今後も入部はお断り/ace&floyd
魔法士養成学校の名門として名高いナイトレイブンカレッジだが、力を入れているのは文学だけではない。寮対抗で行われる校内もマジフト大会は各メディアに取り上げられる程注目されているし、サバナクロー寮寮長のレオナ・キングスカラーが部長を務めるマジフト部も例外なく日々過酷な練習に励んでいる(部長自身が常に真面目に励んでいるかと問われると、即答出来ない事が残念ではあるが)。世界的に有名なスポーツなだけに、マジフトにばかりスポットライトが当たりやすいのは仕方の無い事だが、他の部活動がそれに劣っているというわけでは無い。部員同士の厳しいレギュラー争いを経て、様々な大会で優秀な成績を多数納めているのもまた事実である。
ハーツラビュル寮生の1年、エース・トラッポラの所属するバスケ部もまた然り。優秀な選手は1年生であろうとレギュラー入り可能な実力主義な方針は、効果的に部員のモチベーション向上に繋がっていた。バスケ部のレギュラー選抜は日々の練習姿勢と、試合直前に行われるミニゲームの成績の総合評価で決められる。つまり、幾ら真面目に練習をしていても実力が備わっていなければ選出される事は無いし、逆に優れた能力を持っていたとしても日々の練習が疎かであれば除外されてしまう。前回のミニゲームではオクタヴィネル寮2年生のフロイドと組んで試合に挑んだのだが、結果は惨敗。敗因は実力不足ではなく、フロイドの気分屋で、マイペースで、飽きっぽい性格が全ての原因だと言っても過言ではないだろう。ミニゲームに入る前の練習では部内の誰よりも圧倒的な上手さで相手を翻弄していたというのに、いざ本番になると先程の勢いは微塵も感じられず、試合開始早々にふらふらとコートから出て行ってしまったのだ。追いかけようにも試合は続行しているのでコートから出る事も出来ず、エースは圧倒的不利の中トリプルスコアで大敗という屈辱的な負け方を喫する事となったのだった。
「え?フロイド先輩に真面目にバスケをやらせたいって?」
昼食時の大食堂。あまりに無理難題を突き付けてきたエースに、ユウはせっかくスプーンですくったリゾットを食べ損ねてしまった。エースは至って真面目に深々と頷いて見せたが、いくら何でも相手が悪すぎる。
「明日の部活でミニゲームがあんだけどさ、成績が良ければ再来週の他校との練習試合にレギュラーで出れそうなんだよね。あの人すっげーハチャメチャだけど、それでも本気出したら実力はトップクラスなんだよ。何とかしてフロイド先輩に本気を出させらんねーかなぁ…」
「お前も懲りない奴だな、あんな目に遭っておいて…」
デュースの言葉にグリムは口いっぱいに物を詰めたまま「うんうん」と頷いた。忘れもしない、昨年末の期末試験での事。オクダヴィネル寮寮長のアズールの上手い口車に乗せられ、賭けに負けた対価として彼らの運営するモストロ・ラウンジで馬車馬の様に働かされたあの数日間…。中でも恐ろしかったのは教育係にと付けられたアズールの側近の2人、ナイトレイブンカレッジでも随一の長身、鋭く尖ったギザギザの歯をもった双子のリーチ兄弟であった。特に、彼らの本来の姿で海底で追いかけ回された出来事は今や一同の中でトラウマとなっている。
「うーん……でも、素直にお願いをきいてくれるとも思えないし…」
「アイツが言う事を聞くのなんて、寮長のアズールか双子のジェイドくらいなんだゾ?」
「あの2人に頼んだとしても、見返りに何を要求されるか…」
一同は軽く脳内でシュミレーションし……揃って首を横に振った。どう考えてもリスクが高すぎる。
「無理無理無理!ぜってー無理!」
「だよねぇ…」
「地道にコツコツ励むんだな」
デュースの言葉にユウは苦笑したが、残念ながら自分も妙案は思いつきそうにない。同じ寮のアイスはフロイドと同じクラスらしく、時々心底疲れ切った表情で帰宅したと思えば高確率で彼の愚痴を口にしている。と、そんな事を考えていると、ようやく授業が終わったのか2年生の面々が大食堂へやって来た。リドルに彼と同じクラスのジェイド、その隣りにはフロイドと彼に後ろから抱き着かれてよろめくアイスの姿もあった。
