高みの見物
「と、いうわけで、暫くお邪魔しますね」
「ちょっと待て、何が『と、いうわけで』なんだよ。おい、上がってくんな」
絵に描いたように綺麗な笑みを浮かべたアイスに、レオナは苦々しい顔で唸り声を上げた。
午前9時になり、校内全域に『ハッピービーンズデー』の開始を告げる鐘の音響くと、レオナは周囲が支給物資を求めて一目散に駆け出すのを横目に手頃な寝床は無いかと中庭を物色し始めた。面倒事はごめんだと言わんばかりに優れた鼻で他の生徒らと鉢合わせないように注意しつつ、求めたのは青々とした葉が生い茂り、自身の身体をすっぽりと覆い隠してくれるような広葉樹木だ。探し始めて数分後、ようやくお眼鏡に叶う樹木が見つかるや否や、レオナは丁度良く湾曲した幹に自身の身体を沿わせて、くぁ、と大きな欠伸を漏らした。レオナにとっては今年で5度目のハッピービーンズデーになるが、まともに参加したのは最初の1年だけである。元より運動能力に長けた生徒が多いサバナクロー寮、その寮長ともなれば日々の体力育成の授業でそこそこの点数を稼ぐなど訳無い事だ。つまり、レオナの『ハッピービーンズデー』に於いてに必要なのはずば抜けた成果ではない。ゲーム後半まで生き残り、平均以上の成績を保つ事が大切なのだ。
あちらこちらで聞こえる騒ぎ声が何とも耳障りではあるが、無駄な体力を使ってまで黙らせる程でもない。恐らく、暫くすれば鼻の利くラギーが自分のいる場所を探し当てて、昼飯と交換条件で邪魔な連中を排除してくれるだろう。もう少しの辛抱だ……そう言い聞かせていた矢先であった。嗅ぎ覚えのある匂いがふわりと漂ってきたかと思えば、ガサガサと音を立てて生い茂る緑の中から亜麻色がひょっこりと現れたのだ。
「あら、先客がいたとは……ご機嫌よう」
亜麻色の髪の持ち主はレオナの姿を視界に捉えると、2、3度パチパチと瞬きをして気の抜けた声を上げた。どこか周囲と同化して見えるのは、支給物資の迷彩服を着ているからなのだろう。レオナの目に捉えづらいという事は、アイス・ルーレッドはと敵対する怪物チームの生徒である事を意味していた。
「そんな悠長に挨拶してていいのか?お前、怪物チームなんだろ?」
レオナのポケットには、ここまでの間使い道の無かった支給品の豆はが10粒丸々残っている。女性に手を上げるようで少し気は引けるが、これ以上縄張りに踏み入るのであれば仕方が無い。しかし、当の本人はきょとんとしたまま慌てる素振りも見せず、ゆっくりと両手を上げて無抵抗をアピールし始めた。
「何か勘違いしているようですが、私はレオナ先輩と戦うつもりはありませんよ?少しばかり、この場所を貸して欲しいだけです」
「お前みたいに良くも悪くも頭の回転が早いヤツの言う事なんざ信用出来るか。このまま大人しく言う事をきくなら見逃してやる。俺の気が変わらない内にどっか他所へ行け」
「嫌です。せっかく都合の良い場所を見つけたと言うのに……。それに、私を追い払ったら困るのはレオナ先輩ですよ?貴方の事だからゲーム終了までここで昼寝でもするつもりなのでしょうが、地面に降りたら私、うっかり大声で叫んでしまうかもしれません。木の上でレオナ先輩を見たってね」
終始笑顔ではあるが、何とも食えない女である。レオナはチッと舌打ちをすると、こうなれば早々に肩を付けるべきかとポケットに手を突っ込んだ。しかし、それと同時にアイスもベルトに吊り下げていた懐中電灯のような道具を取り出す。
「だから、何か勘違いしていらっしゃいませんか?私は別に、レオナ先輩を捕獲しに来たのではありません。しかし、其方がその気なら此方も抵抗させて頂きますよ?丸腰、だなんて言ったつもりありませんもの」
