第一章

01

「君も、うちにくるか」

 思い出すのはいつだって、十年以上も前のあの日。——大切な家族を失って、新しい家族を得た、忘れられない日。
 私の母は海兵だった。大佐としてはそれなりに腕も立つ方で、帰ってくるといつも「お母さんはね、人を助けるこの仕事を誇りに思っているよ」と微笑むような、優しい人だった。父も同じく海兵だったが、私が生まれてすぐに死んだらしい。それでも寂しさなんて感じる暇がないほどに、私は母に愛されていた。

 そのお母さんが、ある日小さい箱になって帰ってきた。

「君のお母さんは……ある海賊を追っていて……立派な最期だったよ」

 泣きじゃくる私に、お父さんよりずっと背の高い海兵さんがそう告げる。ついに身寄りのなくなった私をどうしたものかと、大の大人が肩をすくめて困っているなかで、一番背の高い男が、私の目の前で膝をついた。

「君、名前は」

 しゃくりあげながら自分の名前を告げると、彼は私の名前を呼びながら、その大きな手を私の頭に静かに乗せる。

「そうか……——君さえ良ければ、君も、うちに来るか?」

 彼は自身の名前を「センゴク」と名乗った。それが、私の新しい家族の名前だった。


 
 二人も引き取ってどうするんだ。そのように言われるたび、彼は「一人も二人も変わりやしない」と一蹴し、私たちを実の子供のように育て上げた。
 私たち≠ニいうのは、私ともう一人、ずっと以前に引き取られた男のことだった。名をロシナンテといい、今は海兵として、立派に勤めているのだと言う。

「俺には兄がいてな」

 実に数回ほどしか顔を合わせることの叶わなかったその男が、そう言って目を細める姿をよく覚えている。私にとっては貴方が兄のようなものだと伝えれば、彼は照れたように笑った。きっと優しい人だろうと思った。
 
 ——その彼も、海賊に殺される。……それから数日後、彼はまた一人、親を亡くした男を引き取った。
 
「俺の方が歳が上だ、兄さんかな」
「私の方が一年先にここに来たんだから、弟だよ」

 そんな話をする私たちを温かな目で見守る彼は、もうすでにロシナンテのことは気にしていないような素振りで微笑んでいた。そんなわけないのに。実の息子のように大切に想っていた人を亡くして、すぐに傷が癒えるわけもなければ、私たちが代わりになれるわけでもないのに……。
 だから余計に憎かった、私から、私たちから、大切な家族を奪う海賊が。いなくなって欲しかった。そのために、私は私にできることがあるのであれば、なんだってするつもりだった。
 そうして、私の八歳の誕生日のこと——

「おめでとう! いやぁ、お前もうちに来て三年か、どうだ、生活には慣れたか?」
「ありがとうセンゴクさん。うん、大丈夫、ドレークもいるし……最近はあんまり遊んでくれない、けど」
「仕方ないだろ、俺も海兵になったんだ、暇がない」

 二人が帰ってきた夜、ささやかなパーティーが開かれる。私の大好きなフルーツタルトとリボンのついたぬいぐるみ。歳の離れた父と歳上の弟が用意してくれたプレゼントは、私にとって何よりの宝物だった。

「何か他に欲しいものはあるか」

 もう充分だよと伝えることもできたけど、私は意を決して、ものでなくても良いか、とその優しい顔を真っ直ぐに見た。

「私に叶えられるならな」
「うん、センゴクさんならね、叶えられると思うの」
「そうか? なにかな」
「あのね——私、海兵になりたいの」

 ごくり、吐息を飲んだのはどちらだったか。あるいは二人ともだったのか。それでも、「お願い」と繰り返した私の瞳に何かを感じたのだろう、彼は、次の日には私を本部へと連れて行ってくれた。

「今日からこいつも訓練に参加させてくれ」
「は、ええと、こいつ、というのは……この子ですか」

 私を見下ろした海兵さんは見るからに戸惑い、「託児所じゃないんですから」と口にする。

「そんなつもりはない、他の奴らと同じようにしてやれ」
「しかし……」
「ついていけないのなら置いて行って構わん、本人の希望だ」
「はい、みなさんに追いつけるよう、精一杯頑張ります、よろしくお願いします!」

 特別扱いはしない、というのが彼の愛であることは理解していた。それに報いるため、私の夢のために、私はこの日はじめの一歩を踏み出した——



「……あんたにしちゃ思い切った選択だね、まさか許可するとは思わなかったよ」
「誕生日プレゼントの代わりと言われちゃあな……おつるちゃん、あの子が去年の誕生日、何をねだったかわかるか」
「?」
「——お父さんを殺した海賊の名前を教えて、と」
「……、そうかい……」
「ああ、だからおつるちゃん、あの子が海兵として使い物になるようになったら、おつるちゃんの隊で面倒を見てくれるか。一緒に追わせてやってくれ——ドンキホーテ・ドフラミンゴを」

clap! /

prevbacknext