エピローグ〜黎明〜
――5日目 10:29
宮城県立烏野高等学校。第二体育館。
日向の誘拐を皮切りに発生した事件が解決した翌日。その渦中にいた烏野バレー部の面々。そして、青葉城西の4人がこの場に集まり。
――正座させられていた。
「うぅ……足痺れてきた……」
「なんで俺たちまでぇ……烏野じゃないよ俺たち……」
「あああ足の感覚完璧に消えたっ!」
「体重重たいから痺れるのも早かったんだな旭」
「そういうスガさんも結構プルプルしてますよ」
「仕方ないだろ田中。……これ始まってもう1時間経つんだから……」
体育館の硬い床の上で、時期柄短パンのまま正座を余儀なくされる面々。
その前に仁王立ちするのは、普段の悪人面をより一層凶悪にした烏養繋心だ。彼に聞こえないようにこそこそと話しているつもりかもしれないが、存外声は彼の耳に届いてるはずだ。
なにせ、烏養より後方に立っている武田と川西にも、その小声の会話は聞こえているのだから。
「ああ、烏養君怒ってますねえ……」
眉尻を下げて苦笑する。だが、武田にも烏養の気持ちは手に取るように分かったので、止める気は毛頭なかった。大体、普段の練習においても彼らに何かを言い指導するのは彼の仕事だ。任せておいて問題ないだろう。
「……おーし、おまえら。今なんで正座してんのか、分かってんな?」
「ぅあい」
足がしびれてまともに顔も上げられないのだろうか。返事にも覇気がない。
わずかな身じろぎでも足がしびれを訴えるせいで、幾人の目には薄く涙の膜が張られている。
「ずいぶんと、危ねえ真似したみたいだなぁ? しかも日付が変わっちまうような遅ーい時間までふらふらと外出歩いてたとか……」
「……はい」
普段よりワントーン低い声で話していた言葉を一度きり、大きく息を吸う烏養。その後ろで、武田は逆に溜め息を吐いた。
「タバコも酒も18禁ものだって買えねえガキどもが! 何してやがる!」
「烏養君、烏養君。そこは別に指摘しなくていいところですよー」
「えっ! 18歳になったら18禁買えるんじゃないんすかっ?」
「学生のうちは無理だよっていうか、清水先輩もやっちゃんもいる前で反応するなよバカども」
田中と西谷の間にいた縁下が2人の頭を同時に小突いた。その衝撃でしびれた足に痛みでもあったのか、2人が同時に呻き声をあげる。
おほん、と烏養がわざとらしく咳払いをして、全員の顔を順番に見るように首を動かした。
「ったくよー、夜遅くに先生から連絡貰った時は何事かと思ったわ。誘拐されたってのもだけど、その現場にお前らが全員揃ってるとか。加えてお前らの家族からもまだ帰ってないって連絡がわんさか来てるとか言われてよ」
昨夜遅く、武田のもとに一本の電話が入った。相手は今隣に立つ川西で、内容を要約すると、事件現場に烏野バレー部と青葉城西の4名がいる。誘拐された影山を助けに行ったという事情もその時に聞かされた。
彼には、事情が事情だけにあまり怒らないでやって欲しいと言われたが、それとこれとはまた別問題なのだ。それが、大人の責任なのだから。
「いいか。確かにお前らはもう大抵のことは1人で出来るし、いざとなりゃ今から1人で生活しろって言ってもどうにかなるだろう。けど、まだまだガキであることに変わりはない」
怒りをそのままぶつけないように、都度息を吐きながら言葉を選ぶようにして話す。彼らを怒ってはいけない。大人である2人が今しなければならないことは、諭すこと。叱ることだ。決して感情任せの言葉を紡いではいけない。
目の前で正座している子供たちの成長を願い、促すためには、怒りで言葉を発してはいけないのだ。
「あんま危ない真似はすんな。もっと大人を頼れ! 今回はちゃんと警察にも連絡してたし、怪我人もいなかったから、あんま説教垂れる気はないがな……ホント心配したんだからな」
「……すみませんでした」
「先生もなんかあんだろ? 話したいこと」
