アラザンを食べる宇宙人
「おん。…それよりナマエちゃん一人で来てんねんから気ぃ付けや」
「観客席で観てるだけなんだから何に……え?ヤバいボール飛んでくる?」
「色々や。終わったら連絡するから待っとって」
「うん。わかった」
とんでもないものを見てしまった…と宮侑は息を押し殺して壁に張り付いていた。
今し方目撃したやり取りは、彼らが稲荷崎高校男子バレー部鬼の主将・北信介と、見覚えのない小柄な私服女子の仲睦まじい一幕だった。
場所は夏合宿の一環で複数校と練習試合をすべく集った市営体育館。侑は全体集合前に用を足すべく入口付近のトイレにやって来たわけだが、同じように考える人間が多く混雑している様子にそこは諦め、体育館の奥にあるトイレへと向かった。入口から距離があり、昔からあまり人の来ない穴場なのである。
無事に用を足して戻ろうと踵を返した時、ふと壁の向こう――2階観客席の奥側へ通じる階段のある通路から聞こえて来た聞き覚えのある声にその足が止まった。そうしてそろりと通路を覗き込んだのがそもそも間違いだったのかもしれない。
見てはいけないものを見てしまったのでは…と震えつつ、とても一人で抱えられる案件ではない。侑は一目散に仲間の所へ戻って行ったわけだが、支離滅裂な説明もそこそこにいつの間にか戻っていた渦中の人物が集合をかけたことにより「夢でも見たんとちゃう」なんて双子の片割れに白い目を向けられてその場は頓挫したのであった。
最後の試合を勝利で締め括り、ミーティングと片付けを終えた現在。今日はここで解散となった彼らは帰路が同じ者同士体育館を後にしていく。
他校の選手達や観覧者達も同じようにばらばらと散っていく中、侑は冒頭の珍事を蒸し返していた。
「まだ言ってるよ」
「絶対夢やって。目開けたまんま寝とったんとちゃう?なんせツムやし」
「アホ抜かせ!俺はこの目でしっかり見たんや!」
「ほなどんな子やったか言ってみぃ。一緒に探したるわ」
苦笑する銀島に「どんなって…」と記憶を遡りながら口にした侑の目撃情報はこうだ。
ミルクティー色のロングヘアーに丈の短いトップスと明るいウォッシュブルーのスキニージーンズなどという出立ち。どう想像しても出来上がるギャル像に角名が思わず「絶対勘違いでしょ」と呆れ顔を晒す。片割れの治と銀島さえも「北さんとギャルは絶対混ざらんて」と否定する中、ちょうど彼らが体育館の出入り口に差し掛かった時だった。
「アーッ!!!北さんの!!!」
2階から降りて来た一人の女性に侑が大声を上げて指を指す。反射的に一緒にいた治達の視線が揃ってそちらへ向く。叫ばれた女性がびくりと肩を跳ねて驚くのを「侑黙りや!あと人に指指したらあかん!」とすかさず銀島が咎めるものの「せやかてさっきの話この女子やねんて!!」と侑は興奮状態だ。
それは確かに先程侑が話した通りの人物像だった。補足をするとすれば、ぱっちり二重の美人。すらりとしたスタイルは肌を多く出す洋服すらも嫌味なく着こなしている。…だがやはり、どう見たってギャルはギャルである。
侑以外の3人がぽかんと立ち尽くしていれば、意を決した様子で女性の方から彼へ声が掛けられた。
「あの、そのジャージって稲荷崎高校のですよね?[
「いきなりすみません。うるさいのは放っといて下さい。俺達稲荷崎高校の北さんの後輩です。…北さんのお知り合いですよね?」
「あ…はい。信介くんの幼馴染で…」
「北さんこんな女の子の幼馴染おったんか…」
「ええなぁ」とぼやく治の言葉通り、確かに彼女の外見はそれもそうだと思わせるものだった。
ぱっちりとした二重に艶やかな唇、小さな頭。緩くふわりと揺れるミルクティーベージュの明るい髪。そこにすらりとしたウォッシュブルーのスキニージーンズと丈が短く胸元も少し広めなトップスすら嫌味なく着こなす容姿を嫌いな男子高校生がいるだろうか。
だとは思うのに、角名にはどうにもこの彼女と彼らがお堅い主将のギャップに違和感しか感じない。「ちゃんとせな」が口癖の彼がこんなギャルと仲良くしている場面が想像できるわけもなく、もう少し踏み込んだ質問をしようと口を開いたところで「お前らまだ残ってたん?」なんて声が飛んでくる。
4人が振り返るとそこには先の発言をした尾白アランと、今絶賛渦中の人物である北信介その人が。
「あ、信介くん!お疲れ様〜!」
「…ナマエちゃん。帰る時は連絡せぇ言ったと思うねんけど」
「うん。でも迷惑かけちゃうかなって思って。1人で来れたわけだし、帰りも問題ないじゃない?」
「…そういう意味で言ったんとちゃうわ」
「え。ねぇ信介くん、何でジャージ?日焼け止めしっかり塗って来たから大丈夫だよ?」
「何も大丈夫やあらへん。ばあちゃんが首冷やしたらあかん言うてたやろ。夏でもあかんものはあかんねん」
「ん〜暑いなぁ〜」
「あー…そんならナマエちゃんに学生証見せてもらったらええ」
「は…あああぁぁぁ?!きょ、京都大って…え?西の京大・東の東大の京都大?!?!」
「ワーオ。秀才じゃん」
「京大生ってほんまにおるんや…俺てっきり都市伝説やと思っとった」