しあわせ家族計画/azul&jade&floyd



※もしものお話
※お題「監督生幼児化+母性擽られるアイスちゃん」



「今晩は、アイスさん」

「夜分に突然申し訳ありません」

「グラちゃんやっほ〜」

「…………」



 夜も更けたオンボロ寮。その玄関ホールで何とも悪びれる様子なく微笑むオクタヴィネルの3人組に、アイスのこめかみに青い癇癪筋が走った。
 モストロ・ラウンジでのバイトを定時きっかりで上がったアイスは、自身のスマホに入っていた着信履歴にリドル・ローズハート≠フ名前がある事に気が付く。何となく内容は予想がついたが、録音されたメッセージを再生するとアイスの想像以上に怒りと苛立ちを隠す様子も無いリドルの声が、勢いよくスピーカーから流れ始めた。



「もしもし、アイスかい?アルバイト中と聞いているので留守番電話に残させてもらうよ。今日はウチのエースが迷惑をかけたようで申し訳なかったね。まったく、昨年から寮長を務めていてこんなに頻繁に問題を起こされるなんて初めてだよ。ハートの女王の思想に倣ってハーツラビュル寮生はどの寮生よりも規則に厳格であるべきなのに…。今日は監督生の面倒を見なければいけないのだろう?グリムはエースとデュースの部屋に泊まらせるから、キミは彼の世話に集中すると良い。嗚呼、本当に、エースにはどんな罰を与えてやろうか………」



 まるで駆け足のような口調に、よくもまぁ、噛むことなくこれだけの科白を詰め込めたものだと感心してしまった。その勢いたるや、思わず耳からスマートホンを遠ざけてしまった程である。とはいえ、せっかくハーツラビュルでグリムの面倒をみてくれるというのだから、ここは有難く彼の申し出に甘えようではないか。スマホをじぃと見つめたままのアイスを不思議に思ったのか、彼女の手を握っていたユウがその手をくいくいと引っ張った。不思議そうに首を傾げる彼はさらに成長を遂げたようで、今や5歳児くらいの姿になっている。アイスは膝を折って視線を合わせると、表情を緩めて優しくその頭を撫でた。



「……本当、非常識にも程があると自覚してほしいね。こんな時間に部屋着で君達の相手をさせられている僕の身にもなってくれ」



 そして現在、寮へ戻るなり動きやすいロングワンピースに着替えたアイスは、わなわなと震える自身の身体を必死に抑えてアズール、ジェイド、フロイドと対峙していた。本当は怒鳴り散らしてやりたいところだが、アイスの膝にぎゅっと巻き付く腕の持ち主がいる手前、あまり汚い言葉使いたくない。既に良い子は寝ていてもおかしくない時刻のはずだが、ユウのくりくりとした瞳は未だパッチリと空いている。モストロ・ラウンジでの仮眠ですっかり目の冴えてしまったユウはなかなか眠る素振りを見せず、ベッドに寝かせて絵本を読み聞かせるも目をらんらんとさせて興味深そうに話に聞き入る始末。本来であればこの時間は授業の予習・復習やカジノへ誘致する客の選定に充てているのだが、悪意の無い瞳で次は、次はとせがまれるとどうも無下には出来ない。どうしたものか、と困り果てていた時オンボロ寮の玄関ドアを叩いたのが例の3人組であった。



「おやおや、やはりユウさんは寝付けていないようですね?」

「……見てわかるだろう?僕は彼を寝かし付けるのに忙しいんだ。悪いけど、君達とおしゃべりしている暇は無いんだよ」

「アレ?オンボロ寮ってゴーストが夏の終わりのクラゲみたいにうようよしてるんじゃなかった?」



 この学園は人の話を聞かない生徒しか入学できないんだろうか?リーチ兄弟の言葉に対し、アイスは不愉快だと言わんばかりに苦り切った表情で言い返す。



「ユウがゴーストを見て酷く怯えてしまったんだよ。だから、彼らには申し訳ないが夜明けまで各々外に出払ってもらう事にしたんだ」



 すると、すかさずアズールが大袈裟に目を見開いて見せる。



「それはいけない!学園長先生はゴースト達彼らがいるから安心だとして貴方をこの寮に所属させたと聞きました。そんな彼らが居ないとなると……嗚呼、何かあった時の事を考えると気が気ではありませんね」

