四節「告白」
帰り道の土方さんと牛山さんの話の内容はよく覚えていない。というよりも、どうやって帰ってきたのかすら記憶が曖昧だ。ひとつだけよく覚えているのは、彼が「こいつは故郷に帰す」と言っていたことだけだった。
今度、資金調達も兼ねた銀行襲撃を考えているらしい。一番の目的はそれ以外にあるようだが……その襲撃後、手にした金で本土まで私を送り返すつもりだと永倉さんに話しているのも耳にした。
私は――……私は、もう、「それでもあなたについて行きたい」と、言うことが、できなかった。
「……あんまり泣いてると、後で頭痛くなるぞ、お嬢ちゃん」
「……! っ、う……」
家の裏にある林の中、木の幹に隠れるようにしてしゃがみ込む私に牛山さんが声をかける。顔を上げた私がなおも涙をこぼしていることに困惑したのか、彼は「……あー」と小さく呟いてから、その大きな手のひらで私の背を優しく撫でた。
「あんたみたいな嬢ちゃんが泣いてちゃ放っておけねぇよなぁ」
「そ、れは、私がまだ子供だから、ですか」
鼻を啜りながら、俯いたままそう問いかける。彼は気をつかうでも言葉を探すでもなく「まぁなぁ」と言って私の隣に腰を下ろす。
「子供だからと言うつもりはねぇが、お前さんにはきついだろ」
「……そんなこと、」
「ないようには見えないぜ」
なんの言葉も返せなくて、私はただ黙ったままでいた。
「……なんであのジジイにそこまで肩入れしてんだ? 聞けば会ったばかりだっていうじゃねぇか」
「…………それは……だって……――すきだから」
「は」
濡れた地面を見つめながら答える。すると牛山さんは呆気に取られたみたいに言葉を詰まらせ、「そいつは……」とか「どういう……」とか歯切れの悪い物言いで私の言葉の真偽を知りたがった。
「どういうもなにも、そのままの意味です。わたし、土方さんのことが好きだから、おそばにいたいし、役に立ちたいんです――」
思えばそれは、多分、一目惚れなのだろう。
生まれは南、京都より少し上がったあたりの、岐阜にある小さな町で私は育った。母を早くに亡くし、兄弟もいなかった私にとって、父はたった一人の家族であった。
その父が、折につけ何度もこう言うのだ。
「ああ、最期まで、あの人の側に居れたのなら……」
あの人――土方歳三という男の話を、父はいつも口にする。
酒の入った日も、そうでない日も。
寒い夜も、暑い日にも、そうでない日も。
そして――今際のきわにすら。
「あの人と一緒に死ぬつもりだった――今となっては、そればかりが心残りだ…………」
私への最期の言葉を遺した後、彼はそう言って息を引き取った。……家族は他にいない、私は父の墓を父の兄の墓の隣に立て、その後は、中学校も卒業していないような子供一人、どう生きようかと頭を悩ませる日々だった。
奉公にでも出てひとまずの働き口を得るべきか。と考えた時に、いつも思い出すのは父の話した「心残り」。しかしその土方歳三とやらは既にこの世にいないのならば、後悔を拭ってやることもできはしない。
(……そうだ、それならせめて、父の遺品の一つでも、彼の死地に持っていってあげようか)
幸いなことに片道であれば北へ向かうだけの銭もある。私は、父が残した刀を背に、彼が死んだという北海道への移住を決めた。
「それで、たった一人でここまできたわけか……たいそうな行動力だな」
私の話に相槌を打つ牛山さんは、どこか信じられない話だとでもいうように長く息を吐く。それでも私の言葉を疑うような素振りは見せず、それから? と続きを促した。
「……土地勘なんてないから、五稜郭って場所のことを色んな人に聞いて回ってたの」
その時、偶然耳に入ったのだ。
――土方歳三が、生きている、と。
まさか、そんなことが? とはじめは半信半疑だった。けれど、話を聞くうち、足取りを追ううち、網走監獄に彼が収監されていたという情報にたどり着いた。そして、ひと月ほど前に――その網走監獄から二十四人の囚人が逃げ出した、という話にも。
「よくもまぁそこまで」
「相手が子供だと思うと、みんな口が軽くなるから」
「強かなお嬢ちゃんだねぇ」
……そうして、噂や確かでない話を藁にもすがる思いでかき集め、彼の消息を辿ってようやく見つけて――その時に、ああ、父の話は本当だったのだ、とようやく知った。
父の語る彼よりも何十年も歳を重ねているはずなのに、父の話した通りの人だと思った。雰囲気とか、立ち振る舞い……なによりも、その目が。私をみるまっすぐな瞳が、射抜くような、貫くような、その視線が――それが――あまりにも――
――あまりにも、父の横顔を思い出させるものだったから。
「どうか、私をそばにおいてはくれませんか」
見つけたらどうしようか、なんてことは考えていなかった。実際に彼に会うその時までは。けれど彼の姿を見て、声を聞いて、その存在を知ってしまったからには、私はもうダメだった。
(この人の力になれたのなら、父の無念も晴れるだろうか)
……なんていうのは、きっと今にして思えば言い訳にしか過ぎなくて。本当は私も父と同じで……彼に惹かれてしまったんだと思う。
「血は争えないのかも」
小さく笑みをこぼした私に、牛山さんは「そうか」とだけ返事をした。それきり私を肯定するでも否定するでもなく、「ま、メシはちゃんと食っとけよ」と最後に伝えて家の方へと帰っていった。
その背中にお礼の言葉を投げかけながら、私は自分の膝を抱く。
(どうしても隣にいたい、役に立ちたい……そのために必要なら……)
迷いは捨てよう。必要なのは、覚悟だけなのだ。
そう決意した私は濡れた頬を手の甲で乱暴に拭いながら、ゆっくりと自分の足で立ち上がった。