言葉にせずとも

 見聞色の覇気というものは、才能がある者ならば人の心の声が聞こえるようになる。
 心が読める、とは少し違うが……何にしたって、それができるだけで戦闘においても交渉においてもアドバンテージとなる。そこまでの才能があるだけで、充分、軍にとっては有用な人材となれるのだ。

「イッショウさんは、声が聞こえますか?」

 唐突にそう問いかけた私に、彼は不思議そうに首を傾げる。

「あ、ええと、見聞色の覇気の話です。相手の心の声が聞こえるのかどうか、という……」
「あァ……そうですねぇ、聞こうと思えば」

 やはり、と私は頷いた。彼の普段の振る舞いを見て、そうだろうとは思っていた。しかし同時に、そうでないほうが……と思う気持ちもある。いや、一人の海兵としては、上官が素晴らしい人間であればあるほど有り難く良いことではあるのだが。
 だが、しかし。——個人的な事情で不安なことが。

「…………じゃあ、私、のも?」

 私の声も、聴こえているのなら——困る。
 そりゃあそうだろう? なにせ、私といえば四六時中彼のことばかり考えて、ふと気づけば彼の好きなところばかり数えている。そんなのを本人に知られているなんて、考えるだけで顔から火を吹きそうだ。絶対に、絶対にそうであって欲しくない。
 どうか違うと言ってくれ……と、恐る恐るといった気持ちで彼の顔を見上げると、彼は意外にも少し困ったように眉尻を下げ、答えを渋るように「ううん」と小さく唸りをあげた。

「そうですねェ……、あんたは、隠すのが一等上手いから……」

 じゃあ、聴こえて、ない?
 ——よかったあ、と。考えただけのつもりが声に出ていたのだろう。彼がイタズラっぽく「へぇ、隠し事ですかい」と笑うのを、「……秘密です」と言って咳払いで誤魔化した。

「ま、まぁ、そういうのを悟られないよう努力するのも、見聞色の特訓の一つですから」
「はは、違いない。……とはいっても、あんたの場合は……——」
「えっ」

 私の場合は……!? その言葉に思わず息を呑み、心臓は一度止まった——ような心地がした。私の予期していない返答に、まさか、何かおかしなところでもあるのかと気が気ではなかった。
 悟られないよう努力するのも……なんて偉そうなことを言いはしたが、実際のところ自信は、ない。もちろん努力を怠っているつもりはないが、なんせ、確かめる術がほとんどないのだ。

 相手の心の声を聴くことができるほどの覇気の使い手なんて、知っている限りでは数えるほどしかおらず、各々の聴こえ方、見え方もまちまちだ。実際、自分の中身をどれだけ相手に曝け出してしまっているのか、どれだけ隠し通せているのか、明確にする方法はないに等しい。
 私だって聴こえている側の人間だが、聴くことができる相手と聴こえない相手とで何が違うのか、はっきりと言葉にはできないでいる。つまりは曖昧なのだ、なにもかも。

 で、あるならば。先ほどの彼の発言はとても興味深いというのは自明だろう。あんたの場合、と言った、つまりは個々人での場合分けができるくらい彼はこれについて詳しいのではと——いや、ここまで全部言い訳です。正直にいうと、私は今、ただただこの心の内が彼に知られているかもしれないという焦りだけが頭にあった。ううん、もしかしてこれもバレている可能性が? そう思うと、赤くなって良いやら青くなって良いやら……そんな私を前にして、彼は苦笑と共にこう続けた。

「あんたは……わかりやすいですからね」
「えっ!?」

 顔に出る、というのを言われたことは何度もあった。しかし、彼には見えていないはずなのに……。他に何がそう思わせているのかと彼に問いかけると、少々口をもごもごとさせながら、「声に」と何やら照れたように呟いた。

「えぇっ、そんなの、言われたことないのに……」
「まぁ、あっしも何もかもわかるってわけじゃねェが」
「じゃあ、なんならわかるんです」
「そらァ……なんだ、——あんたいつも、あっしのことが好きで仕方ねェって話し方をしやすんで」
「な」

 勘違いだったら恥ずかしいんですがね、と彼は続ける。そんなことを言われれば「勘違いです」なんて嘘も吐けず、恥ずかしいのはこちらの方だと恨めしげな目を彼に向けた。そんなことも見えてはいないだろうに、言葉を返さない私の様子を、どこか楽しげに笑っていた。

「それで、どうなんですかい? 実際のところ」
「ひ……秘密です!」

 つい先ほどと同じ返事をして、その日の私はすっかり黙り込むことにした。これ以上言葉を口にしても、どうせ墓穴を掘るばかりだとわかっていたからだ。
 でも、そんな私のささやかな反抗すら彼にとっては可愛らしいもののようで……結局、彼と話さないことに耐えられず、私から先に彼の名前を呼んでしまうまで、そう時間はかからなかったのだった。


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