「あ゛〜〜〜疲れた〜〜〜!トレイン煩すぎ!い〜じゃん、テストで満点取ったんだからさ〜」
「終始あんな授業態度では先生が怒るのも無理はない。ボクだったら即刻首を撥ねてしまっているね……ジェイド、キミも笑ってないで身内の監督くらいしっかりおやりよ」
「フフフ、すみません。起こすのを躊躇う程に気持ちよさそうに寝ていたものですから、つい…」
「まったく、寝るなら勝手に他所で寝てくれませんか…?貴方、どれだけご自分の身長が高いか自覚あります?独活の大木かの様に長椅子丸々使って横になったかと思ったら、あろう事か私の膝を枕にするなんて……」
アイスは大層ご立腹なのか、笑顔は崩さないものの首に巻き付く長い腕ををきりきりと摘まみ上げている。しかし、残念ながら大した効果は無いらしい。フロイドは至極楽しそうに「いって〜……仕返しッ!」と彼女の細い腰に腕を回し、ぐりぐりと首元に頭を擦り始めた。途端に彼女の口が小さく動く。言葉はなんとか飲み込んだらしいが、ユウは恐らく「ぐぇ…」とカエルが潰れた様な呻きを発したのだと察した。
「うっわ……アイス先輩カワイソ〜……」
「う、羨ま……いや、なんでもない」
いつの間にやら、ユウ達だけではなく大食堂に居る殆どの生徒が彼女達の動向に注目していた。まぁ、無理もない。寮長に、マドンナに、学園の要注意ツインズが一塊になっているのだから。
エースはもごもごと唐揚げを頬張りながら、じぃ…と2年生御一行の様子を観察する事にした。普段から寮で見慣れているリドルは勿論だが、アイスもジェイドも中々に綺麗な食事の所作をしている。一方で彼の悩みの種であるフロイドはと言えば、決して汚くはないものの食事中も隣りのアイスにちょっかいを出してはリドルに小言を言われ続けている。その落ち着きの無さはプリスクールに通うおチビさんと良い勝負なのではないだろうか。というか、幾ら同じクラスとはいえ流石にくっつきすぎだろ。アイスはすっかり諦めきってしまった様子でされるがままにその身を委ねているが、もっと抵抗して良いものではないだろうか?アレではまるで、まるで……。
「うーん……アイスさんには悪いけど、なんか付き合ってるみたいだよね、あの2人……」
「う゛っ………思っていたとしても口にしないでくれよ監督生…」
「ご、ごめん」
思っていた事を言い当てられたのかと思い、エースは一瞬ドキリと肩を揺らした。項垂れるデュースの様子からして、ユウと同じ事を考えていたのは自分だけではないらしい。むしろ、今この場であの光景を目にしている誰もの頭に過った考えではないだろうか。
「あ〜グラちゃんの食ってるの上手そ〜!」
「あ……もう、自分で取ってくればいいじゃないですか…嗚呼…僕のフリッターが…」
「おやおや、いけませんよフロイド。アイスさん、僕のフライでよろしければ差し上げますよ。はい、あーんして」
「え、いや、別にそこまでしていらな……むぐっ!」
「あは〜、グラちゃんほっぺ膨らませてハリセンボンみて〜」
「嗚呼、もう!食事の時に騒ぐのはマナー違反だ!いったい何歳なんだい、キミ達は!!」
あちらこちらで小さな呻き声やテーブルを強打する音が聞こえるのは気のせいでは無いはずだ。リドルが必死にぷりぷりと叱咤するものの、問題の双子はフフフ、アハハと聞く耳を持たない。というよりも、モストロ・ラウンジの一件があって以降、そこそこリーチ兄弟と会話する様になった今なら分かる。彼らのあの行為は他の生徒らに対する牽制の意が込められているのだと。その証拠に、大半はアイスに向けられている2組のオッドアイが時々意味ありげに周囲に視線を反らしたかと思えば、至極愉快そうに揃って口角を上げるのだ。それの何とまぁ、腹立たしい事……!
