「――解析、開始」
先程持ち帰ったノートパソコンを床に置いて胡坐を掻く。そしてパソコンに手をかざし、自室で馴染みの呪文を呟いた。魔術回路に魔力を通し、閉じた瞳の裏にパソコンの解析図を思い浮かべる(イメージする)。
(電源ユニットが故障している。冷却ファンに埃の詰まりを起こしてしまっているな。電源ユニットの交換と埃の詰まりを直せば――いや、幾つか怪しい所があるな。ついでにここも直すか)
瞳を閉じ、魔術回路に流していた魔力をオフへと切り替える。少しの間考え込んでから立ち上ると、士郎の自室に置いてある使われなくなった中古の備品達(ガラクタとも言う)の中から同じようなノートパソコンを探し出し、中身を分解する。
「確かこのパソコンと全く一緒の型だから、このパソコンの使える部品と交換してやれば暫く保つな」
愛用の工具の入った箱を持ちだして蓋を開けると、士郎は「よし」と意気込み修理のために手を動かした。
――一方その頃、カルデアのマスターである藤丸立夏は守護英霊召喚システム・フェイトを起動させる準備を進めていた。
「先輩、こちらの準備は整いました」
「ありがとう、マシュ」
藤丸の後輩的存在でありデミ・サーヴァントであるマシュ・キリエライトの手も借り、無事にシステムの起動準備が整った。藤丸は、新たな英霊との出会いに胸を膨らませながら、起動ボタンのスイッチに手を添える。
「それにしても、突然『サーヴァントを召喚するなら今しかない』と言い出してここまで準備しましたが、その発言の根拠はどこから来たんですか?」
マシュは、数分前に藤丸の突発的な発言と行動の理由を問おうと口を開くが、藤丸はその問いに言葉を濁らせる様に唸り始める。
「ううん……なんというか、直感スキルが発動した?」
「……先輩、資源は無限ではないからむやみに使うのは控えろとダヴィンチちゃんが言っていたのを忘れたのですか?」
「いや、覚えてるよ。うん。けど、今召喚すると凄い英霊がきそうだなって思ったらつい……」
てへ、といわんばかりに舌を出しながら笑みを浮かべる藤丸を心配そうにマシュは見つめる。本当に大丈夫なのかと視線で訴えられているが、なる様になるんじゃないかと楽観的な気持ちで、藤丸はボタンを押した。
システムが起動し、周囲が光で満ちていく。その光に虹色が含まれているのを確認し、藤丸は口角が自然と吊り上がった。次第に光が落ち着くと、部屋の中心に一騎のサーヴァントの影が現れる。
「――問おう。貴方が私のマスターか」
徐々に姿が露わになると共に、凛とした声が部屋中に響き渡る。
「あ、ああ……」
「サーヴァント・セイバー。召喚に応じ参上した。人類を救う戦いのため、マスターの剣として戦いましょう」
金色の髪を揺らし、青のドレスを装う女性のサーヴァントは、二コリと藤丸に微笑みを向けた。
******
「おーい、修理終わったぞ」
次の日。夜通し修理をしていた士郎は、無事に直ったパソコンを抱えて持ち主の元へ訪れる。
「ありがとう! 本当にありがとう衛宮! お礼はいつか必ず!」
「別にそこまでしてもらわなくても大丈夫だよ。俺の方も、何か分からない事があったら相談するかもしれないから、その時はよろしく頼むよ」
「そんなの礼になってない! せめて何か贈り物ぐらいはさせてくれ。そうじゃなきゃ俺の気が済まない」
「……分かった。そこまで言うなら大人しく受け取る。
そういえば、今日は職員達があちこちで話をしてるみたいだけど、俺が修理している間に何かあったのか?」
こちらへ向かう途中、士郎は廊下に留まり話をする職員達がコソコソと話をしている場面を何度か目にしていた。そのことを話題にあげると、男性は納得したように「ああ」と呟いて話を始めた。
「なんでも、藤丸の奴がサーヴァントを召喚したらしい」
