# 02
「日向―! メイク落とすやつもうねぇーぞ!」
「後ろの買い物袋の中にまだあるっす!」
『ヒナタ〜。俺の着替えどこか分かる?』
『トマスのは右から二番目の籠の中にまとめてあるよ!』
「ねぇ! これ脱げないんだけど! もうこのまま次出ていい!?」
「脱ぐの手伝うんで待ってください!」
大盛り上がりだったダンスパフォーマンスが終わると、今度は舞台裏が大わらわになった。日向は次の出番に備えて洗顔やら着替えやらをする先輩方の間を行ったり来たり。大木のような男どもは放っておくと汗のせいで脱ぎにくくなったスカートを破って脱ごうとするので、あちこちに目を光らせて必要とあらば電光石火の如き速さでスカートをずり下ろしていた。
「日向―!」
「うはいっ!?」
「キャアーーッ! ちょ、日向! パンツも脱げた!!」
木兎のスカートを脱がしたところで今度は犬鳴シオンに呼ばれ、日向は駆け足でそっちに向かう。
すでに着替えを済ませていた犬鳴は、辺りを見渡しながら日向に訊いた。
「日向、佐久早見てない?」
「え、臣さんですか? 見てないです!」
「やっぱそうだよなぁ」
犬鳴は「はぁぁあ」とでかいため息をついて頭をぐしゃぐしゃとかきむしる。
「アイツ、ハイタッチタイムになった途端裏に逃げてさぁ」
「エッ! そうだったんですか!?」
「まあそれは分かってたからいいんだけど。けど、裏見てもぱっと見どこにもいないんだよ。これこのままバックれるつもりだぞ、アイツ」
「えぇ!?」
日向は目を丸くして驚き、そして焦った。
今ステージでは昨年のスーパープレーやオフショットを集めた映像が流されている。約10分間のそれが終わると次はトークショーだ。25歳以上のベテラン選手と、24歳以下の若手選手に分かれて行われ、日向はもちろん、一個上の先輩である佐久早聖臣にも若手枠として出番が待っていた。
「お、俺探してきますっ!」
「頼むな。俺も出番のギリギリまで探してみるから」
「ウッス!」
日向は犬鳴と別れて、佐久早を探しに控え室を飛び出した。
「臣さーん!」
「臣さーん、どこですかぁー」
「サボっちゃだめですよ! 臣さぁーん」
ごちゃごちゃと物が置かれた舞台裏を佐久早を呼びながら走り回る。探し人はチーム内でも体格が大きい方なのに、どれだけ嫌なのか中々見つからなかった。最初は空き部屋を探していたが姿がなく、いよいよ埃も溜まっている物陰も探し始める。
そして―—
「あ! 臣さんいた!」
舞台裏の端も端。段ボールが雑多に積み上がっていた場所の陰に、佐久早は体育座りで隠れていた。立って覗き込む日向を、メイクを落とし着替えも済ませ、いつも通りにマスクまでつけた佐久早がじろりと睨みあげる。
「いかないからな」
「まだ何も言ってないデス!」
「やることはやった」
「この後トークショーですよ! 臣さんでないとファンの人悲しんじゃいます」
「知らない。どうでもいい」
佐久早は横を向いて日向から目を逸らした。取り付く島もないとはまさにこのことである。
「大体、なんでお前は出なくてよくて俺は出なきゃいけなかったわけ。俺もこのチーム入ったの今年なんだけど」
「それは、俺と違って臣さんが昔から三本指に入るすげぇ強い選手で、ファンが沢山いるからですね!」
日向が拳を奮って答えると佐久早は「答えてんじゃねぇよ……」とますます背中を丸めて組んだ腕の中に顔を埋めた。表では俄かに拍手が沸いている。耳を澄ますと、犬鳴たちベテラン選手のトークショーが始まったようだった。
日向は慌てて佐久早の横にしゃがみ込む。
「臣さ〜ん。臣さんの出番、あとはもうトークショーだけですから。戻って一緒に頑張りましょう」
「無理。俺はあんな醜態晒した後に平気で話せるほど頭めでたくないし、お前がいたところでどうにもならない。絶対行かない」
「もー駄々こねないでください!」
「こねてねぇ」
―—どう見てもこねてます臣さん!
日向は内心そう叫びつつ、断固拒否の構えの佐久早によいしょと一歩にじり寄る。
大丈夫。駄々をこねている相手の扱い方には慣れているのだ。
「じゃあこうしましょう! 明日から寮で出る飯のトマト。全部俺が食べてあげます!」
「……は?」
ノロッと顔を上げた佐久早に、日向はニカッと笑った。
「トマト、臣さん苦手ですよね? いつも最後まで残してるし、すごい顔で食べてるし」
「……人が飯食ってるとこ見てんじゃねぇ」
「すみません! 臣さん食べ方綺麗だからつい。……で、やっぱり苦手なんですか?」
「食べられないほどじゃない。だから別に、食ってもらわなくても平気だし」
言いつつ佐久早は気まずげに床を見る。
すげえ。ピーマン嫌いの夏にこれ言った時と同じ顔して同じこと言ってる!
日向は畳みかける。
「じゃあトマト食べるのと、もう一個! 臣さんのお願いなんでも聞きます!」
佐久早は日向をジトッと睨みあげた。
「……お前。俺のこと完全に自分の妹と同じ扱いしてるだろ」
「そ、そんなことは……!」ありますけども。
日向はジッと佐久早を見つめる。こうなったらあとは根競べだ。目を逸らしたら負ける。
表でドッと観客が笑った。大体10分ずつだからそろそろ行かないと本当にヤバ―—
「一週間」
「へ」
「一週間。俺の自主練に付き合うなら……行ってやらないこともない」
「……! やります! もちろん!」
勝った! 内心そう思いつつ、あとは単純に佐久早の自主練に付き合えるのも嬉しくて、日向は力強く返事をした。そんな日向に佐久早が念を押す。
「宮とか木兎さんに誘われても断れよ。他の人混ぜてやるのもなし。……あとトマトは無期限だからな」
「ウッス!」
そしてようやく、佐久早は立ち上がった。一気に目線が逆転する。
「じゃあ行きましょう! 急がないと始まっちゃいますよ」
「はあ。行きたくねぇ……」
この期に及んでまだ言う佐久早の腕を掴んで、日向はそそくさと歩き出す。
「おい腕」
「もう時間ないので! というか、臣さん。さっきの場所汚そうなのに平気だったんですか?」
「始まる前に掃除しといた」
どうやら計画的犯行? だったらしい。