勝ち逃げの美学

「ペンギンのイヤそ〜な顔が見たい?」


 この女が唐突にこういうことを言い出すのはもはや日常茶飯事である。もう慣れたことだけど未だに真相はこの天才シャチ様にも理解は出来ない。ようはコイツの頭がぶっ飛んでるってだけの話。
 そもそも嫌そうな顔ってどれだ?どのレベルの顔だ?今お前のそのくだらない話を面白半分面倒半分で聞いてやってる俺がしているくらいのものなのか。もしくは3時のおやつにお前が気分でホットケーキとかフレンチトーストを焼いてはみんなに振る舞ってるのを見かけた時のキャプテンくらいのものなのか。ふと聞いてしまってからおれは後悔する。何故なら首ごとこっちを向いたナマエの瞳に熱が浮いたからだ。


「ただ真顔でムッとしてても良いし口をへの字にしてもなお良し。むしろイーッてしたままのへの字口最高に良いと思う。うん、全部想像だけど」

「そんなのよくしてんだろー。甲板掃除とか不寝番の前とか。上陸の時の見張り番で船残る日なんてずっと嫌そうだぜアイツ」

「エッ!そうなの?!わたし見たことないんだけどそんなの。シャチずるくない?」

「いやマジで意味わかんねー」


 赤くなった自分の頬を両手でぐにぐにしながら目を逸らすナマエは正直可愛いと思う。可愛いとは思うけど考えてることがバカだし意味不明だからどうしても呆れのほうが勝ってしまうのは絶対おれだけじゃないはずだ。ま、クルー同士で恋愛に発展するなんて面倒ごとが起きなくてそれはそれで良いのかもしれないが。
そういうわけでコイツの立ち位置はベポと並ぶマスコットキャラがいいところなわけである。

 昼飯時の終わった今時分。
食堂に残っているクルーなんてほんのわずかしかいない上、おれ達が並んで座っているテーブルが奥の角のほうだから余計に誰もおれ達の無駄な会話なんて聞いちゃいない。まァ、聞いてたところでまたナマエがバカなこと言ってるなーくらいにしか思わないだろうけど。
 頭の後ろで手を組んで椅子ごとのけ反ると、ナマエは逆にテーブルに突っ伏した。それでもまだもごもごとどうしたらペンギンの嫌そうな顔が見れるかと考え続けている。
ちなみに何でそんなもん見たいんだって聞いたら「だって絶対可愛くない?」ときたもんだ。ますます意味がわからなくて詰んだ。

 丸い後頭部を眺めながらあと数刻で夕食の準備時間が迫ってきていることを思い出す。今日のおれは夕食当番なのだ。それまで空いている時間を有意義に過ごすつもりだったのに計画はこの女のせいでパーである。
いや、そもそも冒頭の時点で立ち去ってしまえば良かったのだ。なのにこうして飽きもせず無駄話に付き合ってしまっているおれってなんて優しいのだろうか。…なーんていうのは実は建前であって、バカだアホだと言いながら最終的にはコイツのことを放ってはおけないのである。

 この海賊団に最後に入団したナマエは歳も僅差であるが一番下、身長も小さくて見た目だけで言えばザ・女の子。言ってしまえばこのハートファミリーの可愛い可愛い末っ子ってわけだ。だからいつも誰かしらがあーまたやってるよ、なんて言いながら結局構ってしまうのだ。あのキャプテンですらナマエのぶっ飛んだ会話に付き合ってやってるくらいなのだから末っ子兼マスコットポジションは末恐ろしい。


「コーヒー淹れ直してくるかねェ。ナマエは?」

「ココアー!牛乳多めがいいなァ」

「あいよ」


 相変わらず突っ伏したまま上目でこっちを見上げてくるナマエ。それ絶対に可愛いってわかってやってんだろ。おれはわかってるんだからなと思いつつ、その頭を雑に撫でて立ち上がる。
何だかんだ言っておれもアイツにゃ甘いんだよなァ、なんて平和な考え事をしながらカップを二つ持ってキッチンの中に入れば、そこには今まさに話題に上っていた人物が気配を殺して奥の壁にもたれかかっていたものだからマジでビビった。喉ヒュッて鳴ったわ…!
カップを取り落とさず悲鳴を上げることもなかったおれを誰か褒め称えて欲しい。


「ペンさんよォ。盗み聞きとはイイ趣味してんなァ?ん?」

「誤解を生む言い方すんな。洗い物してたらお前達があんな話始めるから出るに出れなかっただけだ」

「あ、そォ」

「それにしてもアイツの魂胆がやっとわかったわ。最近よく人の顔見てんなって思ってたんだよなァ」


 コソコソ喋りながら水を汲んだヤカンと牛乳を入れた鍋を火にかけるおれを眺めながらペンギンが納得したように言う。
戸棚に入っているインスタントコーヒーの瓶とココアのパウチを取り出すために振り向きざま、チラリとペンギンに視線を配ればヤツの顔はまさにナマエが見たがっていた表情そのもので。


「お前その顔のままここ出てけよ」

「は?」

「さっきナマエが言ってたじゃん。見たいんだってよ、お前のそーゆー顔」


 ムッと口角をへの字に曲げたペンギンは納得したようだが行動には移さない。何を考えているのか人差し指と親指を顎に当てて悩んでいる。おれはおれで煮立ってきた鍋の火を止めるために視線を落とすと「まだ、その時じゃない」だなんてどっかのキャプテンみたいな発言がおれの耳を掠めた。
よくわからない発言に思わずペンギンのほうを向くと、ヤツはニヤリと何か企んでいそうな顔で笑っていたのだ。


「そういうことならおれは徹底的にアイツの求めには応じてやらない」

「何だよ。随分と意地悪じゃねーの」

「良くも悪くもアイツは猪突猛進だからな。目標達成するまで諦めないだろう?…ということは、それまでナマエの頭を一番占領出来るのは我らがキャプテンでもお気に入りのベポでも誰でもない」

「なァ、ペンギンまさかと思うけど…」

「そのまさかだったら、何だ?」


 真顔で首を傾げるペンギンを見て確信した。コイツはマジなヤツだ。そんでもってナマエの性格と好奇心を利用して付け込む算段を立てている、計算高くて用意周到なヤツだ。

 沸々と鍋の中の牛乳が泡立つのをぼんやりと見つめて先程まで面倒なヤツだと思っていたナマエに「ご愁傷様」と胸の内で一つごちた。
だってあれだ。おれの隣に立つ男の方が遥かに面倒くさいヤツだって、おれの中の何かが警鐘を鳴らしているのだから。
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