神隠し

「ダメか」
「まああんま期待してなかったっスけど」

 それから。
 全員揃って二階まで見て回り、あらゆるドア・窓をこじ開けようと試みたが、何の成果も得られないまま元の場所へ戻ってしまっていた。
 想像以上に小さい。そして想像以上に動き回れる場所が少ない。というのが、校舎内をくまなく見て回った感想だ。

 廊下の両端に階段があり、二階までは上がることが出来る。しかし別棟(教室ではなく講堂か体育館かも知れない)へ向かう渡り廊下へは出られなかったため、この細長い校舎の一部━━せいぜい五割程度が、行動可能範囲の全てだった。
 嫌な想像ではあるが、仮に何かが起こっても安心して身を隠せるような場所は存在しないと言っていい。

 幾つかの教室や小さなホールを除いた、ほとんどの場所が施錠されている。鍵のかかっている戸は窓や玄関と同じでどうやっても破れない。
 しかもどれだけ事態が長引くかわからない状況下、役に立つだろうと思われる物は皆、閉じられたドアの向こうに保管されていた。
 職員室と保健室だけでも開けられればと全員がかりで格闘してみたが、結局徒労に終わっている。

 こうなるともう、施錠されていない戸ならば開けられる、という事実を、せめてもの救いと思うべきなのかも知れなかった。
 子供の手の届く場所には子供が手にしていい程度のものしかない。当たり前と言えば当たり前の話なのだから。

「静かですね……」

 予想通り、どこにも人影は無い。チャイムが鳴ったのすら最初の一度だけだ。
 拍子抜けするほどに何のイベントも起こらない。クソゲーにもほどがあるだろう。

 それでも、まとわりつくような不快感を拭い去ることはできなかった。
 教室に入れば椅子があることはわかっているが、袋小路にいる気にはなれず、全員固まって廊下の半ばにへたり込んでいる。

「やっぱ携帯使えねーのが痛えよ」
「だね〜……」
「文明の利器は偉大だったのだよ……」

 遠征先で連絡もないまま行方不明。みんな心配しているだろうか。
 これから打ち上げに向かおうと盛り上がっていたのに、困っているだろう。慌てて探し回っているか……黒子がはぐれるのはいつもの事だと、もしかしたら呆れて先に帰ってしまっているかもしれない。電話がつながらないくらいの異変、「充電が切れたのだろう」で片づけてしまえる。
 ああでも、今大会の華たるキセキの世代が揃って消えているのだ。大きな騒ぎになっているのではないか。
 いや、閉会式も終わった後だ。旧友同士揃ってどこかへ行ったのだと、みんな得心しているかも知れない。
 いや……

 思考がぐるぐる巡ってまとまらない。
 疲れ果てていた。
 仲間と労い合って、家へ帰り、シャワーを浴びて、久々に晴れやかな気分で眠りにつくはずだったのに。
 何故こんなところにいるんだろうか。

 手に握り締めたままだった携帯を開き、何十回目か、仲間たちへのメールを送信する。誰か一人にでもいい。届いてくれれば。しかし希望は虚しく、送った数だけのエラー通知が返ってくる。

「せめてネットにでもつながれば、対処法の検索とかできるんスけ、ど……? うええ!!?」
「黄瀬? どうしたのだよ」
「つながるっス!」

 諦めきれないように弄っていた手の中のスマフォを見下ろしながら、興奮しきった声で黄瀬が叫ぶ。
 思いがけない言葉に、項垂れていた全員が一斉に顔を上げた。

「え、マジでネットつながるっスよ。やっぱここ電波入ってたんスか!?」

 言われて、慌てて検索画面を開く。適当な言葉を打ち込み検索ボタンを押せば、確かに何の障害も遅滞もなくなく拾われた結果が表示された。

「いや、やはり通話は駄目なのだよ……」
「黄瀬、お前ブログやってたよな。そっからSOS出せよ」
「あ、そっか! やってみるっス」

 黄瀬の肩にのし掛かり画面を覗き込む青峰に、弾んだ声が同意を返す。
 2人のやり取りを横目に見ながら、黒子は手早く意味のある言葉を打ち込んだ。

 『ウィンターカップ』『高校生』『行方不明』

 ヒットして欲しいような、欲しくないような。話題になるにしてもまだ早いか。いやでも、もうここに来て何時間も経っている。一人ならず、遠方から参加の生徒も消えているのだから……。
 まだニュースにはなっていないようだな、と、同じことを考えたらしい赤司が呟くが、諦めきれずに単語を変えては検索結果を追う。
 もしかしたら、自分達の不在に誰も気付いていない?
 それとも事件になっていないだけで、必死に探してくれているだろうか。

