遠くは無いらしい。しかし、つくづく何故この場所に身を隠しているのか理由が全く分からない。確かにこんな森の奥までやってくる生徒は少ないので身を潜めるには適しているが、本当にそれだけなのだ。周囲に補給箱も配置されておらず、最後に向かうべきコロシアムからも相当距離がある。



「敵陣に見つかったら対処に困りそうなものなのに……」

「居た、正面の木の上だ!」



 ふぅむ、と俯きながら思考を巡らせていたアイスだったが、ジャックの声に慌てて顔を上げた。彼の視線の先、自分達の正面に堂々と聳えるそびえる木の上から、何かがだらんと垂れている。



「……腕?」

「枝に寝そべってるのって……!」

「あ〜怪物チームのヤツらじゃん」

「フロイド!!」



 長くて丈夫な木の枝にその身を預けていたフロイドは特に慌てた様子も無く、いつもの増して気だるそうの目尻を下げて招かざる客人らを見下ろしている。



「ジャックさん、ラギーさん、アイスさん……気を付けて下さい。相手は1人とはいえ、彼は手強いですよ……!」



 アズールに言われずとも、彼……というより、オクタヴィネル寮の双子のリーチ兄弟が厄介なのは周知の事実である。特に、一見すると≠ワともに見えるジェイドと比較して、フロイドはその気分屋な性格故か常日頃から問題行動が絶えない。機嫌が良い時は特に害は無いが、彼の機嫌は山の天気よりも変わりやすく、何が引き金となってその機嫌が急降下し、どんな行動を起こすのか全く予想が出来ないのだ。



「ん〜?あ、そっかぁ……グラちゃんも怪物チームだったっけ?ウニちゃんとガタイが違い過ぎていつも以上に小さく見えるねぇ〜」

「……生憎だけど、僕はリドルみたくそんな煽りに乗せられるつもりは無いよ」

「そんなんじゃね〜けど……はぁ〜〜〜めんどくさ。グラちゃんに構ってあげたいのはやまやまなんだけど、そんな気分でもないんだよね。今なら見逃してあげるから、アズール達連れてどっか行けば?」

「ぐるる……昼寝中のナマケモノみたいに伸び切ってやがる」



 言いながらも我慢する事無く欠伸をするその態度には、まるでアイス達を馬鹿にしているようにも見て取れる。ジャックは不快感を露わに唸り声を上げた。



「俺達には本気を出す価値も無いって言いてぇのか?」

「いえ、違います……察するに、今のフロイドは戦意を失っています。木の上でだらだら寝転がっているのも挑発ではなく、単に逃げるのが面倒になっているだけです」



 流石、持つべきものは腐れ縁と言うべきか。どうやらアズールの見解は当たっていたようで、フロイドは「それがなんだ」とでも言いたげな目をしてクチを尖らせた。



「だってさぁ、追う側ならまだしも追われる側ってつまんねーじゃん。オレも怪物チームが良かったな〜。ねぇねぇ、誰か今からチーム交代しない?」

「誰がするか!」

「いや、というよりそんな事出来るわけ無いだろう……」

「皆さん、フロイドの捕獲は今が好機です!彼が本気を出すと非常に厄介ですから」



 「確かに……」とラギーが頷く。



「やる気がある時のフロイド君って、何やらせても無茶苦茶強いッスよね。授業でマジフトの試合した時も最初は興味無さそうに隅っこで遊んでたのに……本気になってからは、マジフト部のオレでも1人じゃ止めらんなかったッス」

「やる気の無い時はまともに箒に跨る事すら出来ないっていうのにね……」

「随分厄介な相手なんスね………そりゃ、困るな」



 座学も、実技も、スポーツも………その気になれば全てに於いてプロを目指せる程のポテンシャルを秘めているというのに、周りの期待や羨む声は当の本人に何も響かないようだ。アイスの歳の離れた弟達は今年で10歳になるが、彼らと比べてもフロイドの方がずっと聞き分けが悪く子供っぽい。



