人理継続保障機関「フィニス・カルデア」
ここでは地球環境モデル「カルデアス」を観測することによって未来の凛類社会の存続を保障する事を目的とする機関である。現在は人類史に何者かが介入し人類史が焼却されるという未曽有の事態を解決するため、唯一のマスターである藤丸立夏とそのパートナーであるデミ・サーヴァント、マシュ・キリエライトを中心に各地で存在しないはずの特異点事象に介入し、人類史を修復している。
そんなカルデアの中で働くスタッフは、常に多忙を極めている。カルデアで働く技士、衛宮士郎もそのうちの一人だ。
衛宮士郎という青年の過去は非常に複雑である。なんでも魔術の師匠が並行世界に関する実験をしていたところ、当人の悪癖である『うっかり』が発動してしまいこの世界へとやって来たという。噂では、カルデアの所長であったマリスビリー・アムニスフィアが参加したとされていたものとは違う場所で行われた聖杯戦争に、一度だけサーヴァントのマスターとして参戦した事があるという。実際彼にはマスター候補として声が掛かった事があるというが、本人曰く『マスターよりはこっちの方が性に合っている』と自ら技術スタッフの道を選んだ変わり者だ。
「衛宮、ちょっと見てほしいものがあるんだが」
「分かった。すぐ行く」
黒と青緑の上着に白のスラックスといったカルデアの職員用の制服に身を包みながら、燈色の頭に琥珀の瞳を声が掛けられた方に向け、短く言葉を返す。
コツコツと足を忙しなく動かすと、向こう側に先程の声の人物と思わしき人影が見えた。
「悪い衛宮。昨日の午後に突然パソコンの電源が付かなくなってな……一応自分でも見てみたが、原因が分からなかったんだ」
カルデアの職員が持つ職場用のノートパソコンを手にした男性スタッフは、申し訳なさそうに士郎に差し渡す。それを見た士郎は「構わないよ」とパソコンを受け取り、様々な角度からパソコンを観察する。
「もしかしたら内部で何かあったのかもな。最近は特に忙しかったから、何処かの線が焼き切れたとか……持ち帰って見てみるよ。データのバックアップはとってあるか?」
「ありがとう衛宮! 恩に着るよ。データは常に外付けのハードディスクにコピーを取る様にしていたから大丈夫さ」
「ならデータは大丈夫だな。これぐらいお安い御用だよ。
じゃあ、一旦預かるな」
号泣しそうな勢いで士郎に濁音混りのお礼を言う男性に、頬を緩ませ微笑んだ士郎は、早速とばかりにカルデアの職員に与えられた部屋へと向かう。
(最近、精密機械の修理依頼が多いな。やっぱり『グランドオーダー』が発令されて、休む間もなく稼働している状態だからガタが出始めてきているのかもしれない)
衛宮士郎は技術部のスタッフの中でも特に修理関係の仕事を任せられることが多い。修理に関してのみ言えばカルデアの技術開発部部長であるレオナルド・ダ・ヴィンチもお墨付きを貰うほど腕が良いとされている。本人は過大評価と言うが、備品を直して貰ったスタッフは皆一様に「そんな事はない。衛宮の腕は確かだ」と絶賛されているのだから間違いないだろう。
そうでなくとも、衛宮士郎はついつい人からの物事を頼まれがちなところがある。それはカルデア内で唯一のマスターである藤丸にも似たようなものであるが、士郎の場合は人から頼まれたものは勿論、頼まれる前にやってくれる事が多いのだ。昨日壊れていたものが次の日には修理されている、徹夜明けで汚くなっていた中央制御室がいつの間にか綺麗になっている、何より夜通し頑張っているコフィン担当官のスタッフに時折差し入れをしてくれるのも彼だ。その姿を見たスタッフは、いつしか彼を『カルデアのブラウニー』と呼ぶようになった。