「クソッ、ダメか」
「意味わかんねっス……読み込みはちゃんとするし通信速度も遅くないのに、何で書き込みだけエラーなんスか!」
「黄瀬ちん、IDとかパスとか間違えてんじゃないのー」
「いちいちログアウトしてないっスよ」

 それはそうだ。そもそも、ログインされているから書き込み画面に進めるんだろう。
 頭の中でツッコミを入れつつ、黄瀬のブログを検索する。高校生モデルの肩書きに相応しい垢抜けたデザインの一番上に上がった記事は、WC最終戦への意気込みを明るく語るものだった。
 がんばってと励ましを送るコメントが大量にぶら下がっている。目の前にいると意識しないが、こうして見ればさすがに別世界の住人だ。

 最新記事のコメント入力画面に移動して、特に考えもせず『大会お疲れ様でした』と打ち込んだ。
 期待もせずに送信ボタンを押す。
 切り替わった画面に、黒子は目を丸くした。

「待ってください。コメント欄は書き込めますよ」
「マジっスか!?」
「これ、今僕が入れたコメントです」
「何だよ、こんな時にシステムエラーかよ……コメント欄で気づいてもらえるっスかね……。てか、本人認定してもらえんのコレ」

 ブツブツ言いながらも、黄瀬の名で『SOS! 知らない学校に閉じ込められてるっス! 誰かたすけてー!』という緊迫感があるのかないのか捉え難い文章を、慣れた手つきで素早く打ち込んでいく。
 期待を込めてその手元を覗き込んでいた面々は、切り替わった画面にがくりと肩を落とした。

「何でっスかー」
「自分のブログに嫌われるとは、どうしようもないのだよ」
「お前のスマフォが悪いんじゃねーの? テツ、黄瀬に携帯貸せよ」
「どうぞ」
「スマフォって使えないんだねー」
「オレの最新スマフォは出来る子っス。ガラケーには負けないっス。……て、あれ、ダメっスよ。やっぱりエラー出る」

 たかたかと同じ文面を打ち込んで投稿ボタンを押した黄瀬は、眉を垂れると切り替わった画面を皆の視線の中心に突き出した。
 投稿に失敗したというメッセージが、赤い文字で画面に表示されている。

「そんな、でも今……ほら、書き込めますよ」

 奪い返した携帯でもう一度思いつきの文面を打ち込む。『良い試合でしたね』 言葉は何の抵抗もなく画面に落ちて、コメント欄の一番上を飾った。
 先ほど黒子が入れたコメントの後には、既に同じような労いの書き込みが幾つか並んでいる。彼がどれほどファンに愛されているかがわかるようだ。

「テツならいいのか? お前黄瀬の代わりに書き込んでみろよ」
「はい……」

 言われるまま先ほど黄瀬が打ったのと同じ文面を打ち込む。切り替わった画面に表示された赤い文字に、黒子は目を見張った。
 ブログ主と同じ名前がいけないのかと試しに自分の名前で入力してみるが、やはり結果は変わらない。

「……弾かれる」
「どういうことなのだよ」
「僕が聞きたいです。同じように打ち込んでるだけなのに、SOSだけ投稿されない」
「オレらを閉じ込めてるヤツが邪魔してるってことー?」
「━━━━いや、多分違う」

 団子になって一つの携帯画面を覗き込んでいた5人は、不意に輪の外から差し挟まれた声に驚いて顔を上げた。
 二、三歩離れた位置で壁に背中を預け自分の携帯画面をいじっている赤司は、心無しか顔色が悪い。
 もともと取り乱す人ではないが、その顔はいっそ不気味な程に無表情だ。