「僕が持っている粘着銃の射程距離はフロイドが座る枝まで到底届かないし、ネットランチャーは射程範囲が広すぎて網が木の枝に引っかかって使い物にならないだろう……捕まえるならジャックの捕縛アームが頼りだ」

「ジャックさん、アイスさんが言った通りです。分かったのなら、さっさと捕獲を……」

「嫌だ」

「「………は?」」



 ぽかん、とクチを開けて瞠目するアイスとアズールを他所に、ジャックは当然と言わんばかりの口振りで言葉を続ける。



「先輩らが揃って正面からやりあうのを避けたがるヤツと、本気で戦ってみたくなっちまった」

「は…………はぁあああ!?ちょ、何言ってるんですか、状況分かってます!?」



 慌てて声を荒げたアズールとは反対に、アイスは静かに溜息を吐いた。そういえば、とジャックが先程クチにした「正面きって勝負する方がどっちが上なのか分かりやすくて好き」という言葉を思い出す。大きな臙脂色えんじいろにじぃと睨まれ、ラギーはわざとらしく肩を竦めて見せた。



「はぁ……どうして今年の1年生はこうも血気盛んなのか……僕には全く理解できないよ」

「ちょっとアイスさん、早々に諦めないで下さいよ!ラギーさん、止めて下さい!同じ寮の後輩でしょう!」

「無理無理、止められっこないッスよ。ジャック君って頑固なうえに腕力もオレより上なんだからさ」

「ねー、さっきから何ごちゃごちゃ言ってんのー?」



 一方で、アズールを中心に言い争いを始める同級生らの姿にフロイドの顔色がどんどんと変わっていく。つまらない行事に参加する気もさらさら無いが、雑魚に負けるのも気分が悪い。オクタヴィネル寮生らしく慈悲深さ・・・・をもって非力な雑魚を見逃す事数十分、ようやく辺りもすっかり静かになったというのに……。



「チーム代わってくれるわけでもないなら昼寝の邪魔。さっさとどっか行ってくんない……?」

「あんたは農民チームで、怪物チームである俺の敵。聞く義理はねぇ……な!」

「!?」



 ズドンッ、と重い音がして、ハラハラと青々とした葉が1枚、また1枚とジャックの頭上に振ってきた。



「ああ!ジャックさん、フロイドのいる木をあんなに強く蹴って……!」

「脚力えげつな。振動でオレ達の立ってるとこまでビリビリ来たッスよ」

「はぁ……面倒臭い…」



 アイスは額を押さえて尚も木の上に陣取るクラスメイトに目を向ける。流石のフロイドも目を見開き驚く素振りを見せたが、それも束の間……すぐに態勢を整えて「チッ…」と小さく舌を鳴らした。



「ねぇ、何してくれてんの?危うく枝から落ちるとこだったんだけど」

「当たり前だ。落とそうとしてるんだからな」



 ドスッ、と再び鈍い音と共にアイスの立っていた地面が揺れた。その脚力と度胸が素晴らしいのは大変良い事であるが、残念ながら今回ばかりは褒めてやる事は出来そうにない。身体をふらつかせるも、咄嗟に伸ばした手で近くの枝を掴み事無きを得たフロイドの顔は苛立ちで表情が抜け落ちてしまっている。



「このウニ野郎、うっっぜぇ〜〜………そんなに絞められてぇの?」



 左右非対称の瞳の瞳孔は完全に開ききっていて、誰の目から見ても彼が憤怒している事は一目瞭然であった。のっそりと重い腰を上げて地面に着地した191cmの男に対して、アイス、アズール、ラギーは揃ってぴくぴくと頬を痙攣させている。背後の先輩がどんな表情をしているかなど、この場で唯一笑みを浮かべているジャックは気付いていないのだろう。彼の頭の中は、全力で真っ向から全力で勝負が出来るという事に対して歓喜の気持ちでいっぱいだった。