「君達が今すぐ自分達の寮に戻ってくれれば、僕は玄関ドアを施錠してさっさと安全な自室に戻るから安心してくれ」

「ジェイド、フロイド、僕達で出来る事をしてさしあげようじゃありませんか」

「出来る事は無いし、何より君達に借りを作るのは御免だ。もう一度言うけど、僕の事を想うなら今すぐ来た道を辿って大人しくオクタヴィネルに帰ってくれ」

「まぁまぁ、そうカッカしないで」

「そうそう、オレ達はグラちゃんを助けてあげたいだけなんだからさ」



 ふと、アイスの脳内に昨年末のホリデー休暇の際、スカラビア寮の前でオクタヴィネルの3人組に良いように言い負かされるジャミルの姿が思い起こされた。あの時はユウやグリムの言い分もあったので特に手助けする気も無かったが、彼もこんな気持ちだったのだろうか……。そう考えると実に悪い事をした、とアイスは今更ながら心中で謝罪をいれた。ジェイドがサッとユウの身体を抱き上げ、フロイドが間髪入れずにアイスの身体を反転させてその背中を押す。最後にアズールがオンボロ寮の玄関を潜り、しっかりとその扉に施錠をすれば、あっという間にアイスは招かざる客人の進入を許す事となってしまった。



「君達、不法侵入って単語は分かる?それとも海底には無い言葉なのか?」



 当たり前だが自室に通すわけにもいかず、とりあえずは談話室に通しはしたものの、1人は図々しくドカッとソファに腰掛け、1人は呼び止める間もなく奥の給湯室へと消え、1人は手土産のつもりなのかタコのぬいぐるみを渡している。嬉しそうにはしゃぐユウには悪いが、どう頑張ってもアイスはタコのぬいぐるみに魅力を感じる事は出来なかった。談話室で好き勝手に振る舞う3人組を前に、アイスは心底怪訝そうな顔で苦々しく言い捨てた。



「そんなに邪険にしないで下さいよ。なかなかご自分の時間を作れなくて苦労されているんじゃありませんか?」

「つくづく会話にならないね……何度も言うように、大きなお世話だよ」

「そうは言うけどグラちゃん、昨日の授業中に出された古代呪文学の課題終わった?提出明日だけど、グラちゃん忙しくて手ぇ付けてないって言ってなかったっけ?」

「………手を付けてないのはフロイドも一緒だろう。君だってこんな所で油を売ってる暇は無いはずだ」

「オレ?オレはいーの。やる気おきねぇし」



 学生の本分を丸々放棄した発言に思わず寮長であるアズールに目で訴えるが、長年の付き合いでフロイドの性格を熟知している彼は既に諦めているのか咎める様子も無い。その代わり、彼はどこからか1冊の分厚い本を取り出すと、スッとアイスの前に差し出した。



「……コレは?」

「フロイドに聞いたところ、どうやら僕のクラスはアイスさん達のクラスより授業の進みが少し早いようです。そこで、先日僕が古代呪文学の課題をする上でとても役に立った参考文献をお持ちさせて頂きました」



 あまりにも胡散臭い笑顔に、アイスの表情はみるみるうちにしかめっ面になっていく。



「そんな顔しないで下さい。日頃身を粉にして働いて下さる有能なスタッフへのささやかな贈り物、と捉えて下されば結構ですよ」



 どんなに疑わしい視線を隠す事無く彼にぶつけてみても、アズールの表情は一向に変わる様子も無く笑顔のままだ。明らかに、まったくもって、どう考えても裏がありそうではあったが、確かにこのままではいつまで経っても課題に手を付けられそうに無い。ユウを寝かし付けているうちに自身も眠りについていた、なんて事も無きにしも非ずである。



「小エビちゃんはオレとジェイドで面倒見てるから、グラちゃんはアズールに課題手伝ってもらいなよ」

「すみません、勝手に給湯室をお借りしました。モストロ・ラウンジで甚くいたくお気に召していらっしゃったので、勉強のお供にディンブラのミルクティーなどいかがです?」



 床でタコのぬいぐるみを振り回すユウをいとも簡単に担ぎ上げたフロイド、机上にアイス愛用のティーカップを置いて香り立つ紅茶を注ぐジェイド、流れるようにアイスをスツールまでエスコートするアズール。促されるがままに腰を降ろしたアイスは、ついに諦めて彼に差し出された書物に手を掛けた。
 彼らの真意は定かでは無いものの、意外にも双子は子守が上手かった。いつ甲高い鳴き声がオンボロ寮に響くかとハラハラしていたアイスだったが、幾ら待ってもユウのクチからはキャッキャッと楽しそうな声が上がるばかりで泣く気配など毛頭無い。追いかけっこや、肩車、ボードゲーム等、アイスだけではしてやれなかった遊びの数々に終始ご満悦の様子である。そんなユウに免じて、彼女は彼らがバタバタとオンボロ寮を駆け回る度に鳴り響く建物の軋む音や、振動、パラパラと埃が舞う点については目を瞑る事に決めた。