「あ、そうだ!」
エースが悶々としていると、デュースを慰めていたはずのユウが思いついた様に声を上げた。
「アイスさんに頼んでみたら?」
「は?アイス先輩?」
「急に何だよ」と問いかけると、ユウは「フロイド先輩に真面目にバスケやらせたいって言ってたじゃん」と呆れ顔で返してくる。そういえばいつの間にかすっぽり頭から抜けていたが、2年生一行を観察していたそもそもの発端は自分が部活動に関しての相談を彼らにした事から始まったのだ。
「アズール先輩やジェイド先輩には言いにくいけど、アイスさんになら頼みやすいんじゃない?」
「確かに、ルーレッド先輩の言う事なら聞く耳をもってくれるかもしれないな。……あの様子だと、フロイド先輩の説得を頼めるかは望み薄だが……」
「面倒事が大っ嫌いなアイスが、自分からフロイドのいる部活に顔を出すなんて考えらんねーだゾ」
確かに、普段学園で目にするアイス・ルーレッドという人物は見た目も中身も完璧な淑女だが、実際はかなりの面倒くさがり屋で、自己顕示欲が強く、利己的主義の持ち主でもあるのだ。オクタヴィネル寮との一件で身をもって学んだが、完全に自分に得の無い要求に対して彼女が何の見返り無しに承諾してくれるとは思えない。
「監督生、アイス先輩が頷いてくれそうなネタねーのかよ?欲しい物があるとか、困ってる事があるとか」
「そんな事言っても、アイスさんって全然物欲無いし……」
「大抵の事は何でも自分でやっちまうもんな」
実家は大手トイメーカーなので金銭にも困っていないし、リドルから聞くに成績も優秀(と言っても、万が一不得意科目があったとしてもエースには教える知識も技量も持ち合わせていない)、人並み外れた容姿のせいでトラブルにも巻き込まれやすいと聞くが、基本的には彼女の取り巻き達が解決してしまうし、万が一があってもアイスはアレでいて中々に腕っぷしも強いから自力で退治してしまうだろう。
「うわーーー!!!ハイスペックうっぜーーーー!!!」
頭を掻きむしり嘆いてみるが、いくら考えてもアイスに頼む以外の妙案は出てこなかった。
+ + +
「ふぅん……それで、何で僕がバスケ部の練習を見に行けばエースが練習試合のレギュラーに入れるわけ?」
放課後、ユウとグリムに着いてオンボロ寮を訪れたエースは、談話室のソファで膝に本を乗せて足を組むアイスを前に手を合わせて頭を下げていた。午後の授業の時間をフルに使ってエースが立てた作戦はこうだ。いくら何でも、素直に「フロイドを説得してくれ」と言ってしまえば間違いなく速攻で首を横に振られて終わりだろう。だから、少しばかり内容を端折って伝える事にしたのだ。「今度、他校との練習試合のレギュラーを賭けたミニゲームが行われるので、是非応援に来てくれないか」と。
「いやぁ〜、やっぱアイス先輩みたいな美人に応援されたら益々やる気が出るっつーか……スポーツに応援は付き物っしょ?」
「……何か怪しいんだよなぁ…」
鮮やかな臙脂色が此方の姿を捉え、僅かな皺がその眉間に寄せられる。エースだけでなく、ユウもグリムも彼女が発する尋問の様な空気に背筋をピシッと伸ばした。表情を伺う様な視線を向けられ、ユウはへらりと愛想笑いで返して見せる。
「エースの所属している部活は…バスケ部だっけ?」
「そうそう!ウチのバスケ部中々強いから、ミニゲームでも十分楽しめると思うんだよね」
「バスケ部の優秀っぷりはジャミルからも聞いてる。スポーツ鑑賞は嫌いじゃないから構わないけど……バスケ部ねぇ…」
アイスは口元に指を当てて考え込む様な仕草を見せる。本当、この人はどんな仕草でも絵になるんだからズルい。普段の余所行きのすまし顔も綺麗ではあるが、素を見せてくれる様になった今となっては人間味を感じる表情もまた魅力的だと思うのだ。最も、そんな事はこっぱずかしくて口には出来ないのだが。
「君も分かってると思うけど、僕は面倒事が大嫌いだし、何より自分の不利益になる事はやりたくない」
「わかってます!十分わかってますとも!そこを何とか……!」
「まぁ、話は最後まで聞きなよ。要はエースがミニゲームで勝てれば良いわけだろう?確かバスケ部は年中新入部員を募集していたし、最近も体験入部でミニゲームをやったとフロイドに聞いた。……そこで、だ。僕をミニゲームに参加させてくれるなら喜んでバスケ部の練習に出てあげるよ」