士郎は俯きながら手に持っているパソコンの故障原因の予想を幾つか立てつつどう修理するかプランを考えていると、後ろから士郎を追い抜き歩き去っていく人影が視界の端を過った。思わず顔を上げると、全身深緑を基調としたノースリーブタイプの上着を羽織り、緑のスラックスにベルト等の装飾を施した槍の戦士、目元の黒子が特徴の美貌を持つディルムッド・オディナが歩調を乱すことなく目の前を歩いていた。
「……こんな平然と、沢山のサーヴァントが歩いているなんて、ここに来た当初は想像もしなかったな」
士郎は尚も歩み続けるディルムッドを見ながら、カルデアに入った当初を思い出した。
かつて、あらゆる願いを叶えるという『聖杯』を巡り、七人のマスターが七騎のサーヴァントの内の一騎を召喚し戦い抜くという、魔術師同士の戦争が士郎の故郷である冬木の地で行われた。士郎は五度目の戦争に参加する事になったマスターの一人だった。そこでは色々な事があったけれど、当時共に戦ってくれたサーヴァント・セイバー、なんだかんだで協力してくれた友人であり魔術の師匠である遠坂凛のおかげで今の自分がここにいるといっても過言ではない。冬木の聖杯は既に汚染されて変容していたのもあって、最終的に士郎は勝利者でありながら聖杯を破壊するといった『棄権』の決断を下し、五度目の戦争は勝利者も聖杯も失った状態で終了した。聖杯を破壊してくれたセイバーとも、消滅という別れを果たし、士郎はセイバーと過ごした日々と自身の理想を胸に抱きながら、暫くは凛の弟子として魔術の総本山である時計塔のある倫敦で凛と共に過ごしていた。
そんなある日である。
『ちょっと実験を手伝ってもらえないかしら』
有無を言わせぬ物言いで頼みごとをしてきた凛に渋々了承し手伝う事にした士郎は、実験に必要な材料の代替品を投影魔術にて用意するといった、未だ武器以外の投影に手間取る士郎にとっては少々難関な手伝いをこなしながら、凛の実験結果を見守っていた。そこで、彼女の『うっかり』がつい顔を出してしまったのだ。
『あ、ここの材料間違えたわ』
サラリと彼女が恐ろしい事を呟いた瞬間、辺りが光に包まれた。そして次の瞬間、士郎は今までいた実験部屋とは全く異なる、けれど見慣れた冬木の地に立っていたのだ。
「なんでさ」
そこからは苦労の連続だった。自分が立っていた場所は自分の住んでいた世界とは別の並行世界にある冬木である事が分かった。そして日付も自分が把握しているものより約十年先のものになっていた。自身の知る常識が古い物となり、新たな常識が打ち立てられていく世の中に必死になって順応しながら元の世界へ戻る手段を探していたところ、辿り着いたのが『人理継続保障機関フィニス・カルデア』の存在だった。そこには過去や未来の星の状態を観測する事が出来るものが存在するこの機関ならば、何か手がかりがあるかもしれないと思い、そこにたまたま運良く技術部の職員のスカウトを受けることが出来、見事カルデアの入館を果たしたのだ。ただしそのスカウト、技術部の職員の他にカルデアのマスター候補のスカウトも同時にやっていたのだが、そこまで中枢に関わる気がなかった士郎は、そこで何か自分で出来る事をしながら手段を探せるスタッフの道を選んだ。
――なにより、士郎はセイバー以外のサーヴァントと召喚する気はなかった。
時を経て現在。二十代後半になった士郎は『グランドオーダー』が発令されているカルデアの技術部スタッフとして奔走しつつも、困ったスタッフの手助けをする毎日を送っていた。最近は徐々に数増やしつつあるサーヴァントと挨拶を交わしたり、人に頼まれたサーヴァント関係の仕事ついでに軽い雑談を交える事もある。聖杯戦争の経験や現在の上司がサーヴァントという事もあり、士郎はサーヴァントに対する接し方が職員の中でも上手な方だとよく言われるため、こうやってサーヴァントと関わる仕事が地味に増えているのが、最近の士郎の悩みの一つである。
「もし、セイバー達に会ったら気まずくなりそうだな」
そう思いながらも、士郎は今日も正義の味方志望として人の頼み事や仕事のためにカルデアを駆け回った。