第一章

「アラマキさん! いい加減にしてください!」

 勢いのままに上官の執務室の扉を開け、中にいるであろうその人を怒鳴りつける。案の定、その人は彼用の広いソファにゴロンと横になっており、私の怒声に怯むでもなく面倒そうに身体を起こした。

「あー?」
「書類です! ちゃんとしてくださいって何度も言いましたよね!?」

 大きく「再提出」と書かれた書類を感情のままに机へ叩きつけると、思っていたよりも大きな音が部屋の中に響く。しかしそれを特段気にする様子もないままに、彼は鬱陶しそうな顔をしてため息を吐いた。

「知らねーよ、正しい書式なんてよ。わかんねぇんだからやりようがないだろ」
「だから、わからないならまず聞いてくださいと……!」
「アンタいつも居ないだろ? わざわざ探して声かけるほど、大将・・もひまじゃねえのよ、らはは」

 ——中将のアンタにはわかんないかもしれないけど。……そんな言われてもいない次の句を想像して私は拳を握りしめる。平常心、平常心だ、と自分に言い聞かせ、怒りを鎮めるために深く深呼吸をした。

「つうか、おれ海兵なったばっかよ? もう少し優しくしてくれねえかなァ」
「こっ……この……!」

 どの口が——、とまた怒鳴りそうになり、ハッとする。いけない、こんなことでカッとなっては。なにせ、そう、そうだ——私は、あの・・サカズキさんにこの男のことを任されているのだから。
「今日からしばらくアラマキの面倒をみろ」彼の元帥就任後、一人執務室に呼ばれそう告げられた時はあまりのショックに言葉もなかったが、何ということはない。海兵になってからずっと追い続けていた尊敬できる方からの指令なのだ、こなしてこその「完璧な部下」であろう。……本当はもしかして彼の直属で働けるのかもなんて期待していたのは誰にも内緒だ。期待とは違ってちょっとだけ泣きそうだったことも。

 ——に、してもだ。この男、あまりにも問題が多すぎる。いうことは聞かない報告書やら書類もギリギリまで出さない口も悪い態度も悪い……私より年上と聞いているが、あえて言うならクソガキ@lだ。能力はあるだけに余計タチが悪い。水を操る私の能力と彼の能力は相性が良いからと配属が決められたとはきいたが、いかんせん、それ以外の相性は最悪だ。一体どうしたものか……

「なぁ」

 頭を抱える私に、彼はソファに寝転がったまま声をかける。その態度がまた、私の眉間の皺を深くさせる。

「おれ今喉乾いてんだけどさァ、アンタの能力で水出せねぇの」

 ——おい、聞いたか? この男が今なんて言ったか。部下のことをウォーターサーバーか何かと勘違いしていらっしゃる? まだお茶淹れてこいの方が幾分かマシだと思いますよ。
 誰に言うでもないそんな愚痴が光速で脳裏をよぎる。ことここに至って、作り笑いなどは浮かべられそうにもなかった。

「……出来なくはないですが、嫌ですね」
「なんで」
「なんでも何もありません、そんなに喉が渇いていらっしゃるならどうぞ海水でも召し上がっては?」
「らはは! 相変わらずつれねぇなァ……」

 何が面白いのか軽快に笑いながら彼は瞼を下す。まさか仕事の不出来を指摘された側から昼寝でもするつもりなのかと、また湧き上がる怒りに息を肺いっぱいに吸い込んだ。今にも怒声をあげそうな私に気づいているのかいないのか、彼は目を伏せたまま、「そんなに気にいらねえならさ」と今日の天気でも尋ねるような気軽さで私に言葉を投げかける。

「実力で負かしてみれば? ——それも出来ねぇなら、海兵なんて辞めちまいなよ」

 向いてないんじゃない。……というのは、今度は本当に言われた言葉だったように思う。向いてない? 何が? 報告書の一つまともに出せない貴方より、私の方が、海兵向いてないって?
 強いだけの、貴方より——?

「…………いいえ」

 声は震えていたと思う。悔しさより怒りがあった、こんなことを言われて、冷静でいられるほうがおかしいとさえ思う。このままでは、感情のままにまたこの男を怒鳴りつけそうでもあった。
 それでも私は全て飲み込んで、目の前の男を睨みつける。

「確かに私じゃ緑牛さんには勝てませんけど、辞めません、海軍もあなたの補佐も」
「ふぅん……なんで?」
「——元帥が私ならできると判断したからです、それだけです。だから私はその期待に応えます」

 私のその答えに納得をしたのか、彼はもう一度ふぅんと鼻を鳴らし口の端を持ち上げた。これ以上この不愉快な応酬には付き合いたくなかった私は、「他の書類も持ってきますので、絶対に逃げないでくださいね」と言い捨てて早足でその部屋を出た。……本当に、気に入らない男だった。対話をするのはもちろん、この男が自分よりも優秀だとされていることが不快で仕方がなかった。
 それでも……——それでも、私はあの人に認められるためならば、この扉をもう一度叩くだろう。それが、今の私に課せられた使命なのだから。


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