「は?」
名案だ、と言わんばかりの笑みを浮かべたアイスに、一同は目を丸くした。
「確かに観るのも好きだけど、僕はどっちかっていうとスポーツは参加する方が好きなんだ。この学園の授業に組み込まれている運動といえば体力作りか飛行術くらいだろう?本当は運動部に入ろうと思っていたんだけど、どの部活にも入部届を受け取ってもらえなくて……」
「それでボードゲーム部に?」
「まぁね。実家の仕事柄商品開発の一環にもなるし、ボドゲ部は活動したい時に活動するスタイルだからプライベートも優先しやすい」
「それはいいけど……アイス先輩、オレの話聞いてました?オレは次の試合のレギュラーに入りたいから、ミニゲームで絶対に勝たないといけないの!」
というよりも、ミニゲームに参加して欲しいのは彼女では無くてフロイドなのだ。アイスが部活に顔を出せば、彼女を気に入っているフロイドをミニゲームに誘導しやすくなると踏んでいたのに。
「失礼だな、僕はミドルスクールの時はそれなりにバスケが上手いって評判だったんだから。フルゲームって言われると体力に自信無いけど、ミニゲームくらいならかなりの戦力になれると思うよ?」
アイスは自信ありげにふふん、と鼻を鳴らす。くそう、かなり可愛い。
「いや、でもさぁ……アイス先輩って筋肉付いてる様には見えねーし、身長も女子にしては高いくらいじゃん?ミドルスクールってアイス先輩からしたら2年も前の話になるし……」
「それって……僕がそこらの男子生徒に劣ってるって言いたいワケ?」
あ、コレは地雷だった。途端に表情を歪めたアイスに全員がひくり、と肩を揺らす。アイス・ルーレッドという人物は基本的には温厚な性格の持ち主だ。ナイトレイブンカレッジの生徒らしく個性的で我が強い一面はあるものの、話せば分かり合えるし面倒見も良い。ただ、自身のコンプレックスを刺激されると話は別だ。癇癪を起こすわけでは無いにしても、美人は怒るだけで迫力が違うし、おまけにヘソを曲げられるととんでもなく面倒くさい。
「え、エース……頼むからアイスを怒らせるなよ?」
「とりあえず、アイスさんを部活に連れ出すっていう最低限の目的は達成出来るんだから、ここは彼女の提案に乗った方がいいんじゃない?」
慌てたオンボロ寮生2人がヒソヒソとエースに耳打ちをする。確かに、どんな形であれアイスが部活に来てくれさえすれば、後の事はその場の流れでどうにかなるかもしれない。彼女が運動部に入部出来なかったという言葉は引っかかるが、とりあえずは頷く以外の選択肢は無さそうだ。
「あー……じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかなー…」
「ふん、最初からそう言えばいいのに。あー、久しぶりに思いっきりバスケが出来るなんて楽しみだなぁ」
アイスは鼻歌交じりに読みかけの本を捲り始めた。無邪気に微笑む姿は何とも愛らしく、そこまでミニゲームをしたいのなら今回は譲ってやってもいいかな、なんて思えてきた。とりあえず、顧問の先生にはアイスの名前は伏せて「体験入部希望者がいる」とだけ伝えるとしよう。
+ + +
日は変わり、ついにエースが待ち望んだミニゲームの日がやってきた。普段であればウォーミングアップをしたい部員同士でコートの争奪戦となるのだが、今日はどちらかというとコートのサイドに人が集まっている様に思える。まぁ、気持ちはわからなくもない。部員達の熱い視線は、コートサイドで念入りにストレッチをしている学園のマドンナに向けられていた。普段のサイドテールとは違い、頭部の高い位置で結ばれたポニーテール姿は非常に新鮮だ。
「おい、どうしてアイスがいるんだ?」
「あら、ジャミルさんにしては珍しい……先程ご紹介頂いたじゃありませんか。体験入部にお邪魔したって」
「そうじゃなくて……はぁ、エースお前か?」
「え?!あー…いやぁ…」
ジャミルの鋭い視線を受けて、エースは目を泳がせた。
「そんな邪険しないでくださいよ。私は純粋にミニゲームを楽しみたいだけなのに」
「お前はそうでも、周りはそうはいかないんだよ」