 一度割り切ってしまうと、課題は殊の外面白い程にスラスラと進んだ。ほんの数十分前までまっさらであったレポート用紙は、気付けば最後の考察が書ける程度の空白を残してびっしりと文字が敷き詰められていた。ユウが邪魔しないようにと談話室の外へ連れ出してくれたリーチ兄弟の機転も見事だったが、何よりアイスを助けたのがアズールが提供してくれた参考書物である。今回の課題は任意の呪文に対して、用途の変化や他国での類似例を踏まえて考察をまとめるといった内容で、アプローチの仕方は個人に任されている。1番ポピュラーなアプローチは任意の呪文の一般的な使い方を調べた上で、その成り立ちをどんどんと掘り下げていく方法であるが、まとめ方が単調になりがちな上に大量の文献と膨大な時間が必要となるのが欠点と言える。僅かな時間で仕上げるとなると、良くてもB評価程度しか貰えないだろう。一方で、アズールが持ってきた書物は著名な画家の宗教画や風刺画、歴史画を収録した画集である。一見すると何の役にも立たなさそうだが、特に宗教画にはある儀式をする一瞬を表現した作品も多い。数ある中からタイトルや解説を参考に明らかに呪文を使っているであろう1枚を選び、その絵が描かれた年代や背景となる時代の特色を調べる。先に任意の呪文を決めてから無理矢理に話題を広げるのではなく、アプローチする上で都合の良い呪文を選ぶ事で、インパクトのあるレポートが完成するというわけだ。



「流石は学習方法や試験対策について講演会をしているだけあるね……どうせ、これも近々商売にするつもりだろう?」

「ええ、勿論!せっかくですから、大勢の方の助けになればと思いまして。まだ公には宣伝していませんが、人伝にそこそこ話題になっているようで」



 人伝、とは言うが十中八九、前宣伝として噂を流したのはリーチ兄弟だろう。一息吐こうと、アイスは既に冷めてしまったミルクティーをクチに含んだ。アイスの時と比べて茶葉の量や蒸らす時間に違いがあるらしく、温かみが抜けても尚ミルクに負ける事無い深みと華やかな香りは健在である。



「今回のディンブラ、どこで仕入れたんだい?香りも、色も、渋みもかなり上等だね。渋みの割に癖も少ないし、ティーシロップにしてスカッシュを作ってみても美味しそう」

「アイスさんなら今回の紅茶の素晴らしさを称賛頂けると思っていましたよ。クオリティシーズンに高地で採れた最高級のディンブラです。それなりに値は張りましたが……貴方が満足して下さったのならそれでいい」



 歯の浮く科白に思わずギョッとして面を上げたアイスだったが、目の当たりにたアズールの嬉しそうな顔がなんとも綺麗だったので、悪態吐く前に毒気をごっそり抜かれてしまった。何となく気恥ずかしさから話題を変えようと試みるも上手い切り返しも思い浮かばず、仕方なく笑顔のアズールに勧められるがままに手土産のクッキーを摘む。



「……そう人が食べている所をジロジロ見るもんじゃないよ。食べにくくて仕方が無い」

「おや、すみません。クッキーもかなり色々なパティスリーを巡ったんですよ。お味はいかがです?」

「……美味しいです」



 その時、不意にアイスのワンピースの裾をくいっと引っ張られた。何事かと其方へ視線を移せば、思いっきり遊んで満足したのかユウが眠たい目を擦りながらじぃ、と此方を見つめているではないか。



「あ、小エビちゃんいたいた」

「駄目ですよ、アイスさんの邪魔をしては」



 ユウを追いかけてフロイドとジェイドが談話室に戻ってきた。ジェイドが優しく自分達の方へ来るように声をかけるが、ユウはふるふると首を横に振ってアイスの足にしがみつく。アイスはふむ、と机上に広げられたレポートを見つめた。まだ未完とはいえ、アズールの助言のお陰もあり課題は9割方完成していた。あまり翌日に課題を持ち越すと良い事は無いのだが、今回は仕方が無い。