「ああ、新しいサーヴァントが来たのか」
「そうそう。そのサーヴァントがとびっきりの奴だったんだよ!」
聞いて驚くなよ、と勿体ぶる口調で男性は話を続ける。男性は興奮した様子で、高らかに英霊の名前を口にした。
「なんと、かの聖剣『エクスカリバー』の持ち主であるアーサー王だったんだよ!」
士郎はその名を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
「……アーサー王?」
「ああ! 騎士王様だぜ騎士王! しかもかの王は女性だったんだよ!」
「……はあ」
士郎は放心に近い状態で相槌を打つ。
(アーサー王、ってことはもしかして――)
士郎の脳内に一人の女性が浮かび上がる。かつて共に戦ってくれたサーヴァント。傷つきながら戦う彼女、そして邸内で穏やかな笑みを浮かべる己のサーヴァントも、同じ『エクスカリバー』の持ち主だった。
「いや、まさかな」
士郎は小さく呟くと話もそこそこに、男性と別れて元来た道を辿る。
「いや、サーヴァントが覚えている訳ないか」
召喚されたサーヴァントは、その地での出来事を『記憶』として次に召喚された場所へと持ちだす事は滅多にない。セイバーは生前に世界と契約した影響もあり、前回召喚された戦争の事を自身の記憶として覚えていたが、聖杯戦争と償還方法が違うこのカルデアにおいても記憶の継承がされているとはあまり思えない。
「それでも、覚えていてくれたら嬉しい」
そもそも彼女と会う機会も話すきっかけもないと思うがと心内で呟くと、士郎は背伸びをしながら歩く足を止めなかった。
「そういえば昨夜夕飯を食べ損ねたな」
ふと、作業に没頭するあまり部屋から一歩も出なかった事実を思い出し、遅れて空腹を訴えるように腹部が少し切なくなった。
「久しぶりに何か作ろうか」
流石に自身の食事のために台所を取り仕切るライダーのサーヴァント・ブーディカの手を煩わせる訳にはいかないと、久々に台所に立てる高揚感に足取りを軽くしながら、頭の中は次第に軽食の献立でいっぱいになった。
******
食堂の出入り口の前へと辿り着くと、僅かに鼻腔を擽る食べ物の美味しそうな匂いに無意識に腹部を擦る。
「さてと」
匂いに釣られるがままに食堂の中へと足を踏み入れた。
――踏み入れた瞬間、遠くから声が聞こえた。
「シロウ!」
己の下の名前を呼ばれ、士郎は中途半端に後ろ足を止めてしまう。思わず声のした方向を向くと、そこには若干怒りを滲ませた表情のサーヴァント――かつて己のサーヴァントだったセイバーがそこに立っていた。
「シロウ! 何故あなたがここにいるのですか!?」
ツカツカとこちらに向かってくるセイバーに、思わず気圧されてしまった士郎は逃げるように食堂の中へと入る。
「何故逃げるのですかシロウ!」
一番奥に配置されていたテーブルの下に潜り込み、次第に近付くセイバーの怒声に士郎は身を縮ませる。
「ここにいるのは分かっているのです、シロウ!」
間をおかずにやってきたセイバーは、入った瞬間に大声で士郎に対し声を掛けたため、食堂で雑談を繰り広げていた職員やサーヴァント達の視線の視線が集中した。士郎はどうしたものかと机の下で考え込みながらこの場をやり過ごすために息を殺す。
「……シロウ。別に私はテーブルを破壊しても何も感じる者はないのですよ。例えその下に人がいようとも構いません。今すぐ姿を現わさなければ、食堂全ての机を我が剣を持って薙ぎ払いましょうか」
「それはやめてくださいセイバーさん!」
セイバーの脅迫じみた言葉に、士郎は思わず条件反射では机の下から身体を出して嘆願してしまった。
「……」
「……」
食堂に重苦しい沈黙が流れる。
「――とりあえず、俺の部屋に行こうか?」
