# 01

「誰が誰だかわかんなかったら、服の色を書いても大丈夫でーす! あ、ハーイ! 今そっちも行きまーす!」

 ズンズンと腹の底を叩くような音楽とファンの歓声。
 溢れんばかりの賑わいの中を、日向は投票箱を抱えて走り回っていた。
 2018年、秋晴れの本日。
 MSBYブラックジャッカルの面々は本拠地近くにある遊園地にて年に一度のファン大感謝祭を行っており、今はプログラムの中でも目玉である人気投票を兼ねたダンスパフォーマンスの真っ最中であった。

「投票ありがとうございます!」

 ファンの人に投票用紙を入れてもらい、日向はペコリと頭を下げた。日向も立派にMSBYの選手なのだが、なにぶん数か月前に入団したばかりなので人気投票はお留守番である。

「試合楽しみしてるよ、頑張ってね!」
「! アザッス! 頑張ります!」
 
 投票してくれた壮年の男性が日向に言う。日向は一層顔を明るくさせて、もう一度元気よく頭を下げた。自己紹介での日向の師匠、木兎光太郎の機転もあってか、日本での知名度がないに等しい日向にもMSBYのファンは優しかった。
 えっとあと回収してないのどこだ?
 きょろきょろと左右を見渡していると、一緒に回収係をしていたスタッフが「日向くん!」と駆け寄ってきた。

「高校時代から日向くんのファンって人たちがいて、あそこの二人」

 日向の耳元で叫ぶように言うスタッフの指の先には、物販で売っている日向のユニフォームレプリカを着た二人組の女性がいた。日向よりは年上だろう二人は、ステージに見向きもせずこちらをじっと見ている。
 スタッフが日向の背中を押した。

「票回収するついでにファンサービスしておいで」
「ふぁ、ファンサービス!? 俺そんなことしたことないですっ!」
「これから嫌でもするようになるんだから経験経験。ほら行ってらっしゃい!」

 そう押し出された勢いで、とりあえず日向は彼女たちの元に走り出す。
 エッ!? でもこの後どうしたら!?
 リオでビーチをしてた時もファンらしいものはいたが、みんな気軽に話しかけてきてくれたし、ファンていうより友達みたいな感じだった。ので、そんなファンサービスなんて、芸能人みたいな扱いをされても困りますけど!
 なんて戸惑っているうちに二人の目の前まで来てしまい、

「うえぇ―—!?」

 突然泣き出した彼女たちに日向はそんな悲鳴を上げ、慌てて手をうろうろさせた。

「だ、大丈夫ですか? え! ど、どえっ!?」
「ず、ずみまぜん、うでじずぎでぇぇ」
「バレー高校でやめちゃっだど思っでまじだぁ」

 そして彼女たちは涙ながらに語った。
 日向が高校一年生の時、稲荷崎高校との試合を見てからのファンなのだと。それからの試合は地方大会も含めて全部見に行っていたのだと。大学や下位リーグのチームのどこにも名前がなくて人生絶望していたのだと。ムスビィに入ったと知った時は神に感謝して有休をとり、二人で祝杯をあげたらしい。
 俄かには信じられず、日向は「影山と勘違いしてませんか……?」と聞いたが、もはや言葉尻に噛みつく勢いで「絶対ないです」「違います」と答えが帰って来た。勢いが強すぎて、ちょっとビビってしまったのは秘密である。

「あのっ、サインいただけますか……!」
「午前の部、日向選手いなくて絶望してて」
「……! 俺のサイン!」

 日向は投票箱を一旦おいて、彼女たちが出したもう一枚のレプリカユニを受け取った。
 実はファン感謝祭は午前から行われており、午前中には選手からサインをもらえたり、記念撮影ができるイベントが開催されたいた。もちろん日向も出る予定だったのだが、午後のイベント準備でトラブルがあり、まあファンもいないだろうということでそっちの対応をして参加しなかったのだ。

「あの、俺書き慣れてなくて、失敗するかもしれないんですけど……」
「大丈夫です! 何回でも書き直してください!」
「なんなら新しいのも買ってきます!」
「いやいやそんな! あの、がんばって書きます!」

 日向は彼女たちから黄色のポスカマーカーを受け取り、準備良く下敷きが敷かれたユニフォームに息を止めてサインを書いた。
 ニコニコ笑っているおひさまマークが入った『SHOYO-HINATA』。海外ファンができるぐらい強い選手になりますようにという願いが込められた、メイドイン夏のサインである。

「出来た!」
「ありがとうございます!」

 少々歪んだものの、何とか二枚とも無事に書き終え日向は顔を上げた。ポスカとユニフォームを返しながらホッと笑う。

「サイン書いたの、妹以外だとお姉さんたちが初めてでした!」
「ほ、ほんとですか!?」
「ハイ!」

 今度は日向から手を差し出した。皮がズル剥けるんじゃないかぐらいの勢いで拭かれた彼女たちの両手を、二人分まとめてぎゅっと掴む。自分より目線が低い二人に合わせて膝を曲げ、嬉しい気持ちを全面に出して笑った。

「昔から応援してくれてたの本当に嬉しかったです! お姉さんたちが俺のファン一号です!」 
「ヒエ」
「あ、ファン一号は妹だから二号かも。けど、それ抜いたら一番です!」
「ハヒ」
「俺昔よりめっちゃ強くなったので、是非試合も見に来てくださいね!」
「シンデモイキマス」

 と、後ろからスタッフに名前を呼ばれ、日向は大声で返事をして投票箱を抱えた。いつの間にかダンスも中盤を過ぎている。

「本当にありがとうございました! あ、お姉さんたちも投票……はい、ありがとうございます! この後も楽しんでくださいね!」

 日向は固まってる二人に頭を下げて、票をもって手を振っているファンのもとに走っていった。