三節「慢心、過信、虚栄心」



 彼等二十四人の囚人の身体には、金塊のありかを示す暗号が記されている。――それはもちろん、土方歳三も例外ではない。

 私は、それをこの目で見た。

「――……では、失礼、します……」

 緊張で筆の先を震わせながら私は彼の無防備に晒された肌に触れる。彼は返事をするでもなく、私に背を向け座ったままで両目を閉じ、静かに深く息を吸った。

 呼吸の度にかすかに上下する彼の肩に油紙をのせ、その上から、私は彼の入れ墨を書き写す・・・・・・・・・・
 肩から、背中へ。そして腰へ。紙の端へ辿り着いてしまったのなら、新しいものを継ぎ接ぎして全てを写せるように。

「腕の下で一度途切れる」
「は、はい」

 彼の右腕の刺青を写している時、彼がそう言葉を発して肌が震える。それと同時に肩にかかっていた彼の髪が一房垂れて、その様子がなんだか……見てはいけないもののような気がして、私は熱くなる顔を慌てて逸らした。

「どうした?」
「いえ! なにも……」

 彼からは私の表情までは見えなかったのだろう、不思議そうにそう問いかけられて、私は頭を左右に振る。煩悩を全て振り払うように一度深呼吸をしてから、再び手にした筆と図面に意識を向けた。

「…………これ、暗号なんですよね」
「ああ、何か気が付いたか」
「いや……文字が書いてあるな、ということしか……すいません」
「だろうな、一つでは解けないからこそ、我々は刺青人皮を集めるのだ」

 謝ることはない、と微笑む彼の横顔を見ながら、それでも、と私は一人考える。
 それでも――例えこの暗号一つで何かが分かるわけではなかったとしても――これを私に見せるということは、見せても構わない・・・・・・・・と彼が判断した、ということだ。
 ……それが、信用によるものか軽視によるものかはわからないけれど、万に一つでも彼が「こいつは裏切らないだろう」と思ってくれているのなら。

 ――その期待に、応えられる自分でありたい。

 ガタン、と、馬車が揺れるのに合わせて私は手にした銃を握りしめる。

「生き残りたくば死人になれ」

 そう告げた土方さんの横顔を見つめながら、私は何度も彼の言葉を繰り返した。
 ――戦力になったのは、命を捨てる覚悟が出来ていた者だけだ、と。
 そして――

(…………殺す、覚悟)

 それを聞かれた時、何も答えられなかった私に彼は何の言葉もかけはしなかった。自分自身が情けない、と、思い出すだけでも喉に何かがつかえたような居心地の悪さが胸の内に広がるようだった。
 彼は私に失望しただろうか。

(……しただろうな、でも――挽回するための、今日なんだ)

 今から会いに行く男は、渋川善次郎、というらしい。樺戸で会った囚人だと土方さんは言っていた。その人を、仲間に引き入れようというのが今夜の作戦だ。
 はじめはあの家で永倉さんと留守番をしているようにと言い付けられてはいたのだけれど――

「いやです、私も行きます! ……絶対、役に立ちますから!」

 ……と、駄々を……いや、説得をした結果、致し方なしと同行を許可されたのである。

「いいか――お前は、乱闘となれば真っ先に狙われるだろう」
「はい」

 狭い馬そりの荷台の中で、隣に座る私の目を見て彼はそう言った。ぐるりと見回す限り全員が大人の男。男装≠ニ称して男子の格好などもしてはみたが、この背丈では私が一番の弱者であることは明白だろう。
 そして持っているのはいまだ扱いに慣れないリボルバー式の小銃。こいつなら容易く殺せる、と、きっと誰もが思う。

「油断はするな」
「はい」

 それでも、一人くらいは――彼の手助けくらいは、私にだって出来るはずだと――

 ――その思い上がりが、なによりも油断なのだと私は気付けなかった。

「皆殺しだ――ひとりもここから逃すなッ!!」

 結局話し合いにはならず、土方さんが渋川を撃ったのを口火にはじまったのは殺し合い≠セった。
 鳴る銃声の中、あんなにも「覚悟はある」と、「何かはできるはず」と、たかを括っていた私はといえば――情けないことに、指一本だって動かすことができないままでいた。

「……っはぁ、はぁ、っ」

 血が、流れている。
 倒れた男が目を見開いたまま、頭から、胸から、口から、赤い体液を垂れ流して、倒れていく。
 ひとつ、ふたつ、みっつ。と、そこまで数えたところで視界の端にいた男がこちらを見ていることに気がついた。

「……っ、くそっ……!」

 銃口がこちらに向く。全身から汗が吹き出すのを感じながら、反射的に私も重い右手をその男へ向ける。

(このまま、引き金を、引けば)

 指に力を入れれば。

(それで)

 ――ドンッ。

 重い銃声と共に目の前の男の顔が赤く染まる。硝煙を上げていたのは、土方さんの・・・・・銃口だった。

「…………引き上げるぞ」

 そう言って私を見る彼の目は、今までで一番冷たい色をしていた。