「君達のお陰で大分課題が捗ったし、後は明日の授業前に仕上げるとするよ。いくら元が16歳だからといって、エレメンタリースクールに通う年齢の子供はもう寝る時間だ。今日はもう遅いし、談話室で良ければ寝るのに使ってもらって構わないよ」



 すっかり夜も更け、もうすぐ日付を跨ごうとしている。不本意とはいえ課題の手伝いをしてもらった側の身として、このまま「はい、さようなら」と彼らを追い出すのはどうも気が引けてしまった。ユウとグリムがオンボロ寮に来てから、彼らを訪ねてエースやデュースが頻繁に泊まっていくようになった為、談話室のクローゼットには客人用のマットレスと掛け布団が常備されている。都度ゴースト達が洗濯をしてくれているぼで、恐らく汚くは無い筈だ。



「え〜!グラちゃんも一緒に談話室ココで寝ようよ」

「フロイド、流石に女性を我々と同じ空間で寝かせるのは……」

「アイスちゃん」



 ジェイドの言葉を遮り、ユウがこくりこくり、と頭を揺らしながら彼女の肩を叩いた。



「ほら、もう少し頑張って。すぐ部屋に連れて行ってあげるから」

「ううん……そうじゃなくて…」



 眠気と戦うユウは、何度もマウントを取られて瞼を閉じながらも一生懸命に言葉を続ける。



「みんなで、一緒に寝よう?」

「「「……はい?」」」




+ + +





「ねー、何でオレだけこんなにグラちゃんから遠いわけ?」

「君が一番信用ならないからに決まっているだろう。ジェイド、絶対にフロイドをこっちに寄越さないでくれよ」



 前提として、アイスは本人に自覚が無いながらもユウやグリムに対して何かと甘い節があった。自ら問題を起こすグリムと、何故か自ら問題に突っ込んでいくユウ。今日の一件然り、彼らが面倒事に巻き込まれるのは最早日常茶飯事と化している。その度彼女は少々の小言を言いながらも、結局は彼らの手助けをしてきたのだ。故に、その内の一人から純真無垢な瞳で『お願い』されて断れる筈も無かった。事の発端であるユウは全員が雑魚寝している状況に満足して早々に意識を手放してしまった。これ幸い、と彼の身体を持ち上げて自室に連れ帰ろうと試みるも、ただでさえすっかり大きく成長したユウを抱き上げるのは容易ではなく、自分だけ戻ろうにも彼女の袖をきゅっと握る可愛い手を解く事が出来ずに結果は惨敗であった。一番実害の出そうなフロイドを端に追いやり、ジェイド、アズール、ユウ、そして自分という並びを強要したものの、はっきり言って気休めにもならない。とにかく、彼らが眠りに付くまで意地でも起きていようと心に決めるも、非日常的な1日で心身共に疲れ切っていたアイスもまた眠気には勝てず、枕に頭を沈めてからものの数分で夢路を辿り始める事となった。



「おや、もしかしてアイスさんはもう眠りについてしまいましたか?」

「早っ!まぁ、ずっと気を張ってたみたいだし仕方ないか」



 僅かに聞こえ始めた寝息に、ウツボの兄弟は思わず身体を起こしてその様子を伺った。ユウの陰に隠れて表情を探る事は出来ないが、規則正しい呼吸に合わせてゆっくりとその身体が上下に動く様子は見て取れる。マットレスを敷いたとはいえ、普段慣れているであろうふかふかのベッドとは雲泥の差のはずだ。そんな寝心地の悪さも気にならない程に疲労困憊していたという事なのだろう。