アイスは眉尻を下げて不敵に口角を上げる。『ハッピービーンズデー』がスタートしてまだ数十分も経っていない今、相打ちとはいえここでリタイアするのは望ましくない。もしこれが地上であれば、豆を投げてそのままアイスの攻撃を回避する事も可能だろうが、道具の用途が分からない上に木の上とあっては避け切れる確証は無い。レオナの苛立ちを感じ取りながらも、反論が無いところからしてこれ以上の口論は無用だろう。アイスは道具の先端をレオナに向けたまま、冒頭の言葉を口にしたのだった。レオナの静止を促す声を無視して木の上に登り上げたアイスは、茂みから僅かに顔を覗かせて右に左に忙しなく行き交う生徒の様子を伺い始める。
「そうか。お前、去年『ハッピービーンズデー』に参加出来なくて不貞腐れてたもんなぁ?」
「……別に不貞腐れていたわけじゃありませんが?」
腹いせとばかりにレオナが鼻で笑えば、少し間を置いてムッとした声色で反論が返ってきた。先程までは大した威勢だったのに、ちょっとばかし自尊心をつついてやっただけでこの様だ。大衆の前では猫を被り続けるのかもしれないが、気が緩むと素が出やすくなるのだから彼女もまだまだ詰めが甘い。ニヤニヤとした視線を感じ取ったのか、振り向いたアイスの顔は見事なまでにむくれていた。
「張り切るのはいいが、ここに来るまでに少し無茶しすぎじゃねぇか?迷彩服に捕縛用ネットランチャー、ポケットが膨れてるところからしてまだ幾つか物資を隠し持ってるんだろ?」
補給ポイントで得られる支給物資は種類も数もランダムだ。おまけに使用価値が高い物資になればなるほど用意されている数が少なく、得られるチャンスも激減してしまう。農民・怪物チーム問わず、迷彩服は比較的手に入りやすい物資だが、ネットランチャーはなかなかに希少価値の高かったと記憶している。余程運が良ければ話は別だが、通常であれば幾つかの補給ポイントを回らなければ手に入らない筈だ。レオナの言わんとする事を悟ったアイスは「嗚呼…」と声を漏らした。
「私が取って来たんじゃありませんよ。ここまで来る途中で幾つか補給ポイントの近くを通ったんですが、何人かに声をかけられた時に『身を守る物資を取りに行きたいのは山々ですが、農民チームの襲撃に遭ったら逃げられる自信がありません』と嘆いたら、親切な方が下さったんです。本当、持つべきものは学友ですよね」
ふふふ、と満面の笑みで答えるアイスの姿にレオナは額を抑えた。確かに、目の前のこの女は黙っていれば中々の美人なのには違いないが、大衆向けの淑女の面の裏にはあのオクタヴィネル寮の3人組と張り合える程に強かな性格の持ち主なのだ。おまけに自分の見た目がどう評価されているのか自覚している為、より一層タチが悪い。ただ、悔しいが花のような笑みを浮かべる彼女はどこまでも魅力的であるのは確かであった。
「狩りに行く群れを見送って自分は美味いモノにありつく……見事な親衛隊を作ったもんだな」
「人聞きが悪い……せっかくのご厚意を受け取らない方が失礼じゃありませんか」
アイスは再び木の下へ視線を移す。
「昼寝するならしていて構いませんよ。場所を提供してもらったんだから、寝込み襲うなんて野暮な事はしません」
「へぇ……別に襲ってくれても構わないぜ?まぁ、俺は襲われるより襲う方が性に合ってるがな」
「は?」
イマイチ言葉の意味を理解しきれず、アイスの眉間には皺が寄っている。レオナはぶはっと吹き出すと、寄りかかっていた木の枝から上半身を起こし、ずいっとアイスに迫った。
「ちょ、近い……」
「お前も本当に学ばないヤツだなぁ?草食動物が百獣の王に隙を見せるとどうなるか、改めて教えてやろうか……?」
アイスの大きな瞳が更に見開かれる。整った顔がじりじりと迫ってくるので反射的に身を引こうとするがここは木の上、残念ながら彼女の後ろにはもう逃げ場がない。
「本当、いい加減に……っ!」
「いたかっ!?」
「「!!?」」