「赤司、どうしたのだよ?」
「……認めたくはないが、僕らの身に起こっているのは超常現象だと認識するしかない。その上で、この状況と、今のテツヤと涼太の書き込みの差異が何であったのかを、僕なりに考えてみた」
「……助けを求めてはいけないということではないのか?」
「いや、これは憶測だが、もっと単純なことじゃないかな。……ほら、出来た」

 言いながら、何事か打ち込んだ画面をみんなの前に差し出してくる。
 黒子による書き込みの後には『6人一緒にいる。助けてください』という切実な言葉が並んでいた。
 投稿者の名前はたった一文字、『A』だ。赤司のA。

「ええ!? どうやったっスか!?」
「簡単なことだ。身分を明かしていない」
「んー? どういうことー?」

 更に覗き込もうと膝立ちでにじり寄ってきた紫原に携帯を押し付けて、赤司は立てた膝の間に顔を埋めた。
 気だるさを滲ませた溜め息は、現状を悲観するばかりのものではないだろう。うずくまりたいのは黒子も、恐らくは黄瀬と緑間も、同じだ。
 ゲームに出場していた4人は全力で試合をこなした後で、気力・体力ともに大きく削られている。健常な高校生である以上、空腹や眠気から逃れようのない時間帯でもある。

 まして彼は、リーダーとして在ることが骨の髄まで染みついてしまった、選ばれた人間なのだった。
 多少の焦りを見せはしたが、ほとんど狼狽える様子もなく、始終気を張り続けている。
 今となっては敵対する立場であるのに、全員をまとめ無事に帰るまで導くことを、義務のように感じているのだろう。
 座って気の抜けたところで一気に疲労感が噴出しても無理はない。

「寝ないでよ赤ちん〜……」
「ここで寝るほど豪気にはなれないな。━━━━恐らく、ルールがあるんだ。名乗ったり、自分しか使うことのできないアカウントを使用してはいけないんだと思う。ここは現実に存在している場所じゃないんだろう。閉じ込められている僕らもだ。実在しない者が他者に干渉するという矛盾を、何らかの働きが排除している」
「おい、ちょっと待て、赤司。オレらにも意味がわかるように言えよ」
「観念的な話だ。僕らは今現実の世界にいない。存在していないのに現実に干渉するほどの力を、一介の高校生が持つはずもない。だが、匿名での書き込みというのはそもそも、画面の向こうの存在があやふやだ。故に今の僕らのような曖昧な存在も許容される」

 早口に続けられた言葉に青峰と黄瀬は顔を見合わせ、紫原はがしがしと髪を掻き乱した。

「わっかんないってばー」
「個人を特定できる形で助けを求めることはできないと、それだけわかっていればいい。真太郎とテツヤは理解できただろう」
「……それが正解かどうかはわからんが、言いたいことはわかった。まあ、今のところ辻褄は合うのだよ……」

 らしくもなく説明を面倒がるような赤司の様子に、緑間は複雑な顔をする。
 現実主義の赤司が何を思って突然そんな持論を持ち出したのか、慮るのは難しかった。
 どちらかと言えば親しい友人だと思っているが、どれだけの時間を共に過ごしても彼という人間は難解だ。

「もー何なんスか……ちゃんとわからなくていいとか言われたってさあ……黒子っちー!」

 赤司と緑間、そして黒子の顔をぐるぐると視線で辿った黄瀬が、一番取っ付きやすいところを選んでか黒子に飛びついて来る。
 体ごと斜めになりながらそれを受け止めて、黒子は荒唐無稽なその説を、噛み砕いて唇に載せた。

「僕らは今、幽霊みたいなものだってことです。心霊特番とかよくやりますが、明確な現象を捉えられることなんてまずありませんし、実体験を伴って幽霊の存在を認めている人もそうはいないでしょう。実在するとしても、軽々しく人間の世界になんか干渉できるものじゃないからです。実体がないんだから当たり前です」

 実際のところ、こんなことに巻き込まれなければ黒子は不可思議な現象というものを信じていなかった。
 怪奇現象を怖いと思うのは、『いるのかも知れない』という漠然とした不安からだ。霊魂が存在すると信じているわけじゃないし、自分は幽霊が見える、なんて誰かに言われても懐疑的な目で見ただろう。
 色即是空、空即是色。そこに有っても形は無い、姿は失くとも確かに在る。
 自分達が今、そういう不確かな場所に閉じ込められて、あまつさえ同化させられているのだと、赤司はそう言っているのだ。

