11月5日/jade&floyd
※もしものお話
※双子とアイスちゃんが恋仲です
※双子Happy birthday
「は〜い、グラちゃんあーんして〜?」
「おやおや……フロイド、少し大きすぎませんか?それではアイスさんの口に入り切りませんよ?」
「…………」
どっぷりと日の暮れたモストロ・ラウンジ。有無を言う暇も与えられず、あれよあれよという間にジェイドの膝に乗せられたアイスは、ずいとフォークを差し出して大口を開けるフロイドと向かい合い、何とも言えない表情を浮かべている。
突然ではあるが、ナイトレイブンカレッジでは個人の誕生日を大々的に祝う文化が根付いていた。誕生日を迎えた生徒は本人の意思関係無く真っ白なジャケットを羽織り、襟元には嗜好品を模ったブローチ、胸元には誕生月日を印字したロゼッタを付けて自ら誕生日を主張して終日過ごすというのがこの学園の仕来りだ。捉え方によっては一種の罰ゲームに近い。いつもと変わらずただ学園内を歩くだけ、授業に出席するだけなのに、すれ違う殆どの人から祝杯の言葉をかけられるので、嬉しさと同じくらい気恥ずかしさを感じてしまう。放課後になれば所属する寮で誕生日を祝うパーティーが企画され、美味しいご馳走やケーキを食べながら参加者とわいわい楽しむのが恒例となっていた。
ハロウィーンの片付けも落ち着いた11月5日。この日の放課後はオクタヴィネル寮の談話室で賑やかなバースデーパーティーが盛大に開かれた。普段のバースデーパーティーよりも若干設えやご馳走が豪華な理由は、祝う対象が複数人いるからである。オクタヴィネル寮のヤバい双子で名の知れたジェイド、フロイド・リーチがこの日の主役だ。参加者の大多数は、アズールを筆頭にこのパーティーを主催しているオクタヴィネル寮生だが、寮生以外の立ち入りを禁じているわけでは無いので、双子と繋がりのある他寮の生徒の姿もちらほらと見受けられる。テーブルにずらりと並べられたご馳走に涎を垂らすグリムや、学園長の言いつけで双子に誕生日のインタビューをしているユウ、モストロ・ラウンジの従業員を理由にパーティーの手伝いを頼まれたアイスもまた、この場に於いて貴重な他寮生であった。
「………以上で、インタビューは終了です。色々とお話を聞かせて下さりありがとうございました」
深々とお辞儀をしたユウを片手で制し、ジェイドは普段通りに一見人の良さそうな笑みを返した。
「いえ、お役に立てたのなら何よりです」
「あれぇ、もう終わり?もっと聞いても良かったのにー」
「い、いや……せっかくの誕生日パーティーですし、あまり時間を割いて頂くわけにも……」
「えー、別に気にしなくて良いよぉ?オレら、今ちょー暇だから」
パーティーの主役が暇と発言するのはいかがなものか……。ユウは喉まで出かけた言葉を何とか飲み込んだ。唇を尖らせるフロイドの横では、ジェイドが眉尻を下げて如何にも困った&\情を作っている。いつの事だったか、ユウはアイスが「ジェイドのあからさまな困った♀轤ヘ9割困っていない」と口にしていた事を思い出した。困った♀轤フ裏に潜んでいる感情は困窮ではなく、愉悦や怒りである事が殆どだ、と。つまり、彼女の知恵を借りるのであれば、現在双子は揃ってパーティーを楽しんでいない事になる。そしてその原因は、間違いなく先程から忙しなくフロアを行ったり来たりしている件の情報提供者、アイスその人にあった。
「さっきからグラちゃんってばずーっと動いてばっか。オレらの誕生日だからって張り切ってくれるのは嬉しいけど、幾ら何でも放置しすぎじゃね?」
「僕らとしては、是非ともアイスさんにもパーティーを楽しんで欲しいのですが……」
リーチ兄弟の視線の先では、アイスがスマートな所作で寮生が手にしていた空のグラスを預かり、代わりのドリンクを勧めていた。フロアスタッフとしては完璧なまでの振る舞いだが、彼女の事を甚く気に入っているリーチ兄弟のバースデーパーティーに於いてそれが正解かと問われると何とも言い難い。授業が終わるなり人手不足を理由にアズールに呼び出された彼女は、ユウやグリムと並んでオクタヴィネル寮を訪れるまでの間終始不機嫌な様子であった。頻りに時計を気にしては溜息を吐き、少し何かを考え込むような素振りを見せたかと思うと、程無く小さな唸り声が漏れる事も暫し。フロイドは張り切っている≠ニ称しているが、ユウの目にはただ単に彼女が双子と関わりたくないだけのように見えて仕方が無かった。