突然、真下から聞こえた声にレオナとアイスは揃って目を丸くした。何事かと2人顔を見合わせて下に目を向けると、胸に怪物チームのワッペンを付けたサバナクロー寮生数名が、辺りを気にしながらわらわらと集まってきているところだった。
「うーん、こっちに農民チームは隠れてなさそうッスね。他の所を探しに行きましょっか」
その中の1人、ラギーが頭を掻くと、他のサバナクロー寮生も揃って至極残念そうに肩を落とす。
「仕方ない、次は鏡舎の方へ行くか。捕まえて捕まえて捕まえまくってやるぜ!ヒャッハァ!」
次の狩りの場所について誰かがそう提案すれば、口々に賛同の声が上がった。一行は足早に鏡舎の方へと走り去って行くが、ラギーだけはその場から動こうとしない。寮生が全員この場から居なくなった事を確認すると、「さてと……」と上を見上げた。
「レオナさんと……アイス?そこにいるんでしょ。もうオレ以外の怪物チームはいねぇッスよ」
ラギーの言葉にレオナとアイスは茂みをかき分けて姿を見せてやる事にした。自分と同じ怪物チームのアイスがレオナと一緒だった事に驚きつつ、案の定サボっていた自寮の寮長の姿にラギーはやれやれと溜息を吐く。
「ったく、この学園は何だってこんな行事があるんだ。イイトシこいて鬼ごっこなんてやってられるか」
「イイトシなのは自分が留年してるせいじゃないッスか」
「嗚呼、確かに……」
「何か言ったか?」
「「いーえ、何でも/いいえ、何も」」
ラギーとアイスは良い笑顔で首を横に振った。
「しかもサボると体力育成の成績で減点されるし、最悪だ」
「体力育成、必須単位ッスから減点は痛いッスよねぇ。だからこそ、オレがスパイの真似事をして農民チームのレオナさんを脱落させないようにしてるんじゃないスか」
「呆れた……どこまで怠惰なんだ、貴方は」
このまま最後までサボるであろうとは思っていたが、まさか支援者を用意しているとは想像以上である。アイスが白い眼を向けると、それが気に食わなかったのか、レオナは小さく舌打ちをしてふいと視線を反らした。
「怪物チームのアイスと一緒だったから流石にヒヤヒヤしたッス。サバナクロー寮生としても、寮長が始まって速攻脱落じゃあシマんないッスからね」
「チッ……恩着せがましいヤツだな。学食のスペシャルランチ1週間分で手を打ってやる」
「へへっ、毎度ありッス!」
マジフト大会の時と良い、寮生が寮生なら寮長も寮長だ。どこまでも正々堂々という言葉から無縁の寮である。
「これ、不正の現行犯って事で先生に突き出して良いのかな?」
「ちょっ、マジ勘弁!!それじゃあレオナさんだけじゃなくてオレの成績も減点されるじゃないッスか!」
「僕の知った事では無いね。でも……そうだなぁ、その腰に付けた捕縛用の粘着銃。それで手を打っても構わないよ?」
「……ホント、アンタも可愛い顔に似合わず足元見るッスねぇ?」
「サバナクロー寮生は人聞きの悪い生徒ばかりだね?交渉上手、って言って欲しいな」
今後の事を考えると、色々な意味で使い勝手の良いこの支援物資を手放すのは実に惜しい。しかし、それよりも体力育成の成績を減点される方が大問題だ。しかも不正がバレたともなれば、どこまで減点されるのか分かったものではない。渋々粘着銃を差し出せば、アイスはご機嫌な様子でそれを受け取った。もしも彼女に尻尾が付いていたのなら、間違いなくゆらゆらと揺らめいていたに違いない。ラギーが粘着銃を提供した事で、三者三様ではあるがそれぞれの利害が一致した。片や強力な支援物資の確保、片やサボる為の協力者の確保、片や向こう1週間の昼食の確保である。しかし、残念な事に3人は気付いていなかった。この安息の時間が、ある第三者の登場によってあと数秒で消え去ってしまうという事に。
- 6/15 -
*前次#
ページ:
戻る/サイトトップへ戻る