아츠무



「ひ、日向翔陽です!宮城県烏野高校出身、ポジションはMBですっ!よろしくお願いしゃーっす!!」
「……マジで」

並んだ新入部員の中に、見たことのありすぎるオレンジがいると思っていたら、数年前に自分の中に強烈な印象を植え付けていった張本人だった。

「なあなあ、治サム。俺夢見てるんちゃうか。目の前にあの子がおるんやけど」
「起きながら寝るなんて器用やなあ侑ツム。…ちゃんと見い、現実や。俺にも見えてんで。烏野10番が」

挨拶が続く中、こっそりと隣に立つ片割れに問えば、夢ではないと答えがきた。横目に治を窺えば、驚きに開いた口が塞がらないようだった。自分ですらこんなに驚いているのだから当然と言えば当然の反応ではあったが。
思い返すは2年と少し前の春高。春高2回戦の稲荷崎高校と烏野高校の試合。戦う前は烏野の要注意人物はセッターの影山飛雄だけだと思っていた。だが実際はどうだ。いつの間にか目が離せなくなっていたのはオレンジの雛鳥。自分よりも頭一つ分は小さな存在だったはずなのに、とてつもなく大きな存在に見えた。
まるで羽でも生えているかのように軽やかに高く飛び、どこまでも走って底なしのスタミナを見せつけきた。
あの子の中には試合の勝ち負けよりも、何か別次元の想いがあるように見えた。とにかくバレーがしたい、そんなシンプルな欲求が。
トスが欲しい、トスを上げてくれと貪欲に求める姿に感じたのは恐怖だった。“おっかない”なんて感じたのは初めてだった。
あの時、コートの向こう側にいた日向が、目の前にいる。今度はコートのこちら側に、仲間として。

「なんやめっちゃオモロいやん」

日向とプレー出来ることを考えただけで、気分が高揚するのが分かる。心拍数が上がる。プレーする前からワクワクするなんて、一体いつ振りだろうか。
日向にトスを上げることが楽しみで仕方が無かった。



挨拶が終わるとすぐに、侑は日向のところへと駆けていった。

「翔陽くん久しぶりやな〜、ちゅうか俺のこと憶えとる?」
「い、稲荷崎のセッターの宮さん!!お久しぶりですっ!」
「俺のこと覚えてくれとるやなんて嬉しいなあ。せやけど、ホンマよくこの大学に来たなあ。翔陽くんと一緒にやれるなんて夢みたいや。あ、それと俺のことは名前で呼んでや。宮は治もおるからな」
「はいっ、えーと侑さん!これからヨロシクお願いします!」

日向が自分の名前を憶えていてくれた。しかも双子の片割れである治と間違えずに。たったそれだけのことがこんなにも嬉しいとは。
侑はまだこの時、日向に対して純粋な仲間意識しか持っていなかった。




入部したばかりの1年である日向が最初からレギュラー入りすることは難しい。しかも、烏野の速攻コンビとして日向と影山はそれなりに有名になっていた。日向の評価はセッターの影山ありきのものだったため、日向単体としては未熟さが目立ち、荒削りなところがある。試合をした当時と比べれば進歩はしているが、小柄な日向はパワー不足など不安要素も多かった。日向の最大の武器は影山との速攻であった。そして敵陣を惑わせ、かき乱す囮の役割。監督からも日向との速攻は影山と組んでいた時と同様のマイナス・テンポの速攻を使えるようにしたいとの指示が来ていた。
まずは互いを知るところから始めようと、侑は暇を見つけては日向に声をかけるようになった。練習中は日向の選手としての特長やプレーの癖などを時間をかけて探っていく。日向にとってどんなトスが一番良いのか、日向の飛び出すタイミングや打点、知りたいことは山ほどあった。そんな中、ふと気になっていたことを聞いてみた。

「なあなあ翔陽くん、前から気になってたんやけど。何でウチの大学に決めたん?あ、いや、来てくれたんはめっちゃ嬉しいで!ただ、飛雄くんと一緒のとこや思っとったから、何でかなー、て」

休憩中だった日向は、汗を拭く手を一旦止めて侑に視線を向けてきた。ちらりと寄こした視線はどこか翳りと言うか棘と言うか、日向にしては珍しく負の感情が滲み出ていた。唇を少し尖らせて不機嫌さが顕わになっている。
しばらくの間日向は返事をせず、口をもごもごと動かしながら侑を見ていたが、やがて静かに口を開いた。

「侑さんも、おれと影山はセットだと思ってますか?」

日向の言葉が重い。もしや自分は知らぬうちに地雷を踏んだだろうかと侑は少し焦る。だが質問に質問で返すなよと思いながらも、侑は素直に思ってことを口にした。

「うーん、セットっちゅうよりも相棒?見とって気持ちええくらいの速攻使つこてたし、コンビネーション抜群やったからなあ」
「おれは、影山を倒すためにここに来たんです」
「っ!!」

