오사무
ㅈ・治日の場合
「侑ツム、最近機嫌ええな」
「お、分かるか?翔陽くんとの速攻、めっちゃオモロいねん」
(日向も可哀想にな。侑ツムのオモチャにされんといいけど)
侑が日向を気に入っていることはすぐに分かった。そして侑が好きだと言うことは、自分も彼を気に入るであろうことも。
治はまだこの時、日向に対して侑に目をつけられた哀れな後輩としか思っていなかった。
宮治には双子の兄弟がいる。片割れである侑とは双子だからか好みが似ていた。もちろんすべての好みが同じわけではないが、根本的な好みが同じであった。
だから自分も日向の事を割とすぐに気に入った。
初めて日向に会った春高の試合で、すぐに小さなオレンジに目を奪われた。あの時はまるで飯を食うようにバレーをすると日向のことを表現したが、それは今でも健在だった。むしろその食欲は増し、更に貪欲にバレーを食らう。日向が美味そうにバレーを食うから、一緒にバレーをしているこちらの方もどんどん腹が減っていく。日向に引きずられているのを、否が応にも感じていた。侑と自分も大概バレー愛が激しいとは思うが、日向は愛を通り越してのバレー馬鹿だった。
日向はレギュラーではないからいつも試合に出ているわけではない。元々烏野では影山と組んでの速攻が脅威だったため、侑とも同様の速攻を使えるように練習することがメインとなっている。
本当に日向は身体の動きが軽い。試合形式の練習の時には、一歩踏み出すのが遅れてしまえばもう間に合わない。あのバネを活かしたブロックは突然出現するので何度も驚かされてしまう。そしてどこまでもボールを求めるあの眼。ケモノのようなギラギラした目に、背筋が凍りそうな思いをしたのは一度や二度ではない。喰い散らかす烏と評されるのは間違いではなかった。
しばらくした頃、侑が日向に向ける眼差しに変化があった。友人や仲間に向けるにはやけに熱量が多い気がする。何なのだろうかと思っていると、隣で休憩している時に侑がある話をしてきた。
「治サム、翔陽くんが何でウチに来たか知っとるか」
「ああ、なんや烏野のセッターやった影山を倒す、て言うてたな」
「せや。あの子は飛雄くんを必死になって追っかけとる。飛雄くんに自分を認めさせるんやて。めっちゃ健気やろ」
「へぇ〜。でも影山は日向のこと、認めてたんちゃうか。あないな連携するくらいなんやから」
「治サム、それ翔陽くんに言うなよ。お互い言葉が足らんくて擦れ違っとるみたいやけど、今の翔陽くんのセッターは俺や。あの子の中から、飛雄くんなんて消し飛ばしたる」
(あ、これは何やアカンやつや)
侑の宣言を聞いて、侑が日向を好きになったことを悟った。日向に向けていたあの眼差しは、もはや仲間へ向けるものではなかった。日向に対して仲間を超えた想いを侑が抱いたことで、治は何やら嫌な予感がした。自分はこれ以上、日向に深入りしてはいけないと。
(下手に近づいたら、俺も同じになってしまうかもしれん)
侑が好きなものは、自分も好きになってしまう可能性が高い。だからこれ以上、日向を好きになってはいけない。日向を侑と取り合うなんてしたくはない。
音楽や、食べ物だったら二人で共有出来たし、分け合うことも出来た。そして今までは実際にそれをしてきた。食べ物に関しては名前を書いておいても奪われることは多々あったが。
だが、好きな人は分け合うことなんて出来ない。
(でも、二人ばっかり仲良うなるなんてずるいやろ)
ずるいなんて思ってしまう自分がいることに驚きだった。まるで子供のようで。
自分だけ除け者にされてしまいそうで、寂しいと思っているのだろうか。侑を日向にとられてしまうから?それとも、日向を侑にとられてしまうから?