顔だけを後ろに向け、武田を見る。急に話を振られたことで一瞬呆けてしまったが、すぐ取り繕った。
「殆ど烏養君が話してくれたんで、あんまりないんですけど……」
改めて、全員の顔を見る。
毎日この体育館で練習し、ともに全国の舞台を目指す仲間の危機に駆け付けた。青葉城西の及川たちは、全国への1枠をかけて戦うライバルではあるが、同じバレーをやる仲間であることに変わりはない。特にこの4人は、影山の元同輩と先輩だ。彼の危機に駆け付けてくれたことには非常に感謝している。
仲間を信じ、ボールを繋ぐバレーで紡がれた縁。彼らのお陰で、誰も怪我人もなく無事に収束した。一刻を争う事態で、武田たちにまで連絡する余裕がなかったことは分かる。
だが肝心なところで、力になれなかったことに歯がゆい思いをしているのもまた、事実だった。
「仲間のために、危険を顧みず行動出来たことは素晴らしいことです。でも、君たちの身に何かあったら悲しむ人たちがいることも、絶対に忘れないでください。今回、僕は多分10年くらい寿命が縮まりました」
「すみません!」
「君たちのご家族も相当心配していましたから、ちゃんと謝って、お礼も言ってくださいね」
「おーっし、んじゃあ練習始める前に、勝手な事して心配かけさせた罰として外周10周してこい! マネージャーは普段走ってないから1周な!」
「えっ、俺たちもですかっ?」
「青城の監督から許可はもらってる! 行ってこい!」
「うそっ! あーもう! 飛雄なんか助けにいくんじゃなかった!」
「お前影山を助けるって点じゃなにもしてねえだろ。国見と金田一のおかげではあるけどな」
「……ありがと、な。2人とも」
「っ影山がお礼言った……?」
「いだあああ立てねええ!」
「ちょっ人使って掴まり立ちしようとすんな田中!」
「足っ、足の感覚無いです足首ぐにゃってなる!」
「早く行くぞ! 今日曇りだしそこまで辛くないはずだから!」
「って言っても大地さん! 曇りでも最高気温33度って言ってましたよテレビ!」
「ほら旭さん! 立って! 走らないと終わりませんよ!」
「待って西谷、触んないでしびれ切れてるから!」
「よーっしゃ! めっちゃ触ったれ西谷ー!」
「先輩、立てません……!」
「仁花ちゃん足出して、痺れるけど揉めばすぐ治るから」
「うああまだジンジンする!」
「ほら月島、山口! 早く行くぞ!」
「ちょ、日向なんでそんな元気なのっ? 痺れてないの?」
ぎゃあぎゃあとやかましく、しびれが切れた足を懸命に動かしながら1人、また1人と外へと向かった。その後ろ姿を眺め、小さく笑う。
「川西さん、色々とありがとうございました。ご迷惑もいっぱいおかけしたでしょうが」
「いいえ、助けられっぱなしでした。怪我人を出さないで犯人逮捕出来たのは間違いなく、彼らのおかげですよ。そういえば、不法侵入のことはお咎めなしなので、ご安心を」
その言葉に烏養と2人、苦笑した。
「犯人の女性、どうなるんでしょうか?」
「実刑は免れないでしょうが、過程はともかくも重犯罪者の証拠を掴み、炙りだしたことが評価されるかもしれない、なんて話が出始めてて」
「そんなことあるんですか?」
「証拠がつかめなくて苦戦してた事件の解決に、大きく踏み出すことが出来そうとかで」
「川西さん! よかった、まだいた!」
額に汗をにじませた日向と影山が、体育館入口からひょいと顔をのぞかせる。2人の姿を目にとめた川西だけは仰天していた。こんな短時間で1周してきたというのか、と問いかけると、元気のいい返事が返ってくる。
「それで、高橋さんに伝言、お願いしたくって! いいですか?」
「いいよ、なに?」
問われると、榛色と紺青色の瞳がそれぞれに輝く。そうして同時に息を吸い込んだ。
「俺たち、絶対全国行くんで! だから、見ててくださいって、伝えてください!」
声をそろえてそれだけ伝えると、2人は一礼して再び外へと走り出す。
1つ啼いた烏が、空高く飛び去った。
――古兵に栄光あれ。