同僚・有古の場合



01


「わっしょーい!!」

 カァン、と小気味よくグラスがぶつかる音がする。広くはない店内でいとまなく聞こえる人々の話す声は同じように笑う私たちの喧騒を飲み込み、よくある居酒屋の風景として一体化していた。週末を楽しむただの一般社会人であるところの私は手にしていたビールジョッキの中身を飲み干して、ひときわ大きな笑い声をあげる。

「いやー! 今週も疲れたっすねぇ!!」
「っすねぇ! お疲れーっす!」
「れーっす! わっしょーい!」

 集まった同期たちと互いにねぎらいの言葉をかけあって、私はまた新しいグラスに手を伸ばす。止める者は誰もいない。なにせ誰もかれもが酔っ払い、他人の飲んでいる量もペースも気にできるような人間はもう残されてはいないのだ。
 ――ただ、一人を除いて。

「飲みすぎるなよ、お前ら」
「うーっす、もー、相変わらずノリが悪いなぁ、有古は」

 一人静かに粛々と酒を飲んでいる男、有古力松。彼もまた私の同期の一人で、恐らくこの中で一番冷静かつまじめな人間である。
 そんな彼は目の前の酒をぐっと呷りながら、「介抱するのは結局俺だ」なんて呆れたようにおかしそうに笑っていた。

「有古、酒強いもんなぁ」
「お前が弱いんじゃないか」
「なんだとぅ」

 じゃれあう二人を見ながら私はこっそり彼の空けたグラスを数える。ひい、ふう、みい……と、下げたグラスも併せたら私の二倍は飲んでいるということに気が付いて、思わず感嘆の息が漏れだした。

「すごいね、いっぱいだ」
「……あんたは無理するな、強くないだろ」
「なにおぅ、弱くはないんだぞ、弱くは!」

 有古くんが強すぎるだけで! と反論をしようと立ち上がり思わずふらつく。そんな私の腕を引き、彼は「大丈夫か?」と少し焦った様子で目を開いた。問いかけに対しての肯定と支えてもらったことに対して感謝の言葉を口にすると、彼は安堵したように息を吐く。

「……今日はもうやめておいたほうがいい」
「む」

 反論の余地はなく。彼が店員を呼び止め水を注文する横顔を私はただじっと見つめ続けた。

「ほら、とりあえずこれでも……なんだ、おかしいことは言ってないだろう」
「んー……」

 そうじゃないけど、とは言わず、私はそれでも彼から目をそらさない。すると彼は何もやましいことはないはずなのに、焦るかのように額に汗をにじませる。
 それでもずっと彼の眼をのぞき込み続けると彼は次第に瞬きを繰り返すようになり、しかしそれ以外は動くことも目をそらすこともできなくなったかのように固まって、私が何か言うのをただじっと待っているようだった。

「……ふふ、きがきくなぁと思って?」
「……! はぁ、そんな責めるような目で見る必要はないだろ」
「ないけど」
「ならやめてくれ」

 そうすると困ったり焦ったりする様子が可愛くて、つい。と心の中でだけ付け加える。こんなに身体も大きくて強そうな彼が、私なんかの目を怖がる必要もないだろうに、とは、ちょっと思っている。

「有古くんはかわいいねぇ」
「同世代の男にいう言葉じゃないぞ、それ」
「じゃあ年上ならよかったのかな」
「……そういう問題でもない」
「難しいなぁ」

 けらけらと笑うと彼もつられて微笑んだ。その時丁度、他の同期から何かの話を振られて、私は彼からもらった水を手にそちらの話へと参加する。

 そうして、参加メンバーが軒並み潰れて夜も更けたころ、私たちはようやく解散し――次の日、彼を除く全員は「もう二度と酒は飲まない」と、何度目かの悔恨を口にすることになるのだった。