ギラついたケモノの目が侑を貫いた。試合中や日向の集中が高まった時に見られる鋭い視線が今、侑一人に向けられていた。日向の瞳の鋭さに、侑は「そうか」としか答えることが出来なかった。
好戦的な瞳に貫かれ、ネット越しに日向と対面したあの春高を思い出す。あの試合中に感じた快感にも似た何かが侑の背中を駆けた。





日向に俄然興味が湧いてきた頃、侑の元に影山から連絡が入った。ユースの練習で度々顔を会わせていた侑は春高の後に影山と連絡先を交換していた。はっきり言えばそれ程連絡をとっている訳ではない。最近では進学先は決めたのか、ウチの大学に来ないかと軽く勧誘した程度だった。しかも、影山から連絡を寄こすことはほとんどと言ってもいいほど無かった。そんな影山から連絡が来るなど、珍しいこともあるものだとアプリを起動してメッセージを開いた侑は自然と眉が寄った。

『日向が宮さんのところへ行っていませんか』

ただ一言。
日向の所在を確認する旨が記されていた。
こんなメッセージを寄こすくらいなのだから、影山は日向の所在を把握していないということになる。日向は進学先を影山に話していなかったのだろうか。
あれほどのコンビが、互いの進学先を知らないなど、一体何があったのだろうか。
疑問は次々と浮かぶが、侑の疑問に答えられる者はこの場にはいなかった。

(既読無視もあれやしなあ、とりあえず返事だけでもしとくか)

『飛雄くんから連絡なんて珍しいなあ、何かあったん?』
『いえ、知らないならいいんです。失礼しました』

それきり沈黙するアプリに、侑は深く追及するのが面倒になって影山とのやりとりを早々に切り上げた。日向と影山、二人の間に何があったのだろうか。これは本人に聞くしかない。





日向にいつ聞き出そうかと思案していると、思ったよりも早くそのタイミングは訪れた。
侑と治は日向をよく昼食に誘っていた。構内で見かけたときや約束を取り付けて食べることもあった。そしてたまたま、治が友人に呼ばれて席を立ったのだ。課題のことで呼ばれていったので、しばらくは戻ってこないだろうことは予測出来た。
二人きりの今、聞いてしまおうと侑は決断した。

「なあ翔陽くん。こないだ飛雄くんから連絡来たんやけど。翔陽くんが自分のとこ来てへんか言うて。…飛雄くんに大学のこと、話してへんの?」
「影山が、侑さんに?…っおれのこと、影山に話したんですか!?」
「いや、言うてへんよ。何か事情があったんとちゃうか思て、まだ言っとらん。翔陽くん、飛雄くんと何かあったん?無理に言わんでもええけど、俺心配やねん翔陽くんのこと」
「侑さん…」

影山の名前を出した途端に日向は激しく動揺した。やはり日向と影山の間に何かがあったことは明白だった。個人の事に深入りするのも気が引けるが、日向が精神的にポッキリ折れてしまっては元も子もない。事情を知ることはこれからバレーをしていく中で重要な事だと認識していた。

「影山には、おれがここにいるって言わないでください」

おれは影山を倒して、あいつにおれを認めさせてやりたいんです。
日向は辛そうに話し始めた。





春高で活躍した烏野高校バレー部は知名度が一気に上がった。ユース候補だった影山はもちろん、コンビを組んでいた日向にも注目は集まった。
日向には影山と一緒に大学に来ないかという誘いは何件か来ていた。わざわざスカウトが来るくらい、自分の力が認められたのだと日向は舞い上がった。
だが、現実は甘くなかった。
日向翔陽だけでは受け入れられない、と。
あくまでも影山と一緒であれば、というのが条件だったのだ。
もちろん日向は影山の実力を認めている。恐ろしいほどの正確なトスは、何度打っても気持ちのいいものだし、影山と組んでプレーすることは日向にとって喜びだった。
ただ、自分を見てくれないことが悔しかった。
日向が進学を悩んでいた時、ある大学のバレー部の監督から声がかかった。『宮侑と組んでみないか』と。日向の中に稲荷崎との戦いが甦った。突然の双子速攻、当時高校No.1と評価されていたあの宮侑と組むことが出来る。それが日向の心を動かした。
そして、進学を決定付けたのは相棒である影山の言葉だった。

『おい日向、お前結局どこに進学すんだよ。俺と同じとこに来るんだろ』
『…まだ決めてない』
『お前一人でどうすんだよ。お前は一人で何が出来る』

一人では何も出来ないくせに。そう言われている気がした。悔しくて悔しくて、日向は目の前が赤く染まった気がした。コンビを組んできた影山には、認めてもらえていると思っていたのに。
影山が自分を必要としてくれるなら共に歩みたいと思っていた。だが、影山にとって自分は精々使える駒の一つだったのだろうか。