「ええ。貴方とは積もる話がありますから」
ジトリとこちらを睨むセイバーに、士郎は心の中で白旗を振りながら自室へと案内した。
衛宮士郎に与えられた部屋の中で、セイバーは部屋に備え付けられていた備品と給湯ポットのお湯によって淹れられたコーヒーを口にしながら、士郎の現状に至るまでの話を聞いていた。
「……そういうわけで、俺は今カルデアの技士としてここに働いているんだ」
「成程。凛の実験に巻き込まれたとは……随分と苦労をしたのですね」
「まあ、聖杯戦争に比べればこれぐらい大したはことないさ」
「そうですか。では、もう一つ質問があります」
ニッコリと完璧といっても可笑しくない程の笑顔を向けるセイバーに、士郎は背筋が凍る思いで次の言葉を待ち構えた。
「――何故、私の事を避けたのですか。シロウ」
答え次第では容赦しないとばかりに威圧感を放つセイバーに、士郎はダラダラと冷汗が額から垂れ流していく。
「別に避けていた訳じゃないんだ。ただ、タイミングというかなんというか……今はマスターでもなんでもない、ただのスタッフでしかない俺が、セイバーにだけ積極的に声を掛けるのも変な話だろ? それに、セイバーは俺の事なんて忘れてるかもしれないと思うと……その……」
「……はあ」
呆れたような溜息を吐き、セイバーは改めて士郎と視線を合わせる。
「シロウ。今はマスターである藤丸と共に戦うと既に誓った身であります。ですが私はいつまでも貴方の剣である事には変わりありません。貴方が私の鞘であるように、私の剣は貴方と共にあるのです」
真剣な表情で言葉を紡ぐセイバーに、先程まで冷汗をながしていた士郎は一気に汗が吹き飛び、代わりに熱が顔に集中していく。
「セイバー……」
「ですから、ここにシロウがいた時はとても驚きました。貴方はてっきり、正義の味方として何処か知らない土地で活躍しているとばかり思っていたので」
先程は騎士王と呼ばれるにふさわしい言葉を紡いでいたはずなのに、次の瞬間には少女の様に士郎に笑みを向けるセイバーに、士郎は嬉しさや懐かしさと気まずい心境を誤魔化す様に、右の人差し指で頬を掻いた。
「確かにここに来る事がなければ、セイバーとはもう一生会う事はなかったんだろうな。セイバーの言う通り、正義の味方として各地を転々と渡り歩いていたかもしれない」
けれど、実際士郎はカルデアのスタッフ一人としてここに働いている。人類史が焼却されるという事態の解決のために、他のスタッフと共に協力して仕事をする。事態解決が結果として世界を救うというならば、士郎は正義の味方として喜んで手を貸すつもりである。だからこそ、このカルデアという狭い世界の中で、自分以外の他人のために動き回っているのだ。
「本当に、俺だけでは知る事さえ出来なかった世界だよ」
カルデアに入館するまでの出来事とスタッフとして働き始めてからの思い出を振り返りながら、今度は士郎がセイバーに笑顔を向ける。
「――藤丸の、カルデアのマスターの召喚に応えてくれてありがとう、セイバー。この人類焼却という事態を解決するために、どうかカルデアに力を貸してくれ」
「お任せを。この身は貴方と藤丸と共にあらんことを誓いましょう」
セイバーと士郎はクスクスと暫く笑い合うと「お腹が空いたから久しぶりに一緒にご飯でも食べようか」という士郎の発言を受けて、二人して食堂に向かう事にした。久しぶりに食べるであろう料理に心を弾ませるセイバーに、士郎は無意識に顔が緩んだ。
「ああ、そういえば。シロウに頼みたい事があるのです」
「なんだ、セイバー」
「『セイバー』はクラスの名前です。実際にここには数多の英霊が召喚され、クラスが重複しているサーヴァントも少なくありません。ですから、私の事は今後『アルトリア』と呼んでください」