狩りのお時間
アイスがその手中に粘着銃を納めた、まさにその時だった。
「———裏取引はそこまでです。今回の獲物は大物ですよ、ジャックさん!」
「だから俺に命令すんなっつってんだろ!」
突如茂みから現れた2つの凸凹な影にアイスとラギーは大きく目を見開き、レオナは苦々しそうに顔を顰める。したり顔のアズールがリーチ兄弟の代わりに連れていたのは、サバナクロー寮のジャック・ハウルであった。
「……先輩達……あんたら、マジで懲りてねぇな。同じ寮だろうが、容赦はしねぇ!覚悟しろ、寮長!」
鋭い眼光で此方を睨みつけたかと思えば、ジャックは捕縛アームを装備した右手をレオナに向ける。
「なにっ?」
「げっ、あのでっかい手は、捕縛アーム!レオナさん逃げ……」
慌てたラギーが声を荒げるも、時すでに遅し。レオナ目掛けて振り下ろされた紫色の巨大な手は、まるで幼子が人形を掴み上げるかのように簡単に彼の身体を拘束してしまった。
「あら……」
「あー……捕まっちゃった」
「クソッ!ジャック、テメェ、マジフト大会に続いて二度も俺に刃向かうとは……しかも、赤い坊ちゃんの次は磯臭いタコ野郎の手下だと?この裏切りモンが!」
成す術無く拘束されたレオナは、グルル…と喉を鳴らして怒りを露わにする。流石は百獣の王、雄ライオンの獣人と言うべきか、その迫力と『手下』という単語にジャックは奇妙な焦燥に駆られ、反論の意を示す為に慌てて口を開いた。
「べ、別にそういうわけじゃ……!今日の試合は寮は関係ねぇし!」
「フッ。負けライオンの遠吠えは見苦しいですよ、レオナさん。この勝負、僕の勝ちです」
拘束を解かれて地に尻を付けるレオナを、アズールは至極愉快そうな顔で見下ろしている。怪物チームが農民チームの豆によって戦線離脱させられるのと同様に、農民チームもまた怪物チームの捕縛用のアイテムによって強制的に試合退場をさせる事が可能なのだ。レオナが捕まり嘆いているのは当の本人だけではない。むしろ、彼以上に落胆しているのはラギーの方である。
「あ〜あ……オレのスペシャルランチ1週間分が……とほほ」
せっかく同じ農民チームの目を欺いて恩を売ろうとしたのに……。明日から始まるはずであった至福一時が、こうもあっけなく剥奪されてしまうとは。一方で、他人の力を借りたとはいえ、レオナを仕留めるという大仕事をやってのけた事実にアズールは大層満足をしていた。やる気が微塵も無いとはいえ寮長は寮長……ゲーム後半でその気になられでもしたら大きな脅威に成りかねない。それに、寮長を捕縛したという実績は『ハッピービーンズデー』に対する貢献度として申し分無い加点要素になるだろう。
「『ハッピービーンズデー』……勝利に貢献した生徒には特別に体力育成の成績が加点される……。体力を使わずして、体力育成の成績がアップするこのチャンス!僕は絶対に逃すわけにはいかないんです!」
そうやってアズールが力強く熱弁する姿に、一同は口をそろえて「成程」と呟いた。
「嗚呼……お前、運動神経すこぶる悪そうだもんな」
「飛行術も……なんというか、あまり得意ではないものね」
「アイスと並んで授業受けてる時なんか、痛々しくて目も当てられないッスよ」
「成程……だからあんなに必死だったのか」
「黙りなさい」
生暖かい視線を向けるレオナ、アイス、ラギー、ジャックに、アズールはぴしゃりと言い放つ。
「さぁ、アイスさんにラギーさん。今の不正をバルガス先生にバラされたくないのなら、貴方達も僕に協力なさい」
「不正って……僕はただ、厚意でラギーに支援物資を譲ってもらっただけなんだけど」
「うえーっ。レオナさんよりコキ使われそうッス〜」
がっくし、と肩を落とすラギーには申訳ないが、アイス個人としてはアズールのこの申し出は決して悪いものではなかった。そもそも彼女はレオナやラギーらとは異なり、今年ようやく正式に参加する事を許された『ハッピービーンズデー』を楽しみにしていた部類の生徒である。チームの勝利は勿論、今回のMVPを狙うアイスにとって大切なのは、最後まで生き残る可能性が高い選手と早期に行動を共にする事だ。勝利を治めるのに個々の優れた能力が武器となる事に違いは無いが、怪物・農民とどちらのチームに於いても最終的に重要なのは最後に何人人員を残せるか、また誰を最後まで残すかである。どんなに足の早い選手であっても多勢に無勢……明らかに相手チームの方人員が多ければ最後まで逃げ切る事は出来ても、『魔法の竪琴』の死守・強奪出来る可能性は皆無に等しい。とはいえ、人員が勝っていたとしても物陰に隠れて動きを見せないような選手ばかりではお話にもならない。それらを踏まえて考えた時、最後まで残る気満々で希少価値の高い支援物資を身に纏っているアズールと、誰が見ても文句無しにずば抜けた運動能力を誇るジャックは理想的な人材だ。