「よっぽど怖い悪霊とかならわかりませんが、ただの高校生に世界の法則を捻じ曲げるような力があるはずもない。だから僕達の名前では書き込めないし、電話やメールもできません。同じ次元に存在してないからです。幽霊から簡単に電話がかかってきたら現実崩壊です」

 文学脳でなければ、言葉の意味はわかっても話の意味はわからないに違いない。
 わかったところで空想の世界だ。現実のこととしては受け止め難い。

「でも、ウェブに載る匿名の書き込みというのは最初から書いている人間の存在があやふやなんです。極端な話をすれば、匿名掲示板に1つ2つ幽霊の書き込みが混じっていたところで見てる分にはわからないでしょう。実体が必要ない曖昧な場所だから、何の力もない僕らでも干渉できる。赤司君が言っているのはそういうことです」

 ですよね、と目で語りかける黒子に赤司は薄ら寒い微笑を返して、さすがはテツヤだ、わかりやすい、と上っ面だけの世辞を口にした。

 ああ、もしかしたら今この場で最も絶望しているのは彼なのかもしれない。

 黒子は頭の片隅で思う。
 頭が良すぎるというのは哀れだ。ここに来てから、赤司は必要最低限の事を口にする以外、始終黙り気味だった。
 誰よりも多くの可能性を考えて、誰よりも多くの打開策をシミュレートして、けれど何の糸口も見つけられないまま、最後には誰よりも深い考察を以て『どうにも出来ない』という現実を拾い上げてしまったのではないか。

 或いはいかにも正しいようなこの超科学的理論も、適当にそれらしい理由をでっち上げただけなのかもしれない。理由があれば、定まったルールがあれば、『何一つわからない』という究極の不安からは逃れられる。

 膝の間に額を埋めたままついには頭を抱えた赤司の手を、励ますように軽く握る。
 緩く握り返されたことにほっとした。同時に、気をつけてあげなければいけないと思った。
 他者に不安をぶちまけられるならいいが、赤司はきっと独りで追い詰められて塞いでいくタイプだ。こんな状況下にあっては多少人より賢いだけの高校生など無力と変わりないだろうに、無力であるという事実を彼自身が認められないでいる。
 仲間に縋ることも諦めて投げやりになることも出来ないのでは、遅かれ早かれ潰れてしまう。

「……なんかもう、それってつまりさあ……」

 2人の手の動きをじっと眺めていた黄瀬は、喉に詰まったような声でそれだけ搾り出すと、抱え込んだままの黒子の肩に顔を押し付けた。
 耳のすぐそばで「意味わかんね」と低い声が呟いて、ずず、とほんの微かに洟をすする音が続く。やめてほしい。釣られてしまいそうだ。

「オレらもう死んでるってこと?」
「それは極論だ。……だがまあ、考えたくはないが、可能性は否定できないのだよ」
「……冗談だろ……」
「緑間君、流されてないで否定してください。抓って痛みを感じる幽霊というのは違和感がありますよ。自分だけならともかく、みんなが幽霊だとは思いにくいです。というか、こんな生命力に満ちあふれた幽霊の団体様は嫌です」

 どんなに探していても誰にも見つけてもらえないかも知れない。それだけは受け止めなければいけない。
 だけど、まだ諦める段階じゃないはずだ。そこだけは譲りたくなくて、確信もないのに言い切る。
 思わずきつく握り締めた手を握り返したまま頭上から下ろして、「そうだな」と赤司も顔を上げた。

「僕も、その考え方には違和感を覚える」
「みんな死んでると言われるよりは『キセキと黒子の神隠し』のほうがしっくり来ます。おかしな場所に迷い込んで気がついたら体感よりずっと時間が経ってた……とか、映画なんかでよくありますよね」
「よくありますーって、おまえ、何を気楽によ……」
「一人でこの状況だったら5分で発狂ですが、まあ。仮に浦島太郎になっても皆さんが一緒ですから」

