チリも積もればなんとやら。

前世の記憶を思い出したのは、ちょうど五歳のころ。
膝の上におれを乗せた父が、ポツリと呟くようにおれに言ったのだ。「白雪、あのな、お前は男の子なんだ。」と。
えっいや、そんなこと改めて言われなくても分かってるけど!?と言い返そうとして、見上げた父とまん丸な目が合って、そしてさらに思い出したのだ。
自分が、姉の代わりとして、女の子として、育てられていたことを。


窓ガラスに映る、林檎のように赤い髪。

おれは白雪だった。


そもそも白雪というのは、おれの姉の名前で、姉は生まれることなく死んだ。母はずっと女の子が欲しかったそうで、そうして出来た待望の姉が死んだショックで、心を病んでしまった。
それでも、その後生まれた男のおれのことを、父も母もたいへん喜んでくれたという。

だけど。

幸か不幸か、おれの髪は、死んだ姉と同じく林檎のように赤かった。


こんなことは間違っていると気づいていた。けれど気丈な妻が、愛した人が、やつれ病んでいく様に耐えられなかった。と父。おれに対して、「ごめんな。」とも。

そして、父は、少し泣いた。

おれは、望まれて生まれたのであれば、結果がどうあれ気にはならない。父も、母も、形は少々いびつであったけれど、おれのことをちゃんと愛してくれていた。
おれには、それだけで十分だ。



それからしばらくして、父も母もなくしたおれは、タンバルンの首都へ住まう祖父母のもとへ引き取られることとなった。おれは生まれ育った山で過ごしたいと言ったけれど、当時のおれは齢10歳。一人で、それも山奥で暮らしていくなんて、とてもじゃないが許してはもらえなかった。

まぁこれも祖父母孝行だ、と意識を改め、祖父母が営む小さいながらも評判の小料理店を手伝いながら、タンバルンの広大な土地ですくすくと成長したおれは、なんの因果か十六歳を迎えた今も女の子の格好をして生きているのであった。

……あれっ?







「白雪ちゃん、いつもごめんねぇ〜。」

「いーよー、気にしないで、これが“わたし”の仕事だしね。湿布薬は二週間分出しておくから。痛み止めは、いつも通り朝と夜の食後に一包飲んで下さいね。でも、痛みがひどくなったら医者へ行くこと。」

「はい、ありがとお。やっぱり白雪ちゃんのお薬が一番効くわぁ。」


ほこほこと笑い、待合椅子に腰をかけ薬湯を飲む体の小さなおばあちゃん、ヨリさん。

年齢からくる腰痛に悩むヨリさんのために調合した粉薬を、飲みやすいように一包ずつ包み紙袋に詰めてやる。袋には、使用者の名前と、薬を飲むタイミング、そしてうちの薬局の名前が書かれており、薬の間違いがないように配慮されている。
粉薬と湿布薬の紙袋が一つずつ。それを持ち帰りやすいように、さらに一回り大きな手提げ袋につめて、湿布薬と痛み止めに使用した薬草と容量を記載したメモを添えて、おれの仕事は終わり。

地味なことではあるが、紙袋に使用者の名前や薬を飲む時間が記載されていることは、この地では珍ししらしく、とくにおばあちゃんやおじいちゃんたちには有り難がられていて、他の薬局との差別化にもなっていた。薬の処方箋についても、最初こそみんなは何のこっちゃ?という顔をしていたが、チリも積もれば何とやら。今では医者を変わるときに提示して、統一した治療が受けられると好評のようだ。
別に普通のことなんだけどな。いや、それはさておき。


祖父母が亡くなり、一人では小料理屋を経営していけなくなったおれに、親身にしてくれた人。出所不明のおれの知識を不審がらずに、おれに、「薬に詳しいなら薬局を開けばいいんじゃない?」なんて、笑ってアドバイスをしてくれたヨリさん。その後、なんと改装や宣伝の手伝いまでしてくれて、本当に頭の上がらない人だ。
薬局のほうは、ヨリさんの宣伝もあって中々繁盛していた。ヨリさんは、開局以来の常連さんで、今ではヨリさんの娘さんもうちを贔屓にしてくれている。本当に頭の上がらない人だ(二度目)。

タンバルンは、大きな港をもつ海に近い国で、人口は近隣諸国に比べると少し少ないくらい。だけど、港があるだけあって、様々な人種の人と出会える良い国だ。文化だってたくさんあるし、料理も書物も多岐にわたっておもしろい。
王族には恵まれてないっぽいけど……。まぁ、一介の街娘である下々代表のおれと、高貴なる王族なんて一生関わり合いになることはないだろうし、おれには関係のない話だ。“女”で身寄りのないおれは、税収も軽めだしなぁ。


「はいっ、ヨリさん、お薬できたよ。」

「ありがとねぇ。ありがたくいただいていくわ。」

「代金ちょうどいただきますね。あっ、これ、新しい薬湯。試飲の三杯分くらいしかないんだけど、良かったらどうぞ。感想聞かせてくれたら嬉しいな。」

「まぁ、いつもありがとう。白雪姫ちゃんの煎じる薬湯は、芳ばしくって美味しいから大好きなの。それに、白雪ちゃんの綺麗な髪が見られて良かったわぁ。」

「あは、ありがとう。ヨリさん、気をつけて帰ってね。」

「白雪ちゃんも気をつけるのよ。なんてったって、女の子一人なんですからね。じゃあ、お薬がなくなったら、また来るわね。」

「ウン、お大事に〜!」


杖をついて退出するヨリさんを、玄関までお見送りする。ヨリさんが曲がり角で姿が見えなくなるまで見送ったら、看板をクローズにして、店内へ。
なにせ今朝は霧が深くて、山へ登ることが叶わず、日課の薬草採りが出来なかったのだ。とは言え、今行っても早朝に咲く薬草は採れないのが。だけど逆にいつも採れない薬草が採れるかも。
夕暮れ時に薬効が高くなる薬草って、何があったかなぁ…。そんなことを考えながら、エプロンを外していると、来客を知らせるドアベルが鳴った。


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