「ユウさんの身体も順調に育っているようですし、この分だと朝までには元に戻りそうですね」

「あー、良かった。明日もグラちゃん独占されたら今度こそ絞めてやろーと思ってたし」

「その割に、随分と熱心に遊んであげてたじゃありませんか」



 ジェイドの言葉にアズールは「ほぅ」と声を漏らした。フロイドは図体こそ大きいが、思考はエレメンタリースクールに通っていた時のそれと何ら変化していない。良く言えば彼はジェイド共々昔から子供らしからぬ考えをしていたとも言えるし、逆を言えばムラッ気と気分屋な性格はむしろ悪化していると言っても良いだろう。ナイトレイブンカレッジへ入学して早々に興味を抱いたアイスに対して、ちょっかいをかけて構ってもらえれば気分は向上するし、自分達意外の雄が彼女に声を掛けている光景を目にすれば気分はたちまち急降下する。それを踏まえて思い返すと、今日のフロイドは本当に酷かった。せっかくアイスがシフト入りしているにも関わらず、今日はちょっかいを出す前に「構ってられない」と断固拒否されたらしく、開店時から酷く苛立っていた事には気付いていた。おまけに今日の彼はキッチン担当だった為ボックス席のアイスとの接点は皆無に等しく、拍車をかけるかのように自分の相方が楽しそうに彼女(とユウ)と会話している様子を目の当たりして、フロイドの我慢はついに限界に達した。それからは目も当てられない程荒れに荒れ、あまりの酷さに、一時いっとき誰もキッチンへ立ち入れないという由々しき事態にまで発展してしまった。無責任にもジェイドは「おやおや」といつもの科白を吐いて笑顔を張り付けているだけで止める気配も無い。このままでは埒が明かないと、アズールは額を抑えてラウンジの閉店後にオンボロ寮へ出向く事を提案したのだった。



「意外ですね。お前、ずっとユウさんに嫉妬していませんでした?」

「んー……確かに独り占めされてる間は気分最悪だったけど、もしグラちゃんとつがいになったらオレもこんな風に稚魚ちゃんの世話すんのかなぁ、って思ったら悪い気はしねーなぁって」

「つっ!!!つ、つがい!?」

「アズール少し声を落として下さい。アイスさんとユウさんが起きてしまいますよ」



 苦笑気味に咎められても、アズールはギョッと目をひん剥いたままクチをわなわなと震わせたまま硬直している。



「ジェイドだって考えたでしょ?」

「ええ、まぁ。アイスさんは意外にも子守りがお上手なので、良い母親になりそうだ」

「ホント、意外だけどね。あー、でもオレはしばらく2人っきりが良いや。グラちゃん、子供が出来ると構ってくれなくなるって事が分かったし」

「成程、フロイドらしい。僕はどちらかというと早めに子供が欲しいですね。……既成事実を作っておくという点に於いては多少順序が逆転するのも有りかもしれません」

「ハハッ、たまに怖い事言うよね、ジェイドって」



 双子が恥ずかし気も無く自身の理想とする未来について語る中、アズールは耳に入る単語の1つ1つに顔をボッと赤らめる。つがい?子供?母親?少なくとも自分達はまだ学生の身で、自分達が彼女を意中の相手としているのは事実だが、男女の仲にすらなっていないのだ。



「アズールはどう思います?」

「は?僕?」

「アズールだってグラちゃんの事スキでしょ?小エビちゃんの面倒見てるグラちゃん見てどう思ったわけ?」



 どう、と聞かれても。ショートしそうな頭を必死にクールダウンさせ、いつもの沈着冷静な思考回路を何とか呼び起こしにかかる。自分なら、どうだろうか。確かに、子守をするアイスの姿は正しく理想の母親そのものだったし、仕事を終えて帰宅した時に彼女と可愛い子供が出迎えてくれるのは魅力的だ。しかし、フロイドの言う事も一理ある。せっかくの新婚生活をしっかりと満喫したいという気はするし、少々ワーカーホリックの気質のあるアイスはすぐに子育てをするよりもある程度は働きたいと思っているのではないだろうか。自分としては出来るなら家庭に入って欲しいと思うが、男女共働きが当たり前になった昨今でそんな古臭い考えを押し付けるのもどうだろう。出来る限り彼女の考えは尊重してやりたいし、収入が2倍と考えれば悪い事では無い。



「おーい、アズール?寝ちゃった〜?」

「いえ、どうやら真剣に考え込んでいるようですよ」

「えー?そんな考える事なくね?」

「真面目だからこそ、僕達よりも詳細な願望があるんでしょう」



 元より一度集中したら自分の世界に入り込んでしまう性格の為、双子が何を言おうがアズールの耳には一切届いていない。時たまぶつぶつと何か呟いているようだが内容までは聞き取れず、フロイドは退屈そうにクチを大きく開けて欠伸をした。その時、布団の擦れる音と共にアズールの隣りにぼんやりと人影が浮かび上がった。