「さあ、どんどん捕まえまくりますよ!アッハッハッハッハッハ!」
上機嫌に高笑いするアズールの後ろ姿を見つめたまま、アイスは小さく口角を上げた。お忘れかもしれないが、彼女には怪物チームとして『ハッピービーンズデー』に勝利する以外に、別で勝たなければならない相手がいるのだ。随分と見縊られた事を腹立たしく思いながらも、悔しいが彼のポテンシャルの高さは確かである。間違いなく最後まで生き残って『魔法の竪琴』を奪いに来るだろう。目には目を、歯には歯を、性悪には性悪を。彼の襲撃に備えて、幼馴染としてその性格を熟知しているアズールを仲間としておくのは有効な防衛手段と言えよう。
「アズールの頭のソレ……『フィールド・スキャナー』?確か、一定時間毎にフィールド上の人間の位置を把握出来る装備だったよね?」
「ええ、そうです。全補給箱の中でも1つしか入っていないレア中のレア装備……コレさえあれば、敵は疎か味方が今どこで何をしようとしているのかも容易に知る事が出来ます」
「そんなレア物資をどうやって手に入れたかは気になるところだけれど……まぁいいや。僕はもう暫くの間は農民チームの人員削減に注力すべきだと考えている。早い選手だとそろそろ最初に配布された豆が底を尽きる頃だろうから、補給箱の周辺で罠を張るのが良いと思うんだけど……君はどうだい?」
「その点に於いては僕も賛成です。先程スキャナーで送られてきた映像を見ましたが、流石にまだ両陣共に選手の人数は多い……理想としては、僕達がコロシアムに向かうまでの間に1桁代まで減らしておきたいですね」
「そうなると……狙うは補給箱の設置数が多い運動場ら辺ッスかね?開けていて見渡しやすい分、こっちとしても狩りやすいし」
怪物チームの4人が作戦を練る姿に、レオナは深い溜息を吐いた。いくら成績に関わるとはいえ、こんな子供染みた行事に躍起になるアイス・アズール・ジャックの気が知れない。ゲームへの参加権を失った今、これ以上彼がこの場に留まらなければならない理由はどこにも無い。むしろやれる事が何も無いのだから、早いところ脱落者の待機場に移動してこの馬鹿げた行事が終わるまでひと眠りする事としよう。乱暴に頭を掻きながらその場を後にしたレオナは、待機場所に向かいまでの道中ででふとある事に気が付いた。ラギーとジャックはともかく、アイスも女ながらになかなかの運動神経の持ち主だ。自分が治めるサバナクロー寮の寮生らには及ばずとも、やたらキラキラしいのポムフィオーレ寮や陰気臭いイグニハイド寮の寮生と比べれば彼女の方が幾分もマシなくらいに。
「……あのタコ野郎、アイツらに付いていけるのか……?」
まぁ、自分の知った事では無いが。レオナは気だるげに「ふぁっ」と盛大に欠伸をした。
+ + +
「「うわあああ!!」」
運動場の広い芝生を走りながら、アイスとラギーは進行方向の先から聞こえる轟音と悲鳴に「ほぅ」と感心にも似た声を漏らす。
「ジャックさんが運動神経が良いのは存じてましたが……これは想像以上ですね」
「マジフト大会でも寮選抜メンバーに入るくらいッスからね。前に全校集会でも陸上部の成績を表彰されてたし、期待の新人ってヤツなんじゃないッスか?」
狼の獣人であるジャックには及ばないながらも、持久力に長けたハイエナの獣人であるラギーであればジャックの後ろにピタリと張り付いて走る事も訳ないのだろう。狼もハイエナも、基本的には群れで狩りをする獣だ。人間ばかりのナイトレイブンカレッジでは彼らが本気を出すまでも無いながら、チームで相手を追い詰める事で狩りの成功率は格段に上がるだろう。本来であればそれを考慮してラギーもジャックと同様に農民チームに仕掛けるべきなのだが、そうしないのは隣りを走るアイスの存在が大きかった。元々『ハッピービーンズデー』に乗り気では無い……というのもラギーが本気を出さない理由の1つではあったが、自身の所属寮の長がそうであると同じように、ラギーもまたアイス・ルーレッドという女生徒をそれなりに気に入っているのだ。運動場は確かに見渡しやすく、敵陣を発見、追い込むのには最適のフィールドであったが、それは相手にとっても同じである。いくら体力があるとは言え、所詮は人間の雌……自分達からはぐれて1人広いフィールドで息を切らす彼女を敵陣が見逃すはずはない。たちまち農民チームに囲われて即刻豆を当てられてしまうだろう。それとなく自分がおぶる事も提案してみたが、彼女の自尊心を傷つけてしまったらしく断固拒否されてしまった。可哀そうに、シャトルランの如く走らされて呼吸が乱れ始めてしまっているではないか。弱味を見せぬように必死に隠しているつもりなのだろうがバレバレである。何とまぁ、愚かしくも可愛らしい草食動物だ。
