されどサイコロ1つ/azul&idia



 放課後アイスが目的である教室を訪れると、何やら机を挟んで対峙しているアズールとイデアの姿が目に入った。ニマニマと酷く楽しそうなイデアに対し、アズールは顎に手を当てて苦り切った表情を浮かべている。普段はどちらかというと不敵な笑みで他者を見下しているだけに、中々見られない光景である。……いや、一つ訂正がある。飛行術の授業になれば、彼の苦々しい表情はいくらでもお目にかかれるのだった。



「こんにちは、お二人共真剣な顔して……いかがされましたか?」

「ヒィッ!?……なんだ、ルーレッド嬢か……」

「ふふ、すみません。もう少し様子を見てから声をかければ良かったですね」



 デスクの上を覗きながら声をかけてみると、イデアはビクッと身体を跳ねさせた。フロイドの言葉で言うなら「エビの様」と言ったところか。面白いくらい身体全体で驚愕を表現したイデアにアイスは苦笑する。その表情を目にしたイデアは慌てて首を横に振った。



「い、いや……拙者が勝手に驚いただけで……」

「随分と集中されてる様子でしたが……新しいゲームですか?」



 デスクの全体に広げられたゲームボードには細かな数字が書かれたマスが幾つも並び、ある個所には駒と思しき車の形のフィギュアが置かれている。成程、とアイスは頷いた。この世界的大ヒットしているボードゲームには見覚えがある。いや、見覚えどころではない。数カ月までアイスの悩みの種となっていた代物だ。



「あら、『マジカルライフゲーム』の新作ですね。この間出たばかりなのに…」

「その通り!いやぁ、今作も素晴らしい出来ですぞ……前宣伝の段階から注目度が高かっただけに発売当日は売り切れ続出だったとか!」

「お陰様で……学園で仲良くしてくださってる方がSNSで宣伝を拡散して下さったので嬉しい悲鳴ですわ」



 『マジカルライフゲーム』とは人の人生をテーマにしたすごろくゲームの総称である。世界的なトイブランドである『W&Bカンパニー』の創設者……つまりアイスの祖父にあたる人が手掛けた、長年に渡り老若男女に愛され続けているモンスターゲームでもあった。数か月前まで苦しめられた構想、試作、改良のループを思い出すと鳥肌が立ってくる。クライアントの要求で久々に『マジカルライフゲーム』を制作する事になったのだが、前作までの改良版ではなく、全くの新作が良いと難題を課せられたのだ。お陰で睡眠時間は削られるわ、髪も肌もボロボロになってヴィルに激怒されるわ、魔法史の授業中に船を漕ぎそうになるわで散々な期間だったと言っても過言ではない。まぁ、その甲斐もあって発売から数カ月経った今でも『入手困難なゲーム』としてSNSを賑わせているので、文句を言うつもりは微塵も無いが。



「ええと……あら、イデアさんは順調な様ですね。公務員だなんて就いてる職も中々ですし、家族も子供2人と理想的……自宅も一戸建てのマイホームだなんて模範的な進め方なのでは?」

「そうでしょう、そうでしょう。サイコロを振る度に念じた甲斐がありましたよ」



 イデアは嬉しさを隠せないらしく、至極ご機嫌な様子だ。対して先程から一切声を発しないアズールはといえば、フリーターで家族は結婚相手との2人きり、自宅は賃貸……と、お世辞にも良い暮らしとは言えない結果となっている。現実の彼には不釣り合いなまでに借金もある様だし、ゲーム終盤に構えている決算マスに耐えられるか危うい状況だ。