わざとらしくため息を吐いたジャミルにアイスは唇を尖らせる。どうやらフロイドはまだ部活に顔を出しておらず、現段階でアイスの行動を制限出来る者は居ない。このままでは彼女の要望通りにミニゲームの参加を許可せざるをえないだろう。
念のために確認をしておきたくて、エースは声を潜めてジャミルに問いかける。
「前にアイス先輩から運動部に入部を断られたって聞いたんすけど……アイス先輩って運動神経悪いんですか?」
「いや、アイスの運動神経は中々のもんだ。スタミナは無いが、技術だけだったらウチでも十分レギュラーを狙えるんじゃないか?」
「マジで?!……アイス先輩が言ってたのは本当だったのか…」
ただ、そうなると彼女が運動部に入部を断られた理由が分からない。下手じゃないのに入部出来ないとはどういう事なのか……。考え込む素振りを見せたエースを、ジャミルは呆れ顔で小突いた。
「こうなってしまったら仕方ない、フロイドが来る前にさっさと終わらせろ」
「は?フロイド先輩?」
「いいから……アイツが来てからだと益々厄介な事になるぞ」
何もかもが分からない。そう言えば、よくよく見るとアイスを熱心に見つめている大半は1年生である事に気が付いた。ジャミル達2年生より上の学年については、彼女の姿を気にしつつも何やらソワソワと周囲を気にしている。ジャミルに言われるがまま、エースは伸びをしてやる気十分なアイスと並んでコートに立った。対峙するのはエースと同じくレギュラー候補と言われているサバナクロー寮生の1年コンビである。
「私は身体を動かせれば十分なので、適当にパスと指示を下さいね」
「えー……何そのアバウトな作戦…」
結果を言えば、そのアバウトな作戦で十分だった。彼女は確かにスタミナやパワーは劣っているが、持ち前のスピードと技術力で非常に優秀な助っ人となってくれた。ただ、同時に何故彼女が各運動部で入部を断られた理由も理解した。
「エースさん!此方にボールを回してください!」
「え?!あー、はい!」
風に靡くポニーテール、捲れたTシャツからチラチラと見える白い腹、項を伝う汗、極めつけは彼女が走る飛ぶ動作に合わせて揺れるたわわな膨らみ……。はっきり言って直視してらんないのだ。対峙しているサバナクロー寮生は勿論、サイドの観戦者らも耳まで赤くして視線を反らしている。
「あ!ちょっと、どこにパスしてるんですかッ!」
「いや、ンな事言ったって…!」
くそう、全然プレーに集中できない。チラっとジャミルを見れば「それ見た事か」と言わんばかりの視線を此方に向けている。恐らく他の部活でも同じ状況が続いた為、彼女は一切の運動部から入部を断られる羽目になったのだろう。ミニゲームに勝ちたい気持ちは勿論なのだが、彼女にこれ以上シュートを決めさせるのも非常に困る。シュートを打つ度、笑顔でハイタッチを求められる度、どこに目をやればいいのか男を試されている様な気がしてならない。
「……は?何でグラちゃんがカニちゃんとゲームしてるワケ?」
「げっ、フロイド……」
部活が始まって数十分が経ち、ようやく気怠そうに姿を現したフロイドはハーフコートの様子を見て眉を潜めた。自ら隣りに立ったくせにジャミルの方には目もくれず、ただ不機嫌そうな口調でぶつぶつと文句を言い始める。
「何でウミヘビくん達止めないの?去年運動部全体で決めたんじゃなかったっけ?」
「いや、去年運動部全体で決定したのは彼女が運動部への入部を希望しても入部届を受け取らないって事だけだ。仮入部や体験入部の事までは規制されていない」
「チッ……あ〜、イライラする…」
「あ、おい、フロイド……はぁ…」
フロイドはジャミルの制する声に無視を決め込み、自分用に持ってきたタオルを首に下げてにずんずんとコートへ向かっていく。
丁度4度目のシュートを決めたアイスは、何も知らずに小さくガッツポーズをして額の汗を拭った。Tシャツが汗で身体に張り付くのは気になるが、ボールを持つ感触と合わせて久しぶりの感覚に胸が躍るのを感じる。今回はミニゲームとの事なので、時間は1クォーター分……つまり10分の間にどれだけ点数を稼げるかを競うルールとなっている様だ。ゲームスタートしてからタイマーは6分目に差し掛かったところ。
「さ、油断せずにもう1本取りに行きましょう」
「は〜い、グラちゃんはもうお終いね〜」
「え?ひゃっ?!」