「……今、何か失礼な事考えませんでしたか?」
「嫌だなぁ、勘ぐりすぎッスよ」
じろり、と大きな臙脂色で一睨みされ、ラギーはわざとらしく肩をすくめて見せた。
「———よし、追い付いたっと!いやー、ジャック君、ホント早いッスね」
「今ので20人目の捕獲ですね。作戦開始してからそう時間も経っていないのに大活躍じゃないですか」
2人まとめてジャックの捕縛アームに拘束されたポムフィオーレ寮、ディアソムニア寮の生徒はアイスが口にしたジャックの実績に顔を引きつらせた。
「1人で20人も!?」
「集団で動いてるヤツが多いから捕まえやすかっただけっす」
口では謙遜しつつ、尊敬する2人の先輩に称賛されてジャックのふわふわとした大きな尻尾は嬉しそうにブンブンと揺れている。
「……ところで先輩達、一緒に行動してたはずのアズールの姿が見えねぇが……」
「あれ?さっきまでオレの後ろを走ってたッスけど……?」
「ええと……あ、来ましたよ」
アイスの指差す先には、酸欠で酷くふらつきながらも何とか懸命に足を進めるアズールの姿があった。
「はぁ、はぁ……さ、3人とも……待って、ください…………」
「アズール君、ファイトー!オレ達のとこまで、あと200メートルッスよ〜」
「なんだアイツ。ヘロヘロになってやがる」
「アズールさん、陸での運動はあまり得意じゃないようなので……いや、水泳もか……?」
ヨロヨロとよろけながらもようやく3人の前に辿り着いたアズールは、足を止めるなり両膝に手を付いて、一刻も早く新鮮な酸素を肺に取り入れようと絶えず肩で息をしている。あまりにも情けない姿に、ジャックは大きく溜息を吐いた。
「や、やっと追い付きました……げほげほっ!」
「アズール先輩、あんた体力無さすぎじゃねぇか?」
「君達がありすぎなんですよ……!」
「女性のアイス先輩だってそこまで息を乱して無いぜ?」
「女性……がどうかしましたか?」
「い、いや……何でも無いっす」
にっこり、と有無を言わさぬ圧を受けてジャックは思わず背筋を伸ばして耳を伏せた。すかさずラギーに「その発言はアイスにとっての地雷ッスよ」と耳打ちされ、ジャックはこくこくと何度も大きく首を縦に振る。
「アイスさんも規格外ですが、特にジャックさん!30分間走り続けて息も乱さないなんて、どんな体力をしているんですか!」
「このくらい普通だろ?俺の弟や妹も、朝から夕方まで……大体6時間くらい平気な顔で鬼ごっこしてるぞ」
「は……?フルマラソンレベルじゃないですか!?」
「ジャック君、流石にそれは普通じゃないわ……6時間走り続けるのはオレでもしんどいッス」
「えっ!?そうなんですか……」
成程、確かに狼は時速を落とせば一晩中狩りに徹す事が出来る程の持久力を持ち合わせていると耳にした事がある。ジャック達もまた、それ相応の体力を受け継いでいるのだろう。
「ジャック君のペースに合わせてたら、そのうちアズール君ははぐれそうッスねぇ」
「孤立して敵チームの餌食になるなんてごめんです」
ラギーは何とも愉快そうに口元を緩めたが、アズールの言う事も最もである。
「フィールドスキャナーを所持しているアズールさんが捕まってしまうのは非常に困ります。今のうちに装備を渡して下さるのでしたら話は別ですが……」
「渡すわけないでしょう!」
「ホント、可愛い顔して言う事キツいんだから……」
「嫌ですね、冗談ですよ」
淑女の上品な微笑みにジャックに捕縛されたままの農民チームの生徒はただただぼぅっと見惚れているが、騙されてはいけない。少なくとも、アズール、ラギー、ジャックの思うところは1つであった。「大方本気だっただろ」と。
「だが、確かに見方が減るのは避けてぇな」
ジャックは少しの間考え込むような素振りを見せ、やがて思い付いたように顔を上げた。
「こんな作戦はどうッスか?今度獲物を見つけたら———」
ジャックの提案は群れでの狩りを得意とする、実に狼らしい作戦であった。自分達の特技や装備を考慮した上で、まさに最適な案と言えよう。鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くしたアズールだったが、すぐに二つ返事でその作戦を了承した。アイスもラギーが特に反対する理由も無く、一行はすぐさま作戦を実行すべく再び移動を始める。アイスの握る粘着銃がキラリと光った。
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