「で、日が暮れねーのはいいけど、どうすんだよ」
「何とか打開策を探そうにも、知識が足りないな……」
「図書室開いてなかったしね〜」
「開いてたって小学校の図書室じゃ役に立ちそうな本ないっしょ」
「赤司、お前京都に住んでんだろ。何かそういうの聞いたことねーの」
「京都に住む人間が全員拝み屋だとでも思っているのか。それを言うなら敦はミッション系だろう」
「礼拝堂行ってお祈りさせられるだけだし。幽霊から人間に戻る方法なんか知らねーし」
それはそうだ。普通の学校で次元迷子の対処法は教えない。
「無茶ぶりしすぎっスよ、青峰っち。……黒子っちは何してるんスか?」
会話に聞き耳を立てながら手元の携帯を操作していた黒子は、尋ねられて視線だけを上げた。
「ネットにはつながりますから、神隠しから戻った人の話でも落ちてないかなーと思って探してたんです。でも、体験談なんか見ても本当の話か作り話かすらよくわからないですね……緑間君はどうですか」
「似たようなものだが……黒子、このやたらと出てくる掲示板のまとめというのはどうなのだよ」
同じくネットから情報を得られないかと苦心していた緑間は、一瞬言い淀むと、ウェブ表示されたままの携帯を差し出してくる。
画面を覗き込んだ黒子は、何故それに思い至らなかったのかと膝を叩いた。
同じような画面ならいくつか見ていたのに、情報を追うのに必死で気づいていなかった。
「そうですよ。匿名で相談できる掲示板があるじゃないですか。緑間君、ナイスです」
「匿名掲示板、……そうか、くろちゃんねるか」
「今時の若者としては真っ先に浮かぶべきでした。人数がいても運動バカばっかりじゃ駄目ですね」
会話に混じりながら赤司が三人の間に体ごと割り込んで、青峰と紫原もそれに続いたために自然と6人の輪が出来る。
悪い影響を与えるコンテンツとしても名高いサイトではあるが、その匿名性、特定の事象に興味を持つ不特定多数へ質問を投げかけられるという気安さは、いかにもこの場に相応しかった。
「お前達、くろちゃんは使ったことがあるか?」
「まともに見るのも初めてなのだよ」
「パソコンなんか授業でしか触ったことねーし、ケータイはゲームくらいしかしねー」
「オレも〜」
「オレ事務所から閲覧禁止されてんスよね。純粋な評価も悪意ある中傷もごちゃまぜに落ちてるから、子供が興味本位で覗くとメンタルやられるって。黒子っちは?」
「スポーツ板をたまに眺めるくらいです」
「スポーツ板?」
試合の中継を見ながら清濁織り交ぜた感想を言い合うだけの場所だが、オブラートのない批評込みの解説は混ざらなくても見ていてほどほど楽しいし、時折はためになる情報も落ちてくる。
説明に興味を持った数名が今度見てみようと言い出すのには、子供が興味本位で覗くとメンタルをやられますよ、と二番煎じの忠告をしておいた。
抱いた興味はそこだけに留まるものでもない。純粋培養のスポーツバカ達に熱烈に勧めるべきツールでないのは自覚している。
「くろちゃんは巨大な掲示板サイトなんですが、中で細かくジャンル分けされていて、住民の皆さんもきっちりと住み分けしてます。同じくろちゃんの中でも板によって雰囲気は全然違うんです。この辺りのまとめは全部オカルト板ですね」
「うう……やっぱオカルトなんスね、これ……。ファンタジーが良かったっス……」
「ファンタジーもオカルトの範疇ですよ、大丈夫です」
「大丈夫の意味がわからないのだよ!」
はばからないビビリ二名の発言に紫原の胃が鳴る派手な音が被って、真顔を貫いていた赤司がふっと笑う。
一つの可能性は彼の肩をも軽くしたようだ。