 それにこのメンバーで負ける気がしません、と殊更に平坦な口調で言えば、苦笑じみた複雑な沈黙が落ちる。
 確かにこのメンバーで敗北を見たことはただの一度もない。
 ただ、当たり前で無感動な勝利を甘受していたあの頃。みんなの心はてんでバラバラだったし、今のこの状況でバスケのスキルは何の価値も持たないだろう。
 根拠のない楽観論だ。
 それでも、落としどころのない悲観論よりはよっぽど、心に優しかった。

「ま、ボールがありゃ無敵だろうな。ねえけどな」
「無くてもこれだけ図体のでかい男が揃ってたら多少は心強いさ。か弱い女性が含まれていなかったことを喜ぼう」
「みんな一緒だって言ってもさー、どうすんの? 外出れないし助け呼べないし夜になるしおなかすいたー」
「そう言えば、気にする余裕もなかったが、ここに来てからずっと夕方ではないか? ……もうとっくに日が暮れていなければおかしいのだよ」
「少しずつ日が沈んでいっている気はしますし、時間の流れがおかしいんだと思います。書き込みしていて気づいたんですが、携帯の時計がほとんど進んでいません」
「うお、マジだ」
「どうせまだ持ってるんだろう。お菓子は温存しておけよ、敦。長期化するなら手持ちの食料が生命線だからな」
「え〜……?」

 一通り絶望して、動きたくなくなるほど落ち込んだ。
 しかしそうと思い出してみればやはり、ここにいるのは2年3年という時を共に過ごしたチームメイトだ。
 軽口を叩き始めれば自然に緊張がほぐれる。失いかけた余裕も僅かながらに戻ってくる。
 会話する声のトーンが上がったことにとりあえずはほっとして、最後にへたれモデルを振り仰いだ。

「黄瀬君、そろそろ離してもらえませんか。暑苦しいです」
「んん……」

 呻くような反応が返ってくるが、顔を上げる気配はない。
 他の誰かに聞こえたかはわからないが、ぐずっていたのを黒子には聞かれている。気恥ずかしいのかも知れない。
 ……いや、そんな殊勝な性格でもないか。

「疲れましたか?」
「んー、まあ、それなりに」
「足は大丈夫ですか」
「走り回ってるわけじゃないっスから。大丈夫っス」

 試合後は歩くのも辛そうな状態だったから、強がり半分だろう。
 だけど彼は、いや、彼らは、大丈夫だと言ったら最後まで大丈夫の姿勢を貫く人達だった。身体能力ばかりでキセキと呼ばれたわけではない。常に『勝つまで負けない』からこそ、その存在はキセキと呼ばれ、最強であり続けたのだ。
 黒子は彼らがただ天賦の才に甘えてここまできたのではないことを知っている。過剰な心配でせっかく発揮されている根性に水を差すべきじゃない。

 それ以上何も言わないことにして、「そうですか、じゃあ」と身をよじった。
 蒸すような熱気の中で、自分よりも大きな男に全身抱え込まれているというのは、何というか、もう言葉にならないほどに酷い。泣きっ面に優しさを発揮できているうちはいいが、落ち着いてからも継続するには地獄が過ぎる。
 それでなくても筋肉量の多い運動部、基礎体温から高いのだ。
 しかもイケメンのフレグランスをもあざ笑う汗臭さ。

「ちょっと、黄瀬君」
「オレ、黒子っち尊敬してるっス」
「なんですか急に」
「んー、すげーなぁと思って、色々」
「すごいのは赤司君です」
「いや、そうじゃなくて、うーん、色々。黒子っちなのにいっぱい喋ってたっスね」
「なのにって何ですか。必要な時くらい喋ります」
「うん、そうっスね。だからすげー」
「そうですか、じゃあもうそれでいいから離れてください。あらゆるものが吸われてます」

 本気で嫌がると、黄瀬はしぶしぶと肩から顔を上げた。離れるのかと思いきや頭に顎を乗せられて、心底げんなりする。
 多少の身長差があるとはいえさすがに辛い姿勢になるが、そんなこともお構いなしだ。

「帰ったら、みんなで一緒にバスケしようっス」

 文句を言うより先に頭上から誘いかけられて、毒気を抜かれる。黒子が返すより早く、『5対1な』という容赦のないイジメ予告と『疲れるからやだ』という本気の声が割り込んで、思わず笑った。
 そうだ。みんなで一緒に帰るのだ。