「えぇと……アイスさん、最近妙に忙しいみたいで……だから、そのー……」
「おや?ひょっとして、ユウさんは僕らがアイスさんにプレゼントを貰えていないと心配して下さっているのですか?」
「あはっ!そんな心配しなくても、ちゃんとグラちゃんから貰ったよぉ?パルクール用のスニーカー。丁度気に入って履いてたヤツが草臥れてきたとこだったんだよね」
「僕も登山用のバックパックを頂きました。最近フィールドスケッチを始めたので、大きめのバックパックが欲しいと思っていたところだったんですよ」
「今度お見せしますね / 今度見せてあげるね」と笑顔を見せた兄弟に、ユウはホッと胸を撫で下ろした。アイスの事だから、面倒事を避ける為に何かしらの先手を打っているとは思っていたが、万が一「おめでとう」の一言も告げてなかったらどうしようと身が縮む思いだったのだ。
「流石アイスさん……凄いリサーチ力ですね」
「ええ、本当に」
「んー……確かに嬉しいんだけどさぁ、主役をほったらかしにして他の奴らとばっか話してるなんてありえねーんだけど」
「そうですねぇ、ここまで相手にされないと悲しくなってしまいます」
ジェイドはわざとらしく両手で顔を覆い、「しくしく」と泣き始めた。あからさまな三文芝居を見せつけられ、ユウの表情筋がひくっと痙攣を覚える。しかし、そんなユウの事などお構い無しに、フロイドは「ジェイド泣かないで〜」と悲しそうに頭を垂れた兄弟の頭を優しく撫でた。
「……ところで、ユウさんに1点伺いたい事が」
スッと姿勢を正したジェイドの表情には、案の定涙を流した形跡がどこにも無い。
「あ、はい、何でしょう?」
「ふふ、そう身構えなくても取って食べたりしませんよ」
「小エビちゃん、ちっさくてほっそいから食べるとこ無さそーだしね」
大きくて、食べるところがあれば食料にされていたというのか。いや、これは彼らならではのウツボジョークというやつだろうか。ユウは背中に冷や汗を流しながら渇いた笑みで受け流す事しか出来ない。
「こらこら、話の腰を折るものではありませんよ」
「はぁ〜い」
「ユウさん、先程のお話の中で、アイスさんが最近忙しそうだったとおっしゃっていましたが……何故そうだと思ったのでしょう?」
「え?嗚呼……アイスさん、ここ数日ハーツラビュル寮の『なんでもない日』のパーティーの準備を手伝いに行ってたみたいなんです。理由を聞いてみたら、この前トレイ先輩に魔法薬学の課題を手伝ってもらったお礼、とか言ってましたけど」
夜も更けた頃に帰宅する彼女を心配したのはユウだけではない。むしろ、日頃からアイスを孫のように可愛がっているゴースト達の方が、連日帰りが遅い彼女の動向に対して気が気でない様子だった。そんなユウ達の心情を察したのか、一昨日の朝、モーニングティーを片手にアイスはようやく最近帰宅時間が遅い理由を渋々ながらに話してくれたのだ。
「こんな情けない事、言える筈が無いだろう?この僕が、誰かに頭を下げて課題を教わっているだなんて」
そう言って、大袈裟に溜息を吐いて見せながら。
「へぇ〜……ウミガメ君に、ねぇ?」
「成程、そういう事でしたか」
リーチ兄弟は至極納得した様子で、互いに顔を見合わせ口元に弧を描いた。何が「成程」なのか気になる所ではあるが、ユウは直感的に追及してはならないと悟った。間違いなく碌な事が無い、と。
「それじゃあ、僕はこの辺で……」
このままこの場に留まる事に身の危険を感じたユウは、早々にグリムを回収してオンボロ寮へ戻ろうと一歩、また一歩と後ずさりを始める。しかし、三歩目の足を動かしたところで、フロイドの足がそれを邪魔した。にっこり、と音が出る程に満面の笑みで、フロイドは行儀悪くその長い足を壁につけて、自分より幾分も背の低いユウの顔を見下ろしている。
「何で帰ろうとしてんの?もっとゆっくりしていきなよ」
「フロイドの言う通りです。せっかくのご馳走ですから、ユウさんもグリム君のように楽しまれてはいかがでしょう?」
ジェイドの見つめる先には、テーブルの一角を陣取ってありとあらゆるご馳走を絶えず口に運んでいた。グリムはどこまでも己の欲求に従順であった。
「どうせ食べきれないだろうし、残った料理はタッパーに包んであげるよ。アザラシちゃんも喜ぶんじゃね?」