余裕の戻った元主将の表情に、メンバーの強張りも僅かに解れたようだった。軽口を叩きながらも顔色を失ったままだった青峰は、特に変化が顕著だ。目に力が戻ってくる。
「ファンタジーで済んでいるうちに事を終わらせよう。掲示板は携帯からでも立てられるものなのか?」
「規制されていなければ立てられると思いますが、発言もほとんどしたことないので、立ててみたことないです」
「掲示板を作ったらすぐに人目に触れるものなのか」
「時刻が時計のままなら夕方ですし、年末年始休業の人も多い時期ですから、すぐにある程度の閲覧はあると思います。ただ、役に立つような反応があるかと言われると……」
「試すなら速やかにやってみるのだよ。こんなわけのわからない場所で夜明かしはごめんなのだよ」
「……出られなかったら、一晩中ここにいるんスよね……しかもめっちゃ時間引き伸ばされた状態で」
「…………」
「青峰っち、また顔色すっげえっスよ。結構怖がりっス?」
「否定する気力もねー。鳥肌どころか冷や汗止まらねーんだよ。家帰ってシャワー浴びてーな……」
実際のところ、怖がりだの何だの、そんなことで足がもつれるまでの影響は出ないだろう。閉じ込められている以外、何かが起こっているわけでもないのだ。
黒子自身何らかの気配を感じてはいるが、やたら人の気配がすると気にしているのも彼だ。霊感があるのかとも思ったが、これまでホラー映画を見ても怪談をしていても、そんな話が出たことはない。
感受性が強いのかも知れない。幼い子供の方が怪現象には遭いやすいと聞く。大分ひねくれはしたが、相対的に見れば一番子供っぽい純粋さを残しているのは彼だろう。
「━━━━立てましょう。だめなら早急に次の手を打たないと」
「この状況をどう説明するべきだろうね。場所もわからない、個人が特定出来るような情報も上げられない」
「そもそも内容がファンタスティックすぎます。怪奇現象に合ってるから助けて、ではいくら緊迫感を出しても釣りと思われて袋叩きが関の山です。情報を得るなら怪談や伝承、体験談で現状に近いものを教えて欲しい、というくらいから入るのがいいんじゃないでしょうか」
「なるほど」
言いながらも、深刻さを覆い隠した文面を打ち込んでいく。まずは最低条件と、情報を求めている、という程度の内容でいいだろう。
「立てられたら全員携帯から同じ画面を開いておけ」
「ああ? 電池無駄じゃねえ?」
「電話やメールが使えない以上、何かあったときの連絡ツールはこれしかないということだ。情報が得られなくても使えないということはない」
「何かってなに〜……」
この狭い場所で直接声をかけ合うこともできないような『何か』。可能性は確かに考えておかなければならないのかも知れないが、正直に言ってゾッとした。
独りだったら5分で気が狂う。口にした言葉は冗談でも何でもない。
「何か、だよ。念のためだ。電池は大丈夫か」
「オレは充電器も予備電池もあるっス」
「オレやばいかも〜。でも電池も減ってる様子なくねー?」
「会社同じですか? ガラケーなら僕充電器古いのと二つ持ってます。電池も」
「何でそんなに持っているのだよ」
「遠征だと一人二人は途中で電池切れたって騒ぎ出すので、一応」
「準備いーな。俺OK」
「あ、大丈夫、立ったっぽいっスよ!」
黒子が投稿準備をしている傍ら、オカルト板の一覧をリロードしていた黄瀬が、場違いにはしゃいだ声を上げる。
相変わらず背中に張り付いたまま、腕を叩く手がそのまま生地を握り締めるのを感じて、釣られるように手の中の携帯電話をぎゅっと握り締めた。
「これで、打開策が見つかるといいんですが……」
まだ何のレスもない真っ白な掲示板画面を見下ろして、一度大きく息を吸うと、意を決してリロードを押した。