突然後ろから身体を持ち上げられたアイスは目を白黒させた。急に目線が高くなり、慌てて踏ん張ろうにも地に足が付いておらずぶらんぶらんと空を切るだけ。すかさずエースに助けを求めようと視線を向けるが、エースはアイスの背後を見つめたまま凍り付いていた。
「あ……フロイド先輩…」
口には出さなかったが、もし声が出せたのならばその後に続く言葉は「終わった」という単語だった。不快感を隠そうともしないフロイドはギロリと瞳孔の開いた瞳でエースを睨みつけると、藻掻くアイスの身体を更に高く持ち上げる。
「え?フロイドさん?!ちょ、降ろして下さいな!今は試合中ですよ!」
「うるせ〜なぁ…グラちゃんちょっと黙ってくんない?」
「何で私が怒られなくてはいけないんですか?!咎められるのは乱入してきた貴方の方でしょう!」
珍しく人前で声を荒げるアイスだが、背後の男の表情が見えている周囲からすれば自殺行為以外の何物でもない。彼女が仔犬の様にきゃんきゃんと喚く度、比例してフロイドの眉間の皺もどんどんと濃くなっていく。エースが藁にも縋る思いで「頼むから黙ってくれ」と視線で訴えても、脇の下で自分の身体を持ち上げている両手の甲を叩くのに必死なアイスは気付く素振りも見せない。
「……ったく無防備にも程があるだろ。あ〜、こんな美味そうなカッコして……本当ムカつくなぁ」
「さっきから何を訳の分からない事を……ぅわッ!」
フロイドは持ち方を変えてアイスの身体を俵の様に担ぎあげると、そのままコートの脇に彼女の身体を降ろして首に巻いていたタオルをその頭に被せた。
「悪ふざけが過ぎますよ……試合を途中放棄なんてスポーツマンシップに反します」
「大丈夫大丈夫、後はオレがカニちゃんと組んで続けるから、グラちゃんはちょっとココで大人しくしててよ」
「貴方、いつからそんなに部活動に対して熱心になったんですか?交代なんて認めません、いいからそこを退いて下さい」
タオルを除けてようやくフロイドの顔と対峙したアイスは、一瞬喉の奥を「ヒュッ」と鳴らした。あまりにも無表情で、あまりにも冷めた金色とオリーブ色が自分の顔を捉えて離さないのだ。
「い〜から。少しでも動いたら、いくらグラちゃんでも絞めちゃうよぉ?」
ようやく笑みを見せたと思ったのも束の間、すぐに笑っているのは口元のみで瞳はぴくりとも動いていない事に気付く。臙脂色がふるふると揺れた事を確認して、フロイドは身を屈めて彼女の耳元にそっと口元を寄せた。それから僅か数秒後、いよいよ動かなくなったアイスにようやく満足したのか、フロイドは目尻を下げて再び彼女の頭にタオルをかけて何度かその頭を優しく撫でまわした。
一方で、その様子を終始傍観していたジャミルは酷い頭痛を覚える。そう、1年前もそうだった。意気揚々とバスケ部を訪れたアイスは、昨年も同じ様に周囲の顔を赤面させてフロイドの不満を買い、不機嫌丸出しでミニゲームに臨んだフロイドの破壊的ワンマンプレーによって、その日の入部希望者の大半が入部を辞退するという珍事件が起きたのだ。
「さぁて、じゃあさっさと終わらせよ〜かぁ……グラちゃんも待たせてる事だし」
残念な事に、今回もエースの目論見は失敗に終わった。目の前の長身の先輩は言うまでもなく大層お怒りだ。
『…別に動いてもいいけど……そしたら今度こそグラちゃんをガブッと食べちゃおうかなぁ?』
何を言われたか分からないが、タオルを被ったまま頭を抱えて黙り込むアイスに対して申し訳なく思いつつ、この後自分の身に待ち受ける恐怖に先程の運動で掻いた汗がどんどんと冷えていくのを感じた。金輪際、バスケ部でフロイドとペアになろうという考えは持つまい。加えて、二度とアイスにスポーツ等やらせるものか。まずはミニゲームの残り4分弱、気を確かに耐え抜こう。葬儀場の様にしんと静まり返った体育館で、エースは魔王の城に立ち向かう勇者の心持ちだ。
だが、エースは知る由も無い。夕食時、一件を聞きつけたハーツラビュル寮寮長の怒号とユニーク魔法が自身に向けられ、更に後日サバナクロー寮寮長とポムフィオーレ寮寮長の命を受けた両寮生によって1日中校内を追い回される未来が待ち受けている、なんて事は。
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