「フロイド君、怖いくらい怒ってんなぁ」

「あ〜〜もう!苦労せず捕獲できそうだったのに何故わざわざ非効率的な事を!?」

「そもそも、ジャックを仲間に引き入れたのはアズール、君だろう?そしてフロイドは君のとこオクタヴィネル寮の寮生だ。責任を取って君があの2人をどうにかしてくれよ」

「出来るわけないでしょう!アイスさんこそ、フロイドの扱いには慣れてるじゃないですか!貴方がフロイドを宥めて下さい!」

「それこそ出来るわけないだろう……ああなったら誰が何を言ったって無駄だよ」



 先程まであんなにもナマケモノモードだったというのに、こうも臨戦態勢に入られてしまってはそう簡単に隙を見せてはくれないだろう。



「仕方ない……ジャックへの小言は後回しだ。ここは何としても彼にフロイドを捕まえて貰わないと」

「な〜に?グラちゃんまでオレの邪魔するつもり?ふぅん……オレはいーよ、別に」

「アイス先輩、邪魔しないで下さい!アレは俺の獲物です!」

「ああ゛?」



 「アレ」呼ばわりをされ、フロイドのクチから地を這うように低い声が漏れる。しかし、ジャックの言葉に怒りを覚えたのは彼だけでは無かった。



「ジャック、僕の言葉が聞こえなかった?いいかい?言いたい事は山のようにあるが、それは全て後回しにすると言ったんだ。君は馬鹿じゃない……それならきちんと理解出来るね?僕は協調性の無い駄犬は嫌いだよ」

「ウ……ウス…」



 一歩前に出てジャックの隣りに並んだアイスの口調はとても柔らかい。しかし、その姿を目にしたジャックの耳がたちまち後ろに伏せたのを見て、アズールもラギーも顔を真っ青にした。



「あーあ……アイスを怒らせちゃった…」

「ジャックさんが大人しくなったのは良い事ですが……僕、少し寒気が…」

「何か言ったかい?」

「「いいえ、何も……」」



 此方を振り向きもしない華奢な背中に、2人は背筋をピンッと伸ばした。普段であれば人目を惹くかんばせを見れない事を勿体なく思うかもしれないが、今この時ばかりは彼女の臙脂色えんじいろが己の姿を映さぬ事に胸を撫で下ろす。ヴィル然り、アイス然り……美人は怒らせるものではない。



「あはぁ。ウニちゃん、グラちゃんに叱られちゃったねぇ?躾のなってねー犬っころにはビーンズシューターSでお仕置きしてやる」



 フロイドが取り出したビーンズシューターを見て、アイスの形の良い眉がピクリと動く。やる気の無い彼の事だから、開始早々にこの木の枝の上を陣取ってたと思っていたがそうでは無いらしい。



「へぇ、ずっとだらけてるだけかと思ったが……シューターを持ってるなら、補給物資を取りに行く程度のやる気はあったのか?」

「ううん。俺はゲーム開始直後から寝てただけ。なんか「仲間になれ」とか騒いでうるさかったヤツを睨んだらくれたんだよね」

「はぁ……そんな事だろうと思った…」



 至極呆れ返った様子のアイスの姿に、ラギーは心中でツッコミを入れる。「アンタもそうだろう」と。



「脅して奪った、の間違いじゃないんスか?」

「どーでもいい。とにかくオレ、昼寝の邪魔されてムカついてんだ」

「え……わっ!!」



 フロイドがビーンズシューターを構えたと同時に、ジャックは慌ててアイスの身体を担いでその場から飛退く。俵の如くジャックの肩に担がれたアイスには何が起こったのかさっぱり理解できなかったが、足元にコロコロと転がってきた豆粒を確認して目を見開いた。



「っと、あぶねぇ……アイス先輩、大丈夫ッスか?」

「舌噛みそうになったけど、お陰様で」

「ああ゛?豆の無駄撃ちさせんなよ。なんで避けてんの?つか、何グラちゃん担いでるわけ?腹立つな〜!」



 標準を合わせるような素振りも見せず、構えてすぐ引き金を引いた筈なのに標準の合わせ方は完璧だった。



「あの正確な狙いの付け方……やはり本気のフロイドは手強い……ですが、今の攻撃を避けたジャックさんの反射神経も目を見張るものがありますね」



 ジャックは優しくアイスを地面に降ろすと、幼子のように目を輝かせてフロイドを見据えた。



「ハッ!いいなアンタ、強いじゃねぇか!」

「勝手にテンション上がっちゃって……すげー迷惑だし、イラつく!」



 再びフロイドはビーンズシューターを適当に構えて引き金を引いた。ポンッ、と勢いよく発射した豆は、今度はジャックやアイスではなく後方のラギーやアズールの方へと飛んでいく。