「その代わりと言っては何ですが、ユウさんに一つお願いがありまして……。なに、そんなに難しい事ではありません」
「お、お願い……ですか」
これは果たして本当にお願い≠ネのだろうか?脅し≠ニいうのが正しい表現では無いだろうか。先程から周囲のオクタヴィネル寮生は此方の様子に気付きながらも、わが身可愛さにユウに救いの手を差し伸べる者は誰一人として現れない。ただただ、憐れむような視線をユウに向けている。力無く首を縦に振ったユウを見て、双子は後ろ手で小さくハイタッチを交わすのであった。
+ + +
そうして、現在に至る。バースデーパーティーも終盤に差し掛かり、忙しなく働いていたアイスはオンボロ寮に戻る頃合いを見計らっていた。休む間もなく、美味しそうなご馳走に目を呉れる事もなく働き続けたのだ。もし行方を眩ましたとしても、アズールに非難される事は無いだろう。そう意気込んでオクタヴィネル寮の談話室を離れようとしたのに、寸前のところでユウに声を掛けられてしまった。今すぐにでもオンボロ寮に戻りたいアイスだったが、何せ彼女は可愛い後輩には滅法弱かった。彼の口から出る会話の内容が、例え急を要さないものだったとしても、ユウやグリムのくりくりとしたまあるい瞳が実弟のソレと重なるからか、無下にあしらう事が出来ない程に。結局パーティーが終わるまで足止めを食らってしまったアイスは、呆気なく両サイドから同じ顔の巨体に拘束されて引きずられるようにモストロ・ラウンジへ連行されたのだった。
「……一体僕に何の用だい?誕生日プレゼントならもう渡しただろう」
「そう冷たくあしらわないで下さいよ。今日は僕らの誕生日なんですから」
「せっかくの誕生日なのに、可愛い彼女に放置されたオレらの気持ちが分かる?ホントに最悪」
ぷくっと頬を膨らませ、フロイドはぐいぐいとアイスの口元にフォークを押し付けた。
「ほら、グラちゃん口開けて〜?グラちゃん好きでしょ?カボチャのタルト」
フォークにたっぷりとのっかる萱草色のソレは、確かにアイスの大好きなスィーツである。甘い匂いのタルトとにんまり顔とを何度か見比べて、アイスは渋々「あー」と口を開けた。ジェイドの言うように、アイスの口には少々多すぎた為に収まらない分は口元にべったりと付いてしまったが、それでも何とか押し込まれた分をもごもごと飲み込むと上品な甘さが口いっぱいに広がった。
「嗚呼、やっぱり多すぎたではありませんか」
「んむっ」
ジェイドはもぐもぐと口を動かすアイスの顔を覗き込み、入りきらなかったカボチャクリームを右の親指で掬った。
「あはっ、グラちゃん美味しい?」
「……まぁ、それなりに」
「それは良かった。トレイさんに美味しいパンブキンタルトの作り方を伝授頂いた甲斐がありました」
「へぇ……は?トレイ先輩に?」
それまで不貞腐れた素振りをしていたアイスは、ジェイドの言葉に珍しく驚いたようにギョッと目を丸くさせる。慌てた様子で顔前のフロイドと、後ろで自分を拘束するジェイドの顔を交互で見つめて、にこにこと自分を見つめる兄弟に居心地が悪そうな表情を浮かべた。
「あのリドルさんが絶賛するんですから、さぞ素晴らしいレシピを教えて頂けるのだろうと期待して伺ったのですが……そこで面白い話を教えて頂いたんです」
「面白い、話……?」
フイッと視線を反らそうとするアイスの両頬を捉え、フロイドはずいっと顔を近付けて左端に残ったカボチャクリームを舐め取った。
「「最近はお菓子作りが流行っているのか?数日前もアイシングクッキーの作り方を教えてくれって頼まれたんだ」ってさ」
「〜〜〜っ!!!」
途端にアイスの頬がボッと色付いた。目を反らそうにも、左右異なる色の瞳がそれを許してくれない。実に分かりやすい反応に、ジェイドは堪え切れず笑いを吹き出した。普段であれば間髪入れずに噛み付いてくる筈なのだが、そんな余裕も無いの開いたままの口をわなわなと震わせてぽすん、とジェイドの身体に背中を預けてしまう。
「まさかとは思っていましたが、先程のパーティーでユウさんに話を伺って確信出来ました。トレイさんが話していた生徒さんが貴方だという事と……何故最近異常に付き合いが悪いのか、その理由について」
「グラちゃん、魔法薬学は得意なくせにお菓子作りは苦手だもんね〜?ウミガメ君も教えるの相当大変だったんじゃない?」
