◇ 10 ◇
――2日目 15:13
ガシャンと音を鳴らして、黒い液体が宙を舞った。
「お客様、大丈夫ですか?」
音がなったことで慌てて駆け寄った店員は、男の足元に広がった黒い液体――このカフェオリジナルブレンドのアイスコーヒーだ――をすぐさま拭い始める。幸いそのコーヒーが男の衣服を汚すことはなく、床を掃除するだけで店員の仕事は終わった。
「新しいものお持ちしますね」
そう告げて、床に落下したことでひびが入ってしまったコップと拭き掃除に使用した雑巾を手に、店員はカウンター奥へと姿を消した。
一方、コーヒーを落とした男は店員に目も向けず、ただ一点だけを注視している。
視線の先にあるのは、携帯画面に映し出されたテレビニュースだ。音はイヤホンで聞いており、外には一切流れていない。
「お待たせしました」
先ほどの店員が同じアイスコーヒーを手に、男の元へと戻ってきた。なるべく音が鳴らないように気を使ってテーブルに乗せると、会釈してカウンターに戻る。
(どういうことだ……!)
男は激昂していた。配慮してくれた店員に気づかぬほどに、怒りに意識が飲みこまれていた。
彼が見ているニュースは、仙台市内で起こったという傷害事件の続報を伝えるものだった。速報、という形でニュースになったのが早朝のこと。事件が発生したのは前日の夜だったので、事件の概要を伝えるための最低限の情報しか流れていなかった。
それが昼を過ぎ、ニュース内容は多少情報を増やしたらしい。現場近くでのインタビューや航空映像などが増えている。その映像に、男は見覚えがあった。
(ちゃんと指示通りに殺したんじゃないのか?)
怒りのせいか、手がわなわなと震え始める。新たに運ばれてきたコーヒーにも、ともに注文していたクラブハウスサンドにも一切手をつけず、ただ食い入るように携帯画面を見つめた。
男は相当に焦っている。理由は言わずもがな、このニュースを見たからだ。
彼にとってその現場で発見された高校生――六宮雅輝という名の少年――は、昨晩のうちに命を落としたはずの存在だった。それがどういうわけか、かろうじて生きているというではないか。
(なんで生きている、なんで……!)
他人が見たら悲鳴をあげてしまうであろう凶悪な顔つきで画面を見る彼からは、狂気に似た異常性が滲み出している。
(くそ、どうすれば……)
コーヒーに入れられた氷がからんと軽やかな音を奏でるのと同時に、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませー……あ」
店員は扉の前に立つ相手に挨拶をし、何かに気づいたように小さく声を漏らした後、にこやかに微笑んだ。
「久しぶりね、木下君。いらっしゃい。隣の可愛い子は、彼女かしら?」