本日は晴天なり

 『個性』というものがある。

 かつての時代なら、超能力とか異能とか、そういう言い表され方をしたのだろうその力は、中国で光る赤ん坊が生まれたことを皮切りに世界中で観測され始めた。始めのうちは異端でしかなかったその力は、時を経るごとに親から子へと受け継がれ、広まって、いつしか普遍となっていく。
 口から火を吐くだの、空を飛ぶだの、物を浮かせるだの。今となっては、生まれてくる子ども達の中から、無個性の子どもを見つける方が難しいくらいだ。人口の20%が無個性と言われるが、その20%のほとんどは「第三世代」のご老人である。

 さて、誰もが個性を持っているとなれば、当然犯罪を犯すような人間にも個性があることになる。
 個性には使い方一つで人を殺せるようなものもたくさんある。そのため、公共の場で許可なく個性を使用することは基本的に禁止されており、悪質な場合は罪に問われる。
 だが犯罪者にはそんなルールは関係ない。個性を使って犯罪に及ぶ者は後を絶たないのだ。


 彼らを阻む『正義』。
 国から個性の使用を許可され、個性犯罪に及んだ『ヴィラン』を捕まえる権利を得た番人。



 それこそが、ヒーロー。


 ***


 澄み切った青空。白い雲。
 いい天気だ。

「雨とかじゃなくて良かった」

 ポツリと独り言を呟いて、雄英高校のゲートをくぐる。雨でも何も問題はないけど、やっぱり、気分的に。だって大事な日だからね。


 私は本日、雄英高校ヒーロー科の入学試験を受ける。
 このヒーロー飽和社会において、ヒーロー育成のための専門の科を設けている高校は少なくない。中でも雄英高校ヒーロー科は、ヒーローランキング上位者を多数輩出し、設備も育成にかける費用も他の高校とは段違いであり、国内屈指のヒーロー育成校と謳われる。
 幼い頃にヒーローを目指すと決めて以降、私の進路は雄英高校一択だった。そのために何年も、コツコツと努力を積み重ね、いよいよ今日が本番というわけである。

 さて、ヒーローを目指す人間は非常に多い。「個性を自由に使えるから」「儲かるから」「かっこいいから」、そんな単純な理由から、「昔ヒーローに命を救われて…」なんて重めの理由まで様々あるが、それは置いておいて。
 ヒーローを目指すにあたって、どうせなら最高峰の学校で、最高峰の勉強をしたいと考える者も当然多い。

 そんなこんなで、300倍である。
 何がって? 雄英高校ヒーロー科の倍率だよ。

 一般入試枠は、1クラス18名で2クラス。要は定員36名。三百倍ということは、毎年大体1万人以上が受験しているということだ。駄目で元々とか記念受験とか、もちろん浪人生もいるだろうが、それでもヒーロー科だけでこの人数は驚異的である。

 当然、受験当日の人の多さと言ったらないわけで。

「余裕もって来たつもりだったんだけどな……」

 人やばいな、と考えながら受験会場入口に設置された案内を見る。混むことを予想してわざわざ開場時刻前に来たのだが、既にかなりの人数がいた。掻き分けていく気にはなれず、集団の真ん中辺りで時間になるまで立ち尽くすしかない。
 やがて、前方から人の声がした。遠いのと受験生のざわめきで何を言っているのかは分からなかっが、やがてのろのろと人の波が移動し始めたので、開場したのだろう。
 5分くらいかかって、ようやく受付まで辿り着いた。受験票を確認してもらった後に受けた簡単な案内によると、7階ホールで試験の説明があるらしい。案内表示に従って進むと、その先にはエレベーターがある……が、非常に混んでいて、待つ気にはなれない。
 7階程度なら大した距離でもないので、階段を使うことにした。同じように考える受験生は多いようで、階段にもそこそこ人がいる。

 7階まで着く頃には息も絶え絶え、という人は案外多かった。そんな体力のなさでヒーローになれるんだろうか、と心配になりながら、のそり、のそりと階段を登る彼らを追い越していく。ヒーロー科を受けるだけあって鍛えている人もいて、そういう人たちは私と同じように前の人を追い越しながら進んでいた。

 そのまま案内の表示に従ってホールまで。
 広々としたその空間には、先に到着していた受験生たちの声がざわざわと満ちている。そのざわめき一つすら緊張感に満ちていて、私はつい口角を上げた。

「いいピリつき加減だねぇ、うん」

 自分の席に腰を下ろして、会場を見渡した。一体この中から誰が合格するのだろう、と思いながら周囲を観察する。
 精神統一を図る人、本を読んで気を紛らわせる人、イライラと貧乏揺すりをする人。
 色々いるなあとその違いを楽しんでいたところ、突然声を掛けられた。

「────失礼、隣の席の者なのだが」

 そう告げたのは眼鏡を掛けた高身長男子だ。真面目そう、という印象が真っ先に浮かぶ。

「ああ、ごめん、今立つから」

 横に長い席なので、内側の席の人より外側の席の人が先に来てしまうと、わざわざ席を立ってもらわないといけないから面倒だよなぁ、と考えながら立ち上がる。
 改めて席に着き直し、どうせだからと少し話でもすることにした。

「ここに座ってると、いよいよって感じがしてくるよね。あなたは緊張してる?」
「流石に、少しばかりな。この日のために出来る限りのことはやってきたつもりだが」
「ふふ、私も。……ところでどこの人? 私はねぇ、岐阜から」
「岐阜か。俺は東京からだ」
「流石雄英、全国津々浦々から受験生が集まってるなあ。さっきから耳すませてみてるけどさ、色んな方言が聞こえてくるよ」

 なんなら沖縄っぽい人たちもいた。「なんくるないさー」って言ってた。だから何がどうってわけでもないけど、ちょっとテンション上がったよね。

「私の学校からは私一人だけなんだ、受けるの」
「俺もそうだ」
「やっぱりそういうレベルだよね、ここは。それでも一万人以上の受験生が集まるんだから、本当にすごいよ。」
「ああ。学ぶのならば最高の環境で、と考えるのは自然なことだろうからな」

 準備のために壇上を行き交う人たちを眺めながら会話する。あの人テレビで見たことあるヒーローだ、と考えていると、隣から視線を感じた。
 横を向くと、四角いレンズ越しに真っ直ぐな目とかち合う。

「……君は随分余裕に見える」

 余裕。
 緊張感がないように見えただろうか? まあ、確かに少し、浮かれてはいるけれど。それでも、余裕かといえばそうではない。

「そんなことないよ。実技は模擬市街地演習って要項には書いてたけど、具体的にどんなことするのかわからないし。でも、やれるだけのことはやってきた。だから今日は、いつもどおりに精一杯やるだけなんだ。……そのつもりで来てるから」

 私の答えに、少年はいたく感動した様子だった。

「なるほど……いかなる時も平常心を保つ! それもまたヒーローの資質か……!」

 わあ、すごく真面目に受け取って、すごく真面目に返してくれる。絶対小学校の頃からずっと委員長とか任されてきたタイプだよ。私には分かる。

「君、さては中学では生徒会長だったんじゃない?」
「何故それを?! ……まさかそういう個性か!?」
「違います」

 面白い人だな、と思った。真面目で、多分真っ直ぐで、いい人だ。好感がもてる。クラスメイトになれたらいいなと素直に思えた。

「そういえば、自己紹介がまだったね。名前訊いてもいい?」
「ああ、これは失礼した。ぼ、……俺は飯田天哉だ。君は……」
「────御影灯。お互い受かるといいね」

 本当に、心の底からそう思うよ。

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