フロイドの言葉には少しだけ誤りがあった。アイスはお菓子作りが苦手なわけでは無い。美味しいお菓子を作るだけであれば完璧にこなす事が出来るのだ。ただ、何でも卒なくこなす彼女が苦手としているのは、見た目の良いお菓子を作る事である。彼女自身、自分の作る料理の見た目に対しては何も感じていないのだが、たまに振る舞うと皆が皆口を揃えて顔を顰めるので、最近ではめっきり作る事を辞めてしまったのだ。
「僕達が「アイスさんの作ったお菓子を食べたい」とお願いしたから、わざわざトレイさんに頭を下げて下さったんですよね?」
「その見返りに金魚ちゃんの寮のパーティーを手伝わされて、オレらとの時間減らされらのはかなりムカつくけど」
「……トレイ先輩は別に見返りは要らない、って言ってくれたよ。でも、それじゃあ申し訳ないだろ?……僕、見た目の良いお菓子ってよく分からないし」
よしよし、と頭を撫でられ、アイスは「子ども扱いするな」と顔を顰めた。
「それで、作って下さった渾身の力作はどちらに?」
「僕の部屋のデスクの上だよ。日が当たらないように布をかけて置いてきた。朝までかかったせいで、冷やす時間が足りなかったんだ」
因みに、彼女は見た目の良いお菓子を作る事の他に、絵を描く事も苦手だ。美的センスが無いというべきか。にも拘らず、よりにもよって選んだお菓子がアイシングクッキー≠ネのだから救いようが無い。トレイに習った時は簡単に感じたアイシング作業も、絵心が無いアイスにしてみればグリムやデュースが自力で試験に満点を貰うのと同じくらいの難題となった。描いては失敗し、描いては失敗し、と繰り返すうちに沢山焼いていた筈のクッキーは底を尽き、再びクッキーを焼いてはまたアイシングに失敗する。まるで鼬ごっこのようであった。ようやく納得のいく出来になった時、窓から差し込んでいた柔らかな明かりの元はすっかりとその姿を露わにしていた。本当であれば日を跨ぐまでに完成をさせて乾燥工程を終えてしまいたかったのだが、残念な事に手際の悪さが災いして必要とされる8時間の乾燥時間を確保出来なくなってしまった。授業が終わるなり、早々に帰宅してラッピングを済ませれば良いと考えていたのに……。ぶつぶつと経緯を話し始めたアイスに、兄弟は静かに目配せを交わして沈黙した。アズールに頼んで彼女をパーティーに連れて来るよう無理強いしたのは他でもない、彼らだからである。ここ数日放ったらかしにされ続けて痺れを切らした2人は、3人になれる機会を作ろうと作戦を練っていたのだ。
「食べたいなら、今すぐ取ってくるから離してくれないか」
「うーん……誕生日に頂けないのは非常に残念ですが」
「それよりもグラちゃんと居たいから、クッキーは明日でいいや」
そう言うと、フロイドは片割れに向かって「そろそろ交代!」と両手を広げて見せた。ジェイドは眉を下げて「もう少しいいじゃありませんか」と食い下がるが、フロイドはそれを許さずブンブンと首を横に振る。
「グラちゃんおいで〜」
「……君達は、僕をペットか何かと勘違いしていないか?」
「おや、心外ですね。こんなにも分かりやすく求愛行動をしてるというのに」
フロイドの手を取ってアイスがゆっくりとその膝に腰掛けると、するっと長い腕が彼女の腰に巻き付いた。温もりを失ったジェイドは相変わらず眉をハの字にしたまま、仕方なくフロイドがテーブルに放ったフォークを拾ってタルトの一口サイズにカットする。そのままフォークを突き刺し、先程片割れがしていたのと同じようにアイスの口元に差し出した。
「せっかく貴方の為に作ったんです。はい、口を大きく開けて?」
「………」
言われるがままにアイスがパカッと口を開くと、彼女とは比にならない程に大きく開かれた口にパクりと食べられてしまった。
「ジェイドばっかずるくね?グラちゃん、次オレね?」
翌日、連日の寝不足が祟り、アイスは授業の大半で船を漕ぐ事となった。優等生の彼女にしては珍しいその光景に、教師陣は揃って首を傾げる。そんなアイスの両隣りを当然と言わんばかりの面持ちで陣取ったヤバい双子は、机上に置いた歪なウツボの絵が描かれたクッキーを眺めてはほくほくとした笑みを浮かべていたという。
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