「あーあ、アズールが煩いから小エビちゃん起きちゃったじゃん」



 上半身を起こしたユウは、時間をかけてゆっくりと周囲を見回すと、布団から這い出てヨロヨロと出口の方へ歩いていく。



「……どうやらお手洗いのようですね。ユウさん、付き添いましょうか?」

「……あ…いえ、だい、じょうぶです…」



 パタン、と扉が閉まり、ユウが無意識ながらに自分達に敬語を使った事に関して双子は思わず顔を見合わせた。



「小エビちゃん、記憶戻り始めてる?」

「そのようですね。そういえば、また一回り身体も大きくなっていた気がします」

「……ぅん…?」



 真っ暗な談話室に、再びアズールの隣りで布団の擦れる音が響く。物音の主は隣りに居た筈の小さな温もりが無くなった事を察知したらしく、ぐぐっと手を伸ばしたかと思うとぽん、ぽんと布団を叩き始めた。



「もしかしてグラちゃん、小エビちゃん探してんの?」

「……ん…?」

「フフ、寝ぼけているようですね。なかなかに貴重な光景だ」

「ブツブツブツ……痛ッ!」

「「ブッ!!!」」



 ぽん、ぽん、と手探りを続けるもお手洗いに立ってしまったユウが見つかる筈も無く、空を切った手はそのままアズールの顔面に振り落とされた。すっかり自分の世界に入り込んでいたアズールは勿論ユウが居なくなっていた事にも気付いておらず、何故自分がアイスに平手されたのか目を白黒させている。



「ちょ、アイスさん!?は?ユウさんは何処へ?」

「小エビちゃんならトイレだってさ」



 フロイドがヒィヒィと腹を抱えて答えてやる。しかし、最早アズールはそれどころではない。ようやく手に触れた温もりをユウと勘違いしたのか、アイスはもぞり、と起き上がるとガバッとアズールの頭を抱き込んだのだ。



「ブッ!?アイスさん、貴方寝ぼけて……ッ!!」

「あ〜!!アズールずっりぃ!!!」

「そんな事言ってる場合じゃないだろう!!早く、彼女を離して下さい……もがっ」



 慌てて身体を引こうとするも、むしろそれが気に障ったのか、アイスはアズールの後頭部に手を回すとぐっと自分の胸に押し付けた。どうやら、良いからさっさと寝ろ、という気持ちの表れしい。そのままゆっくりとふわふわとした髪を数回撫でると、ようやく満足したのか再び暗闇にすよすよと寝息が響き始める。



「もがっ!もがっ!」

「うーん…残念ながら、何を言っているかさっぱり聞き取れません」



 アズールは自分の顔に触れる柔らかい感触に、体中の血液が一気に顔面に集中するのを感じた。これは、つまり……。



「嗚呼、見事にアイスさんの胸に埋もれちゃってますね」

「ん゛ーーー!!!」



 アイスは見た目に反して意外にも腕力があるのか、アズールがどんなに藻掻こうがその細い腕が解かれる様子は一向に無い。



「オレもグラちゃんの隣りに行こーっと」

「おや、いけません。貴方が動いたら僕もアイスさんに怒られてしまいます」

「良いじゃん、一緒に怒られてよ」



 そう言うと、フロイドはひょいっとアズールとアイスの身体を跨いで彼女の横に寝そべり、ぎゅっと細い腰に腕を回した。その光景をじぃ、と見ていたジェイドは眉尻を下げる。



「僕もアイスさんの隣りが良いんですけど」

「ジェイドはモストロ・ラウンジで裏切ったからダメ」

「それを言われると心が痛いです」



 仕方ない、とジェイドは少しだけアズールとの距離を詰めて布団を被り直した。



「朝、どうなる事やら……」

「『アズールが寝不足になってる』に昼食代賭けてもいいよ」

「それでは、僕は『アイスさんが朝一番に絶句する』に賭けましょうか」



 互いの顔が見えずとも、相方がにんまりと笑みを浮かべたという事が手に取るように分かった。遠くで小さく戸の閉まる音が聞こえたので、恐らくユウは無意識に自分の部屋に戻ったのだろう。アズールが必死に脳内で羊を数える中、兄弟は静かに意識を手放した。今はまだ叶わずとも、夢の中ではそれぞれの思い描く『家族』を堪能できますように、と期待を込めて。








 因みに双子の賭け事がどうなったかというと、意外にもアズールは深く寝入ってしまったらしく、疲れて泥のように眠っていたアイスは定刻になって起きる素振りを見せなかった。



「やばい!!遅刻……というか、僕いつオンボロ寮に……ってハァッ!?」



 結果『無事に元に戻ったユウが談話室でくだんの光景を目の当たりにして吃驚する』が正解となり、ユウの声に驚いて目覚めたアイスが周囲の状況を把握して大激怒した為、3人は揃って彼女のご機嫌取りにと昼食をご馳走したのであった。


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