「さぁ、アズール氏の番ですぞ!サイコロを振ってくだされ!」

「………」



 アズールが無言で振ったサイコロの目は2。駒が止まったマスの表記を確かめると……。



「ブフォッ。サイコロの言う事は絶対であるからして、アズール氏はまた3回休みです」

「こんな……」



 ついにアズールはわなわなと震えだした。盤をひっくり返さんばかりの形相で自身の駒を睨みつけている。



「こんなたかがサイコロ1つに僕の人生が左右されるなんて……!」

「そうこうしている間に、拙者は油田を掘り当ててしまいました」

「何なんですかその超展開!何故油田が突然ショッピングセンターの中に!?」

「まぁまぁ、所詮ゲームですから。非現実的な展開の方がパーティゲームとしては盛り上がるかと思いまして…」



 因みに、この超展開はケイトに相談して得たアイディアである。ケイト曰、「例え勝っていようが負けていようが、出たマスの内容が強烈だったらSNSに載せるネタになるから良い」との事。実際マジカメで『#マジカルライフゲーム』と検索してみると、ケイトの言う様に若い購入者は自分の出した悲惨なマスの内容で盛り上がっていた。とは言え、流石に『マグロを釣り上げる』や『家族が家出』等の突拍子もない指示まで受け入れられるのだから少し考え物である。



「はい、またアズール氏の番。早くサイコロを振って」

「……2です」

「……ほほーう?」



 アイスとイデアは揃ってマスに書かれた指示に目を通す。



「『家を買ったが欠陥住宅だった。5,000万マドル失う』……本当、散々ですねぇ」

「アチャー!やっちまいましたな!」

「この僕が詐欺を見抜けないなんてあり得ない……!アイスさん!このゲーム理不尽すぎませんか!?」



 反応は実に三者三様だ。最早泣きそうな顔でアズールに詰め寄られ、アイスは眉尻を下げて宥める一方である。結局、イデアはそのまま順調にゴールをし、それとは対照的にアズールは自己破産した上に結婚相手には逃げられるという散々な結果となって終焉を迎えた。すっかりヘソを曲げてしまったアズールは非常に面倒くさく、仕切り直しで彼の好きな戦略ゲームをしようと誘っても一向に首を縦に振らない。



「アズール氏、せっかくルーレッド嬢も来て3人揃ったのに……」

「ハッ!す、すみません……そうですね。確かにアイスさんがファンサービス営業ではなく部活の方へ直行して下さるのは珍しい事ですし、何か3人で出来るゲームでもやりましょうか」

「どうせならマジカルライフゲームをもう一戦しませぬか?ルーレッド嬢もプレイヤーとして遊ぶ経験は中々無いのでは?」

「んなッ!?」

「あら、よろしいのですか?確かにゲーム自体は嫌という程に見ているのですが、思い切り遊ぶのは幼少期以来かもしれません」



 すかさずアズールの口が異議申し立てをしようとぱくぱく開いたが、その前にアイスの綺麗な笑みが炸裂する。アズールには悪いが、今作はアイスにとっても力作中の力作。一度プレイヤーとしてじっくりと楽しんでみたいと思っていたのだ。顔をほころばせたアイスの表情を見て、アズールは「うっ」と言葉を詰まらせた。大きな臙脂色えんじいろが綺麗に瞬く様子を見てしまっては降参するしかない。



「……これが最後ですからね」



 イデアはニンマリと笑い、散らかったゲーム用の札束をかき集めるのだった。



+ + +



「あら……ふふふ。『双子が産まれる。子供2人を乗せ、みんなからお祝い2万マドルずつもらう』ですって」

「ヒィッ!また?!ルーレッド嬢の車、もう子供が乗り切らないですぞ?!」

「そんな次々に子供を設けるだなんて……僕は認めませんッ!!」

「嫌ですわ、ゲームじゃありませんか」



 青い顔のイデアに、真っ赤な顔のアズール……両極端な表情で思い思いの言葉を吐く2人の姿にアイスは綺麗な笑みを浮かべた。最初は純粋にゲームを楽しむつもりだったが、久しぶりのボードゲームに欲が出てしまったらしい。つい本気を出して良い目を狙いすぎてしまったのだ。そもそもアイスの特技はギャンブルで、その中で最も得意とするのはサイコロを2つを振った出目で勝負するクラップス。彼女にしてみればサイコロ1つ振って好きな目を出す事など朝飯前なのだ。



