或る日の女の事
「君に選択肢をあげよう」
「一つ目は、このまま私と共に付いて来てくれるだけでいい。簡単な事だ。
なに、心配することはない。今後の生活は何一つ不自由させないし、私がこれから君を守っていくと約束するよ」
そう告げるのは、人当たりの良さそうな微笑みを浮かべる黒い外套を身にまとった見知らぬ男。
「もう一つは今現在までの君の事を知る人間を一人ずつ消して、拠り所を失くした君から私の所へ来るのを待つ方法。
こちらは少々骨が折れるし、時間もかかるから私としては前者がお薦めかな」
それに、私だって無駄に罪のない人間を殺めたくはないからね。
この男が何を言っているのか未だに理解できなかった。
たった今その手で私の拠り所を…生活を壊し、私を十四年間守ってきてくれた父と母を目の前で躊躇なく手にかけたこの男。何の前触れもなく奪われた日常。
混乱した頭で男の問いに答えられるわけもなく、息絶えた母の亡骸に縋り付いたまま無言でいると、男は血塗れの床を質の良さそうな革靴を鳴らしながら此方へ歩を進めてくる。
逃げたいのに、床に縛り付けられたかのように足が動かない。
「さぁ、どうする?」
答えなど解っているとばかりに目の前に差し出されたその手を掴んだら、あとは堕ちていくだけなのだろう。
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