# 01
「一日お世話になります、1年6組・日向翔陽です」
元気よく自己紹介したのち、彼は勢いよくその小さな体を折り曲げ頭を下げた。
*
「及川さん、お願いがあるんですけど」
「なぁに、国見ちゃん。珍しいこともあるもんだね」
一日の練習が終わり、各々クールダウンに柔軟などをしていたところ。
背後から声を掛けてきた後輩に、少しにやりと笑って及川は振り返る。
常に一歩下がった場所で冷静に構えているこの1年生が、自ら積極的に動いてくるなんてそう見られるものじゃない。
額から流れ落ちる汗をタオルで拭いながら、大仰に言って見せた。
「この頼れるバレー部主将・及川さんに胸を借りるつもりで、そのお願いとやらを言ってごらん!」
「やっぱり止めます。別に岩泉さんに相談してもいいことなんで…」
「って。ちょっと待ったああああああ!」
「なんですか?」
「俺が、この俺が聞いてあげるって言ってるの!リアクションも省エネするのやめて!」
この人にお願いなんてしたら後々まで恩着せがましく言われそうだ。
そう判断した国見は青城イチ頼りになる男・岩泉へと相手を変えるべく、ドリンクを飲んでいる彼へと体を向き直したが、寸での所で及川に腕を捕えられてしまった。
内心小さからぬ舌打ちをしつつ、それでも先輩だからと足を止める。
「ほらほら、及川さんに相談して!」
「あー、じゃあ言いますけど。今、美術部が運動部を応援する企画立ててるの知ってますか?」
「運動部のポスターを描いて、IHに向けて盛り上げていこうってやつ?女の子たちが話してるのは聞いたけど」
相変わらずの情報源(及川は何かあればいつも決まって「女の子が言ってた」、だ)に呆れつつも、それなら話は早いと国見は続けた。
「一人一部活、って感じで部員がそれぞれ運動部を担当してポスター描くらしいんですけど。俺のクラスのヤツがバレー部担当になったみたいで」
「へぇ、それでそのクラスメイトがバレー部の見学に来たいって言ってたりすんのか?」
国見が及川を呼び止めている様子が、岩泉の目にも珍しく映ったらしい。
向こうでドリンクを飲んでいたはずがいつの間にか会話に加わり、国見の願い事を察し良く引き継いでくれた。
それにうなずくと、国見は及川を放置し岩泉へと説明を進めた。
後ろでギャーギャーと騒がしいが、無視を決め込む。
「監督とコーチには美術部の顧問の先生が話を通すみたいです。でも日向…あ、その美術部のヤツですけど。そいつが、練習の邪魔にならないかって気にしてて。本人が事前に挨拶に来るつもりだったらしいんですけど、今準備に忙しいみたいなので俺が代わりに」
「コートの端でデッサンとかするだけなんだろ?遠慮するなって言っといてやれよ。及川のファンたちの方が騒がしくて邪魔だっつーの」
「ですよね」
「ちょ、俺を無視して話進めていかないで!そして、国見ちゃんはちょっと先輩立てること覚えよう!?」
「十分、敬ってるだろうが」
「岩ちゃんだけじゃなくて、俺もってこと!」
拗ねた及川は『なんだよ皆して俺の事ぞんざいに扱って…』とぶつくさ呟いていたのだが、ふいに人の悪い笑顔を浮かべ国見を見やる。
視線を向けられた国見は嫌な予感を覚え、用は済んだとばかりに踵を返したが、またも寸での所で及川に肩をがっしりと組まれてしまった。
「ねぇねぇ、その美術部のクラスメイトって女の子?」
「はぁ?下衆なこと聞いてんじゃねーぞ、及川!」
「だって岩ちゃんは気にならないの?普段の国見ちゃんなら、こうやって間を取り持つことなんてしないよね?」
「まぁ、確かに面倒がりそうではあるな…」
「でしょでしょ!?それなのに、わざわざ自分から買って出るなんて超貴重だよ!てことは、好きな女の子のお願いかなって勘ぐりたくもなるじゃん!」
「…日向はれっきとした男ですよ」
どんな邪推をしたんだか、と国見は疲れた顔で否定するが思わぬところで岩泉が口をはさむ。
その時に及川の腕を捻りあげ、国見を解放してくれることを忘れないあたりは流石だ。
「でも、お前金田一が同じこと頼んだら動いてたか?」
「いえ、全く」
間髪入れずに即答する。
事の成り行きを見守っていたらしい金田一が『おいっ!』と多少不機嫌に突っ込むが、これもスルーだ。
日向の頼みだからこそ、面倒になるだろうことが分かっている及川にも働きかけたのだ。
金田一のためにそこまでしてやるつもりは毛頭ない。
すると、したり顔でその唇に嫌な笑みを浮かべた及川が国見に告げる。
「国見ちゃんが気に掛けるその日向って子?その子に興味あるから、特別に及川さんが練習見学の許可を授けよう!」
「お前の許可なんかいらねぇーって言ってんだろうが。監督とコーチが了承してるなら十分だ」
「はぁ…。まぁ、日向にはいつでも見学にきていいって伝えておきます。ありがとうございます」
ぺこりと岩泉だけに頭を下げると、今度こそ及川に捕まらないようにと国見は駆け出す。
『ほら、やっぱり俺への尊敬が足りない!』って騒ぐ及川に、キレた岩泉がボールをぶつける音が響いたが聞こえない振りをして急いで部室へと戻った。
かくして、美術部の日向がバレー部を見学することに相成ったわけである。