「『子供がCDデビュー!子供が乗っていれば人数×30万マドル貰う』……ええと、子供の人数がいち、に……」

「誰との子ですか!?ぼ、僕達はまだ学生なんですよッ!!」

「あ、アズール氏……流石に感情移入しすぎなのでは…?」

「……ろく、なな!ふふ、一気に210万稼いでしまうなんて随分と気持ちが良いですね〜」



+ + +



 日付は変わり、アイスが『マジカルライフゲーム』で大人気の無い勝ち方をしてから数日が経った。今日も今日とてファンサービス営業という名の一仕事を終え、アイスは満面の笑みでボードゲーム部の部室として使用している教室の扉に手をかけた。



「ご機嫌よう。今日はお二方にお願いが……」



 教室に踏み込んだアイスは、デスクに向かって異様なまでの集中力を見せるアズールの姿をとらえてギョッと身体を強張らせた。暫くそのまま様子を観察してみたが、アズールは傍らに立つイデアが必死に話しかけても黙々と何かの作業に没頭し続けているのである。



「5……5……3…だめだ、次……2…」

「おーい、アズール氏…」

「スピードが足りないのか。5、5……5!よし!」

「こ、こんにちは、イデアさん……アズールさんは一体何を…?」

「それが、拙者が来た時にはもうこの様子で…」



 ぶつぶつと呪文の様に唱えるアズールは正直言って少し不気味だ。暫くの間、彼は苛立ちながらも作業に没頭していたが、ようやく納得の出来る結果が満足げに顔を上げ、呆然と立ちすくむ2人の姿に目を丸くした。



「おや、アイスさんにイデアさん。いらしてたんですか」

「いたよ。完全に自分の世界だったけど、何してるの?」

「ああ……」



 イデアの質問に、アズールは自分の手元に視線を移した。その先を辿っていくと、机にポツンと転がるサイコロの姿が目に入る。



「見ての通り、サイコロを振る練習ですよ。練習の甲斐あって、3分の1の確率で狙った目を出せる様になってきました」

「ね、狙った目!?そんなの、一体どうやって……」

「2を上にして手首のスナップを効かせると、僕の力では4回転半。このサイコロだと出る目は……ほらね、5だ!」



 
 5の目を上にして止まったサイコロに、アズールは自慢げな表情を浮かべて鼻を鳴らした。流石のアイスとて、たかだかボードゲームに負けたくらいで彼がここまで躍起になるとは想定していなかった。彼も言う様にまだまだ必ず宣言通りの目を出せるわけでは無いらしいが、僅か1週間でここまで出来る様になったのだから大したものである。



「まさかアズール氏……先週マジカルライフゲームに負けてから、ずっとサイコロを振る練習を!?」

「先日の敗因は僕の怠慢です。あの後思い返してみれば、アイスさんの特技はギャンブル!その経験値の高さからサイコロの目を操る事等ワケもないはず!そう……あれは運任せのゲームではなく、僕の用意が足りてないが為にあの様な失態をしただけなのです!」

「運任せって……それがすごろくなのでは?」

「いいえ、それでは単なる準備不足。きちんと勝負に備えて運の要素を削ぎ落していれば、すごろくだって自分の意志でゲームメイク出来るんです!」



 「そうですよね!?」と力強い口調で詰められ、アイスはもうお手上げだった。そういえば、ここ最近授業で顔を合わせる度にアズールは何かと手首を摩っていた気がする。あれはサイコロを振りすぎて手が腱鞘炎を起こしていたからなのだろう。



「運ゲーから運要素を排除する……だと!?」

「でもまだまだだ。もっと精度を高めなくては。次はもう少し強くサイコロを振ってみて……」

「アズール氏?おーい、アズール氏、応答せよ」



 この言葉を最後に、再びサイコロを振る練習に没頭し始めたアズールは学園の時計が部活動終了の鐘の音を鳴らすまで顔を上げる事が無かったという。諦めて自身のスマホを取り出してソーシャルゲームに専念する道を選んだイデア。一方でアイスは、手にしていた紙袋をスッと背後に隠した。中に入っていたのは早くも次回作の所望を受けて作った『マジカルライフゲーム』の試作品。宣言した目を出す度に歓喜の声を上げる男を前に、アイスは次回作はルーレット式にしようか……などと脳内で趣向を凝らすのだった。


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