宇佐美 時重


「ああ、すいません。少しお聞きしたいことが……ってなんだ、またお姉さんですか」

 後ろからそのように声をかけられて、私は上擦る声のまま「あら兵隊さん」と振り向いた。やだやだ、私としたことが、彼に会いたくて仕方なかった気持ちがこれっぽっちも隠せないなんて。

「今日も呼び込みですか? 毎日大変ですね」
「兵隊さんこそ今日も何かお探しですか? まだ見つからないのです?」

「まぁ、一朝一夕ではどうにも……ところでなにか、昨日から変わったことはありません?」

 そうですねぇ、なんて何か意味ありげに、昨日のことでも思い出すようなそぶりで私は小首を傾げて見せる。あいにく彼が知りたがってるだろうことなんて何一つ知らないのだけれど、それでもまるで何か大事なことでも知っているみたいなふうに、装って。
 彼だってきっとそんな浅ましい望みなんて全部分かった上で、「もしかして」という一縷いちるを期待して私の話に耳を傾けている。ああ、こんな……こんな、私のせいで、私のために、ごめんなさい、親切な兵隊さん。けれど私、この時間が一等幸せなのです。

「他には何かありました? そうだな……例えば、小さなアイヌの女の子と、軍服を着た男を見かけたりとか」
「いいえ、全然」
「そうですか……ふぅ、じゃあ、僕はこのあたりで」

 聞くべきことは聞いた、と彼はすぐに踵を返しかけた。私は少し慌ててその背中に「少し休まれていかれては?」と声をかける。半身で振り返る彼に私は後ろの茶屋を指し、「うちの団子は絶品ですよ」とできる限りの笑顔で笑いかけた。

「団子ですか」
「ええ、自慢じゃないですがこの辺りでは評判なんです、すごく美味しいって……」
「へえ」

 甘味に興味を示したのか、彼は少し口角をあげ、なんの味があるのですか、とまんまるの目を瞬かせる。

「一番人気なのは……そうですね、みたらしかしら」
「そうなのですか、ふぅん、それはいいな……」
「お好きなんですか」
「ああ、いや、僕ではなく、上官……中尉殿が」
「あらまぁ、それでは、お土産にでも」
「……いや、今日は遠慮しますよ」

 そう言って袖を引く私の手を、彼は軽く押さえて解く。残念がる私の顔を見下ろしながら、彼は少し頬を緩ませた。

「そんな顔をしなくても……僕以外の人ならきっと誘いに乗ってくれますよ、お姉さん、美人ですから」
「えっ……や、やだ、兵隊さん、そんな……お世辞がお上手なんですから」

 ぽっ、と赤くなる頬を抑えると、彼はまたおかしそうに笑う。揶揄われたのだと気づいた私が頬を膨らませるより早く、彼は「冗談ではないんですがね」と言いながら、一歩、私から離れた。

「——それじゃあ、お姉さん。中尉殿が札幌まで来た時には……きっと、ここの団子を買いにきますよ」

 約束します、と言った横顔が背く。その背に「きっとですよ」とかけた私の声は、期待と高揚に満ちていただろう。

 ああ、きっと、きっとその時には——その時こそは、未だ訊くこともできないままの、彼の名前を尋ねよう。きっと……きっとその時には……——