黒子in海常
青々とした桜の木が風に揺れる。
昔から春の風物詩であり、入学式にはつきものであった花は地球温暖化の影響か、卒業式のお供になって久しい。
それでも清々しい新緑と心地好い気温は未来への期待感に溢れる新入生達を高揚させる。
ただ、1人を除いては。
「はあ」
ついため息が漏れてしまう。
ここに来るまでに何度も仕方ないことだと自分にいい聞かせ、納得したつもりだったがなかなか気分は切り替わってくれない。
新生活に胸を膨らませる新入生の中、どんよりとした気分でこの日を迎えた彼の名は黒子テツヤという。
普段、無表情に近いポーカーフェースな彼だが、不満が表情に滲んでいる。幸いにも異常にも思える存在感のなさのおかげで周りはそんな彼の様子には気づかない。
周りにお祭りムードに水をささなくてよかったと自分の影の薄さに感謝する。
学校自体が嫌なわけではない。
ここでは一番やりたいことが出来ないのが悲しいのだ。
嫌いで大好きなバスケを。
海常高校は神奈川県にある私立高校である。自由な校風と安定した進学率、そして最近力を入れはじめた部活動によって名前は県外に知られている。
ため息をつかれるような学校ではない。黒子もバスケのことさえなければ自分のレベルより少し高いこの学校に入れたことは喜べたかもしれない。
そう、彼は望んで海常高校の門をくぐったわけではない。くぐらざるを得なかったのだ。
黒子の第一志望の学校はもちろん海常ではなかった。自宅からも通いやすい都内の学校だ。
中学のある事件をきっかけにバスケから離れた。それでも捨てられなくて、嫌いになりきれなくて、黒子は高校でやり直すことを決めた。
逃げつづけるのは性に合わない。立ち向かわなければ後悔する。そう考えた彼は自分の目的に合う高校を必死に探し、見つけた。成績的にも安全圏で万が一が起きないかぎり大丈夫だろうと言われていた。
しかし、万が一が起きた。
完全に安全圏だったのと黒子のその学校への進学の意思が強かったのが災いした。
黒子は滑り止めを受験していなかったのだ。
このご時世中卒で最終学歴を終わらせるわけにはいかない。あわてふためく担任と両親に救いが現れた。海常高校の二次募集である。優秀な生徒を確保するために併願推薦を採用している海常高校に空きがでたということだった。二次募集のためか、重きが置かれるのは内申書で、試験の合格ラインは一般入試より少し下がる。そのため、本来ならば海常高校を受験するラインに達していない黒子でも合格できるだろうといったのは担任教師だった。
黒子は最初は拒否した。彼には明確に海常高校に行きたくない理由があった。しかし、本年度の二次募集のほかの学校のラインナップが残念だったことと母親の泣き落としに負けた。
そもそも自分の力を過信していた自分が悪かったのだ。
試験をパスし、無事高校生となることに喜ぶ周りと裏腹に黒子の気分は浮上しない。
海常高校でバスケは出来ない。
バスケ部がないわけではない。
むしろ全国屈指の強豪校だ。
学校が問題ではない。
そこにいる人間が問題なのだ。
全国大会常連の海常高校は今年スーパールーキーを獲得した。
10年に一人の天才が5人集まったキセキとも言える全中三連覇を達成したチームの一人。
帝光中キセキの世代。
黄瀬涼太。
黒子の中学時代のチームメイトだった。
(退屈・・)
海常高校バスケ部1年黄瀬涼太は口の中で欠伸を噛み殺した。
おおっぴらに欠伸をすれば先輩の蹴りが飛んでくることは予想出来た。いまは部活中なのだ。ハードな練習中に欠伸をするなどありえないと普通ならば思うだろう。
だが、海常高校バスケ部の練習は帝光中に比べると量、質ともに物足りない。なにより。
(わかっちゃーいたんスけどね)
すーっと体育館内を見遣る。そこに黄瀬の敵はいない。
帝光中ではこんなことはなかった。スタメンの中では黄瀬は一番下の扱いだった。彼等に追いつきたくて、抜かしたくて、練習も必死にやった。今まで他人に敵わないことなどなかったから、敵わないのが楽しかった。彼等に引き上げられて自分一人では辿り着けない場所に上ろうとしているのがわかった。
だが、すでにそこにいる彼等には退屈だったのだろう。
今の自分のように。
敵がいないつまらなさを黄瀬はよく知っている。本気になれない空虚感。楽しかったものがつまらなくなる落胆、喪失感。
だから高校は別々のところにいった。自分たちで本気で戦うために。
黄瀬が海常を選んだ理由は校風が自由なところだ。チームメイトはほかの強豪校と見劣りしなければいい。もともと戦力分析は苦手だ。
校風が自由な学校を選んだのはモデルの仕事を続けるためだ。部活一辺倒の学校にスポーツ推薦ではいっては許可されない。実際入学条件としていくつかの学校に提示したところ、難色を示された。
実はモデルの仕事に執着はあまりない。中学時代はバスケに夢中になり、かなり仕事はセーブしていた。だが、高校に入ったらそうはいかないことを黄瀬は本能で悟っていた。
モデルの仕事に執着はない。だが、あのプロの現場での緊張感は好きだ。部活で足りなくなったものを仕事が補ってくれるだろう。
といっても練習をサボっては彼等と対決したときに差が広がってしまう。部活で地力を上げつつ、気は仕事ではく。
いろいろツッコミたいところはある監督だが、やはりインターハイ常連校の監督は違う。そのあたりをうまい案配で配慮してくれている。退屈感は拭えないが、中学のときより自分の力が上がっているのはわかる。
期待していなかったチームメイトだが、実力はあるし、個性的で面白い。特別な黄瀬をまったく特別扱いしないところが嬉しい。このチームメイトと彼等と対決するのは楽しみだ。決して悪い状況ではない。悪くはないのだ。
それでも。
手の平を胸に当てる。
たまにここにすき間風が吹くような感覚を覚えるのは何故だろうか。
はあ。
知らずため息が零れた。