日向in稲荷崎小ネタ。


最強の挑戦者と呼ばれる稲荷崎高校。全国大会常連の強豪校ともなれば、部員数も一般の高校とは比べるべくもない。稲荷崎もその例に漏れず、バレー部はレギュラー陣とベンチメンバーによる一軍と、その他の部員による二軍で構成されていた。そのバレー部で主将を務める北は基本一軍メンバーと共に練習をすることが大半だが、矢張り立場上二軍メンバーを監督する必要がある。故に練習の合間に隣の体育館で練習であったり、基礎トレーニングであったりを行っている二軍を見に行くことが習慣だった。
「…ん?」
そんな日々を送っていた北はふと体育館から飛び出してきた小さな影に目を瞬かせた。その小さな影はどうやら転がり出たボールを追いかけてきたらしく、お目当ての物を見つけると再び体育館へと駆け戻っていく。それが自身の後輩であることに気付いて北は足を止めた。
強豪校である稲荷崎では当然ながら新入部員も多い。そもそもスカウトで有望な選手を獲得してくるぐらいには学校を挙げてバレー部に力を入れているのだ。スカウトによる新入生は事前にデータを貰うこともあるが、そうでない新入部員は入部届程度しかデータが無い。故にまだ新たな年度が始まって間もないこの時期、新入部員全員の名前と顔が一致しない、ということはある意味当然のことではあった。
「日向、やったか」
記憶を浚えて思い出した名前。それなりの人数がいる中でも比較的スムーズに思い出せたのは日向が印象的だったからだろう。というのも彼はバレーという競技には一見不向きなほどに小柄だったからだ。幼い頃にテレビで見た選手に憧れてバレーを始めたという日向は、中学では満足な練習が出来なかったらしく技術は下の下。スタメン入りは正直難しそうだと聞いた覚えがある。それでも腐ることなく直向きに練習に取り組んでいるらしく、北が見に行くときも大概楽しそうに瞳を輝かせていたのを僅かに覚えていた。恐らく時間からして球拾いでもしていたのだろう。一応出入り口にはボールが飛び出たりしないようネットがあるものの、全てが防げるわけでもない。時には数百キロというスピードでボールが行き交うのだ。ネットの隙間を潜り抜けてしまうことは間々ある。
いつもとは順番が異なるが先に二軍の体育館を覗いていくのも良いだろう、と北は止めていた足を動かし始めた。
そうしてネットを潜る間際目に飛び込んできた光景に北は再び足を止めていた。


「最近北さんなんや変やないか?」
そんな問いを発したのは高校ナンバーワンセッターの名を頂く宮侑。自主練の合間の休憩中、それぞれが汗を拭いたりスクイズボトルを探したりしている最中の言葉に、自主練に付き合っていた双子の片割れである治と銀島、角名ははてそうだろうかと首を傾げる。元より高三とは思えぬほど隙の無い北だ。もし体調に異変があれば理由を説明して休むだろうし、特にそう言った話を聞いた覚えもない。気のせいやないか、という治の言葉に侑は首を振った。
「なんや楽しそうやん。楽しそうちゅうかふわふわしとる?」
「ふわふわ…?」
「北さんから一番遠い言葉じゃん」
「ふわふわて。北さんがか?」
その場にいる全員が思わず眉を寄せてしまうが、侑は頭を掻いて言葉を探しあぐねている様子だ。どうやら丁度いい言葉が見つからないのだろう。両手をわきわきさせている。
「―っ、ともかく変やねん!」
「お前の思い違いちゃうか」
「それにそうだとしても別にこっちに影響あるわけじゃないし」
「なんやお前ら気にならんのか!? あの北さんがやぞ!?」
「あぁでも最近自主練の終わり辺りによく二軍の方見に行ってるよね」
角名の言葉に確かに、と頷きが返る。元より主将である北は自身の練習の合間に二軍の練習を見に行くのが習慣だった。しかしそれは基本部活の時間帯が主であり、自主練の時間は帰宅を促す場合であったり、何かしらの用事がある場合を除いてはあまり口出しをすることはない。にも拘わらずここ最近必ずと言っていいほど二軍の体育館へと顔を出している。何かしら理由があるのだろうが、この場にいるメンバーには皆目見当もつかない。必要があればいずれ説明があるだろう。そんな結論に落ち着いた頃、渦中の人物が姿を現した。