『だからお前は俺と一緒に――』
『おれはっ!影山とは一緒に行かない』
『ハアッ!?おい、日向お前何言って…!!』

そして、日向は影山とのコンビを解消した。
影山とは別の大学に行くことを決意し、周囲にも進学先は教えなかった。日向の進学先を知っているのはバレー部顧問の武田とコーチの烏養だけだ。二人にも絶対に他人に教えないで欲しいと頼んでいる。あの二人は日向との約束を違えたりしない。
影山は最後まで日向の進学先を聞いてきたが、日向は一切答えなかった。そして卒業式当日、式を終えて卒業証書を受け取った日向は影山と対峙した。
思い返すのは中学で出場した最初で最後の試合の後。

『影山、おれはお前を倒す。一番長くコートに立ってるのはおれだ』

影山に宣戦布告し、宮兄弟のいる関西の大学へと進学して今に至る。結局、影山には最後まで進学先は教えなかった。



「ってなことがあって。おれも勢いでここに来たって感じはあります。…本当は、影山が一緒にバレーやろうって誘ってくれればおれは喜んで着いて行きました。だから、影山がいなくたっておれはやれる!って証明したいんです」
「ハァ―、そないなことがあったんか」

話してスッキリしたのか、日向の表情は晴れやかだった。
影山を倒すと言う決意の奥には、ただ倒すのではなく、自らを認めさせるのだという情熱があった。まるで、好きな相手に振り向いて欲しいと言っているようだった。

(なんや妬けるなあ。今は翔陽くんのセッターは俺やのに)

「話してくれてありがとな、翔陽くん」

礼の意を込めて頭を撫でれば、照れたように日向は笑顔を零した。

「俺のこと憶えててくれてありがとうな。それに、俺を選んでくれて」
「侑さんのこと、忘れるわけないですよ。あんなにすごいセッターなんですから」

日向からの称賛の言葉に心が弾む。この子にとってのセッターは自分でありたいという欲望がムクムクと急成長していくのを感じた。

「俺と居れば翔陽くんは最強や。一緒に飛雄くんを倒そうな」
「ハイッ!!」

日向に拳を向ければ、元気のよい返事とともに拳がコツンとぶつかった。





「あ、もしもし飛雄くん?久しぶりやねえ。今大丈夫か?」
『宮さん、どうしたんですか』
「この間連絡くれたやろ?あれの話や。…翔陽くん、ウチに居るで」
『っ!そう、ですか』
「なんや。あんまり驚いてへんな」
『アイツの中の選択肢から考えられる範囲内でしたから。日向は、俺を倒すって宣言してました。そうなれば、アイツが組むだろうセッターはそう多くないですから』
「翔陽くん、飛雄くん倒す言うて、意気込んどるで。ほんまに愛されとるなあ」
『アイツにとって一番のセッターは俺ですから』

やはりそうか。侑は影山にとっての日向が駒などではないと確信した。本当は影山も日向を求めていただろうことも。お互いがお互いを必要としていたはずなのに、ほんの少しのズレが大きな亀裂を生みだしてしまった。この好機を逃すような自分ではない。
日向からは影山に自分の所在については話さないで欲しいとは言われていたが、黙ってなどいられない。侑はどうしても日向の元相棒である影山に言いたいことがあった。

「そんな大事なセッターから見放されて、翔陽くん可哀想になあ。翔陽くんから聞いたで。お前一人で何が出来る、言うたんやってな。飛雄くんに自分はいらないんやてショック受け取った」
『俺は、そんなつもりで言ったわけじゃない!あいつはずっと俺を避けてて、俺の話を聞こうともしない』
「もう遅いで。飛雄くんがどんなつもりだったかなんて知りたくもないけどなあ、大事なんやったら手を離すべきやなかったな。素直に一緒にバレーやりたいて言うべきやった。もう、翔陽くんのセッターは俺や」
『っ!日向は、俺のところに戻って来ます。今は宮さんに貸すだけです』
「ハハッ、オモロいこと言うてくれるなあ。ま、いずれ公式戦で会うしな。楽しみに待っとって。俺のもんになった翔陽くんに会うのを、な」
『宮さん、何言って―――』

言うだけ言って侑はそのまま通話終了をタップした。
精々後悔すればいい。相思相愛など関係ない。日向には影山が日向を大切に想っていたことなど伝えるはずもなかった。
自分から飛び込んできた日向を逃がすつもりなど、毛頭ない。すぐに影山のトスなど忘れさせて、自分のトスに夢中にさせてやろうと心に決めた。
明日からが楽しみだと、侑は哂った。




(気付いた時にはあの子の隣を独占したいと思った)