「うわっ、めちゃくちゃ豆飛ばしてきた!うかうかしてたら巻き込まれちまう!」



 声を上げはするものの、動体視力の良いラギーにしてみれば、一直線に飛んでくる豆を避けるのは決して難しい事では無かった。多少の集中力は必要となるが、日々マジフト部でディスクをパス、キャッチしている事もあり、ビーンズシューターが何方を向いているかを確認した上で、飛んでくる豆の軌道を読む事くらいわけないのだ。だから、フロイドが静かに銃口の先を変えた事にも瞬時に気付けたし、ソレが誰を狙っているのかもすぐに分かった。これはある意味チャンスだ。ジャックがフロイドに絡んだ辺りから面倒事には飽き飽きしていたところだったし、授業態度を良好に見せるには十分活躍した筈。そろそろ適当に切り上げたいと思っていたラギーは、迷わずチカラいっぱいに地面を蹴った。



「あーー!アイスあぶな〜〜〜い!!」

「え?」



 ポコンッ、と可愛らしい音がラギーの肩で鳴った。



「あーらら、グラちゃん狙ったのにコバンザメちゃんに当たっちゃった……ちぇ〜っ」



 つまらなそうに肩を落とし、フロイドは再び銃口をジャックに向ける。何が起きたと目をパチクリさせるアイスに、ラギーは残念そうな面持ちで話しかけた。



「農民チームに豆をぶつけられたオレは失格……最後にアイスを守れて本望ッス……3人共、後は頼んだッス……ガクリ」

「ラ、ラギー先輩っ!あの野郎、よくもラギー先輩を……許さねぇ!」



 尊敬する先輩の予期せぬ脱落……ジャックは目尻を釣り上げてフロイドを睨みつけた。



「……ここは悲劇のヒロインっぽくすすり泣くべきかい?」

「酷いなぁ……オレ、アイスを庇ったんスけど?」



 嘆く科白とは裏腹に、ラギーの声色は何とも楽しそうだ。庇った勢いで抱き着いてしまった小さな身体の首筋に顔を埋め、ぐすんとわざとらしく鼻を鳴らす。



「君、僕を出しに使うだなんて良い度胸しているね」

「ここまで付き合っただけ褒めてほしいくらいッスよ。ってなわけで、可愛い後輩の事は頼んだッス♪」

「………」



 不服そうに目を座らせるも、確かにラギーに助けられた事には変わりない。彼が飛び出してくれなければ、自分は間違いなくフロイドの豆に当てられて失格になっていただろう。



「……はぁ……不本意だけど仕方ない。助けてくれた事には感謝するよ。後は君のところの怠惰な寮長の隣りで吉報を待っていると良い」

「うーん、お礼を言ってくれただけ良しとしますか」



 それに、とラギーはちらりと後ろを見て苦笑した。フロイドの機嫌が更に急降下しているのである。ジャックのせいではない。これは間違いなく、自分の行いのせいだ。何ともいい気味ではあるが、このまま再びアイスが狙われてしまっては自分が(一応)身を挺した意味が無くなってしまう。



「コバンザメちゃん、脱落したんだからとっととトド先輩のとこに行きなよ」

「はいはい、言われなくてもそうさせてもらうッス」



 両手を上げて降参の意を示すものの、フロイドのビリビリとした視線が消える事は無い。だとしても、彼の目の前にはジャックが身構えているので、下手に動く事は出来ないようだ。この様子なら自分が離れたとしても暫くの間は何とかなるだろう。品の良い香りに名残惜しさを感じつつ、フロイドの視線を躱すようにその場を後にしたラギーは、随分と軽くなった運動着のポケットをぽん、と叩いて呟いた。



「……さぁて、アイスは気付いてくれるッスかね〜?」


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