「侑」
「はいッ!?」
「ちょおトス上げたってくれんか」
「へ…?」
突如響いた声に侑の背筋が伸びた。しかし続く言葉に訝し気に眉を寄せる。トスを上げるも何も、一緒に自主練をしていればそれは当たり前のことだ。それを態々頼んでくるということは、スパイク練習がしたいということだろうか。北のポジションはウイングスパイカー。ポジションからすれば別におかしなことではないが、先程北は上げてやって欲しいと言ったのだ。自身の練習であれば上げてくれと言うだろう。どういうことかとその言葉の真意を探るように全員が北を見つめていれば、当人は先程入って来た戸口へと視線を向けていた。
「日向、こっち来ぃや。別に取って喰われたりせぇへんから」
「で、でも…」
「えぇからおいで」
いつになく優しい声音にびしりと二年生たちの表情が固まった。え、今の北さんの声やんなと思わず顔を見合わせる。そしてそんな声音を出させた張本人はと言えば、ネットの向こうからおずおずと出てきた小柄な少年だった。北と並んでも十センチは小さい。バレー部だけではなく、高校生男子としても小柄に分類されるだろう身長だ。
「北さん、トス上げぇ言うんはこいつにっちゅうことです?」
「せや」
「そいつ二軍やないすか」
心底不満だとありありと顔に浮かべた侑に、日向と言われた少年の肩が小さく跳ねる。侑はセッターとしての腕はピカイチだが、人間性は人格ポンコツ野郎とまで言われる程だ。しかも毒舌家なので萎縮してしまうのも頷ける。新人が入って間もない頃に治と盛大な喧嘩をしたこともあるので、恐らくそれを目撃したのだろう。
「それでもや。自主練やし一回ぐらいええやろ」
「……北さんが言うなら」
渋々と言った様子で侑が腰を上げる。ついでに残る三名にもブロックに飛ぶよう声が掛かり、其々が位置に付く。緊張した面持ちでコートに入った日向を北が手招いた。
「日向、思い切り飛び。トスに合わせんでええ」
「でもそれだと打てないんじゃ」
「そこはウチのセッターを信じときや」
はい、と頷きを返した日向が位置に付いた。それを一瞥に侑は眉を寄せる。コートに入る直前、日向をよく見ておけと言われたものの、正直侑には単なるチビにしか思えなかった。そのチビに何故北が目を掛けているのか理解できない。それでもトスを上げてみれば分かるのだろう、とネット際に立つ。
上げるトスはオープン。当然ブロックもそこに合わせて飛ぶことになる。ブロックは銀島、角名、治の三枚だ。このブロックを打ち抜ける者は早々いないだろう。
「ほないくで」
その掛け声と同時、北がボールを投げた。緩やかな放物線を描いたボールが侑の頭上へと差し掛かる。落ちてくるボールを見つめ、セットの為にいつものように構えた瞬間、空気が巻き上げられた。え、と思わず小さな声が零れる。
指に掛かるボールの重み。習慣がいつも通り十本の指で最善の場所へとボールを送り出す。
どん、と音がしてボールがコートを叩いた。
跳ねたボールが音を響かせる。その段になってブロック役の三人が呆然とボールの軌跡を追った。そしてトスを上げた侑も愕然とその小さな少年を見つめる。
トスを上げるより先に、その小さな体は宙を飛んでいた。跳躍ではない。まさにその背に翼があるかのような錯覚を覚える程に、日向は飛んでいたのだ。そしてトスを上げた次の瞬間、ブロックが反応することも出来ない速度でスパイクが決まっていた。
「きっ、決まりました!えっ、すげぇ!なんで!?」
「ふふ、打ったん日向やろ」
「でもでも!トスがシュッて!すげぇピッタリなとこきて!」
興奮も露わに北に駆け寄る日向。そんな日向に珍しく笑みを浮かべて頭を撫でる北。そしてそんな光景を呆然と眺めていた四人は。
「なんやねんお前!!」
声を揃えてその小さな少年に詰め寄った。