海賊 房太郎


 大きな手の人だと思った。男性だからというわけではなく、その中でも一等大きな……

「大丈夫?」
「は、はい……」

 小石につまずいた私の身体を片手で支えながら彼はそう尋ねた。彼よりも背丈や体格が小さいとはいえ私だって一人の人間だ、そこまで軽いわけではないと思うのだがどうにも余裕そうな素振りでニコニコと笑っている。

「気をつけなよ、怪我でもしたら大変だ」
「そ、そうですね、足手まといになってしまいますので」
「かわいい顔に傷がつくほうが問題だろ」
「そっ……それは……そんな……ええと……」

 冗談なのか本気なのかわからないような顔をして彼は言う、思えば彼と出会ってからはずっとこんな調子だった。

「気をつけろよ、何考えてるかわかったもんじゃない」

 真の信頼には足り得ない、と、杉元さんは懐疑の目を向ける。それでも行動を共にするからにはと、一定の信は置くつもりなのだろうということは彼の態度からは見てとれた。
 しかし、私にとっては気をつける以前の問題があるようにも思う。

「帰るところはあるの?」
「はぁ、ええ、まぁ」
「そっかぁ、もし行くところがなくなったら俺の国に来るか? 歓迎するよ」

 するりと、自然な様子で彼の手が私の肩に添えられる。杉元さんや白石さんのように肩を抱かれないのはきっと身長のせいで、私の背がもう少し高ければ同じように肩を組み直近に迫り同じことを言うのだろう。

「その、はい、光栄ですが、そのう……気が向けば、というところで」
「はは、前向きに検討してくれよ」

 快活に笑う彼の真意は見てとれない。それが怖いようでもあり不思議な魅力を感じるようでもあり、私は少しだけ早まった鼓動を隠すように自身の胸の前で両手を握りしめた。


 
「いったい何処まで本気なのですか」

 何日も何日も、それこそ何度も何度も同じようなことを言われ、ついに私は切り出した。

「何処まで、って?」
「その、あの……俺の国に、って話……」

 私だってまともに取り合いたいわけじゃない。……わけじゃないのに、彼があまりにも何度も言うものだから、つい——ほんの少しだけ、その気になってしまいそうになる。
 だからただの言葉遊びなら言葉遊びとして、「冗談だよ」と言われてしまいたかったのだ。そうしないと、この先何かあった時に、私は覚悟を決められそうになかったのだ。

「どこまでもなにも……俺はずっと本気だよ」

 えっ、と振り返った先に、すぐそこに、彼の端正な顔がある。驚きに固まる私の手の上に、彼の大きな掌が重なった。

「——なぁ、俺の家族にならない?」

 家族——。彼が折に触れて口にしていた言葉。それが、今、改めて正面から私に向けられている。
 それは、それは……、

「…………検討、さ、させて、もらってます」
「ふ」

 ははは、と笑う彼が私から顔を離す。同時に手の暖かさも離れ、それが寂しいような、そんなような気持ちになったことが心底恥ずかしかった。

「それなら、いつ答えてもらえる?」
「は、春が……過ぎる、までには……」
「わかった。……忘れんなよ、約束」

 彼が差し出した小指に、私は自身の小指を絡め小さく頷く。……本当は、答えは既に決まっていた、この時もうすでに私は彼に惹かれていたのだから。
 けれどそれを伝えるのが恥ずかしくて——先延ばしにしてしまった返答を、後悔する事になるのは、ほんの少し先のお話。