治の中に、答えは無かった。
そうだ、悪戯をしよう。
治はある日突然閃いた。侑と日向の二人が仲良くなるのを良く思わなかったため、少しだけ日向をからかってやろうと思ったのだ。
思い立った治はすぐに行動に移す。侑と同じ格好をして、髪型を隠して日向に近づき、驚かせてやろうとしたのだ。
今日は双子コーデで行こうと提案した治に、侑も軽い調子で乗って来た。双子であれば誰もがやるであろう入れ替わりは、宮兄弟も過去に何度も行ってきた。子供の頃は授業中に入れ替わったりして周りを振り回したものだ。
過去に侑と付き合っていた彼女達にも治は侑のフリをして近づいたことがあるが、誰も入れ替わったことに気が付かなかった。果たして日向は気付くだろうか。
「侑ツム、先に行って席とっといて。俺は日向呼んでくるわ」
「おー、ほな先行ってるわ」
侑と別れて日向を探す。元々今日の昼は一緒に食べようと声を掛けておいたので、少し探せば食堂付近で見慣れたオレンジが目に入った。
後は侑の様に声を掛ければ完璧だ。
「翔陽くんお待たせ。昼行こうや」
「あ、はい。全然待ってないんで大丈夫ですよ」
隣に並んで話しながら食堂へ向かうが、日向は特になんの反応も示さない。これは気付いていないな、と内心ほくそ笑む。さてどうやってからかおうか。食堂に着いた時に侑を見たら驚くだろうなと思っていたら、日向はこちらを不思議そうに見つめてきた。
「今日の治さんはなんか侑さんみたいですね」
「えっ」
「だっておれのこと名前で呼ぶし。今日はそういう日なんですか?」
「え、えっ!?ちょ、ちょい待ち。俺が治て何で分かったん!?」
「え?」
自分が治だと見抜いた日向に驚きすぎて変な声が出てしまった。何故分かったのだと問えば、日向は何故そんなことを問うのかと首を傾げた。
「だって治さんと侑さんは似てますけど違いますもん。そりゃ分かりますよ」
何でもないことのように日向は笑うが、治にとっては衝撃発言だった。だってそうだろう、自分と侑は見た目が瓜二つだ。髪の色や分け目で判断出来るが、今の自分はそれを隠しているのだ。混乱する治を置いて、日向はなおも続ける。
「そりゃあ入学したばっかの頃は分かんなかったですけど。一緒にプレーしてれば分かりますよ」
「そんな簡単なもんやないやろっ!?」
「えー?そうですかね?だってセッターの侑さんとスパイカーの治さんじゃ体格が違いますよ」
「た、体格?俺らそんなに違わんやろ。自分で言うのもあれやけど、俺と侑ツムめっちゃ似とるやん瓜二つや。親かて未だに間違う時あるで」
「違いますよ!絶対違います!」
治がどれほど侑と似ているかと主張しても、日向も己の主張を譲らない。二人の意見は平行線のまま、昼食を食べることになってしまった。日向が双子を見分けていると聞いた侑の機嫌が急上昇したのは言うまでもない。
見抜かれたことが悔しくて、治はその後も何度か侑のフリをして日向に近づいたが、日向には通用しなかった。何度侑のフリをしても、日向は自分が治だと見抜く。
「なあ、日向。何でなん?何で俺が治って分かるん」
「へ?またそれですか。何でって言われても、治さんと侑さんは違うって言ってるじゃないですか」
「せやかて俺と侑ツムはそっくりや。見抜ける方がおかしいわ」
「なんですかその理論。だから似てるけど違うって何度も言ってるでしょ。だって、治さんは治さんでしょ。他の誰でもない、宮治さん」
「……」
「ハハっ、何て顔してるんですか治さん。おれ変なこと言いました?」
日向の言葉に呆気にとられて、何も言うことが出来なかった。きっと自分は間抜けな顔をしているのだろう、日向が何て顔をしているのだと笑っている。それすらにも反応が出来なかった。
“治さんは治さんでしょ”
日向の言葉が自分の中にストンと落ちて、カチリと嵌まる。そんな感覚だった。
宮治には双子の兄弟がいる。侑とは生まれた時から一緒で、いつも侑とセットだった。侑といるのが日常であり、それが治にとっての“フツウ”だった。そのことに何の不満もないし、これからもきっと変わることの無い日常だ。
だが、自分を自分として認識してもらえているというのは、こんなにも嬉しく、気持ちの良いことだったのか。
「なあ日向。俺もお前のこと名前で呼んでええ?翔陽って」
「あ、はいっ!良いですよ!俺だって最初から治さんのこと名前で呼んでますし」
「まあ宮がもう一人おるから、それはしゃあないもんなあ。…なあ翔陽」
「はい、何ですか治さん」
「呼んでみただけや」
ああ、もう手遅れだ。深入りするのは止めようと決めていたのに。
「ちょっと!治さんでしょ、おれの額に落書きしたのは!!何てことしてくれてるんですか!?これ洗っても落ちないし!」
体育館に飛び込んできた日向は治を見つけるやいなや、その瞬発力で突っ込んできた。怒りで震える日向の額には、黒字で“治”と書いてあった。
ギャンギャンと吠える姿はまるで小型犬が猛獣に挑んでいるようでどこか微笑ましい。
「何で俺が犯人になるんや翔陽。証拠も無しに濡れ衣着せたらアカンで」
「治さんが書いたのを見た人がいるんですー!!何で自分の名前なんて書いてるんですか!」
「なんや、肉の方が良かったか?強うなれるかも分からんで」
「んなわけあるかーっ!!」
もう一回洗ってくる!と宣言して日向は嵐のように手洗い場へと去って行った。油性マジックで書いたので、そう簡単には落ちないだろう。どうして治と書いたかなど、理由は至ってシンプルだ。
「治、アレ、どういうつもりや」
「どうもこうも。俺のもんやっちゅう主張や。自分のもんには名前書いとかなアカンやろ、侑。俺も欲しいんや、アイツのこと」
「宣戦布告、ちゅうわけか」
「お前は名前書いといても人のモンに手え出すやろ。せやからこれくらいの主張で丁度ええんや」
お前には渡さないとでも言うように侑との間に見えない火花が散る。勝負はこれからだ。
(気付いた時にはあの子を自分のものにしたいと思うようになった)