第一章

02

「おい、飛び回るなと言っているだろう、本部内でそうやすやすと能力・・を使うな」
「えー、センゴクさん、元帥になってから厳しいです」
「元帥も大将も関係あるか、危ないだろう、ほら、横着しないで歩け」
「はぁい」

 聞き慣れた叱咤を軽く聞き流しながら、私はふわりと地に足をつけ、変化させていた両のを人間の腕に戻す。そのことに彼は満足げに頷き、私はそんな彼の隣にぴたりとくっつき、彼の声がよく聞こえるようにと耳をそば立てた。

「離れろ、歩きにくい」
「センゴクさんが歩けって言ったのに」
「くっついて歩けとは言っていない。……まったく、お前はいつまで甘えたなんだ」

 ため息と共に苦々しい顔を向けられてしまえば私も言うことをきくほかなく。私が素直に一歩分だけ横にずれると、これまた満足したように鼻を鳴らし、彼はポケットに手を入れたままツカツカと廊下を進む。それでも、私が早足にならずとも追いつけるくらいにはゆっくりとしたペースで歩く彼の隣は、一歩分の距離があってもやはり、どこか温かい。

「実の影響かも、あたたかな所にいたくなるんです」
「バットバットの実の? 嘘をつけ、コウモリはお前が思うよりは寒さに強い」
「そんなことないのに」
「そんなことある」

 すれ違う海兵さんが私たちの会話を聞きながら少しだけ頬を緩めるのが視界に入った。「ああ、いつもの」「いつものか、微笑ましい」そんな囁き声にも近い会話すら私の耳には届く、それもこれも悪魔の実の能力のおかげだ。そのために大抵の内緒話は私の聴力の前では秘密ではいられず、私の声は戦場の端まで届くようになった。この能力のおかげで残せた数々の戦績、功績、それらの象徴である、この胸の勲章……それを思うと、私は少し誇らしい気持ちになり、ふふん、と鼻を鳴らしながら、ほんのわずかに胸を張る。

「……なんだ」
「部下には優しくした方がいいですよ、総帥」
「優しくする理由のある部下ならな」

 あるでしょう、優しくする理由ならこんなにも。
 齢十六にしてすでに将校として活躍、能力で日々の任務のサポートだってばっちりだ。むしろ褒められたっていいはずなのに。

「やっぱり、センゴクさんはこの十年で厳しくなりました」
「お前はよく喋るようになった」
「愛嬌があって可愛い?」
「口が立つ分小賢しい」
「またまたぁ」

 甘えるように再度距離を詰め、彼の手を取る。彼もまた「離れろ」と厳しい口調で告げてはいるが、無理にその手を振り解くことはしなかった。

「甘えてくれるのも今のうちだろうね、子供の成長は早いよ、センゴク」

 つい最近、おつるさんにそう言われたのを気にしているのかもしれない。今の私からは考えられないことだが、いつか親離れをするまでは……とでも思っているのかも。

「……なんだ」
「なんでもない! へへ……」

 私としては都合が良い。その親心に——本当の子供でもないくせに——乗っかって、こうして日々甘えて過ごすことができるのだから。
 けれど今日は少し、ほんの少し、いつもよりセンゴクさんの機嫌は悪いようだった。

「……今日って、何か大きな作戦とかありましたっけ」

 それか、緊急で対処すべき事案でも起きたのか。いや、そうなら本部内ももっと騒がしくなっているはずだった。そうじゃないなら何があなたをイラだたせているのか……私がそう問いかけた時、彼の手がかすかに震えるのがわかった。

「いいや……だが——七武海を招集している。今から、奴らに会いに行く」
「!」

 今度は私の眉間が振れる。王下七武海……政府が認めた、略奪を赦された海賊たち。それらが、今、本部に来ていると彼は言う。

「じゃあ、来てるんですね——あの人」
「さあな、集まることも稀だ……だが、どちらにせよ気の良い話ではない」

 そもそもまだ大佐であるお前は会議には出られん、ついてくるんじゃないぞ。そう言って彼は少しだけ腕を上げる。それだけで背の低い私の手は彼から離れ、ほんの少しの寒さと寂しさで「あっ」と声が漏れた。

「ほら、お前もさっさと仕事に戻れ」
「……はぁい」

 不貞腐れたように返事をした私に、やれやれと彼はため息を吐く。そのまま踵を返し、歩き去っていく彼の背中をじっと見つめ続けた。
 
 ——ドンキホーテ・ドフラミンゴあんな男を許すなんて、世界政府はどうかしている。けれど私は海兵だから、そんなことは口が裂けても……。
 それでも、私は海軍の正義を信じていた。なにより育ての親であるセンゴクさんが背負っている組織なのだし、私は彼の言う正義を正しいと信じていたから。……例え親の仇だったとしても、力を借りるべきだというのならそうするしかない、それが正しいのだと、信じていた。
 
 あの日まで。

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