きみの明星にふれる

 それが実家に届いたのは27歳という何の節目でもない微妙な時期だった。
今時珍しい往復ハガキに記された内容はW稲荷崎高校3年7組同窓会Wというものであり、出欠席の連絡は2週間後の日付が記載されていたと母から電話を貰った時、わたしは迷いもなく欠席を選択したのだった。

 だというのにどういうことか。
わざわざ取りに行くのも、逆にこちらに送ってもらうのも面倒で「欠席でハガキ返しといて」なんて母に丸投げしたわたしが全面的に悪いのはわかっている。けれどこれはあんまりではないか。


「たまにはこういうの参加したらええやん。引きこもってばっかやと将来自分が困るんやで」


 なんて理由で「出席で返事したから」と締切日を過ぎた日に言い放つ母。何も言い返せないわたし。
もうこうなったら仕事の進捗と気分で決めてやろう。当日キャンセルしてキャンセル料払うのも厭わないくらいの気持ちでいたというのに、同窓会1週間前に当時の友人から出席の旨を聞き、当日予定が空くようにそれとなく調整した挙句ちゃっかり新幹線の指定席まで取ったわたしはなかなかにゲンキンなやつだと思う。

 そうこうしているうちに同窓会当日。
会場である小洒落たレストランに到着し受付で名前を記入。そこで受付係の元同級生がわたしの顔と名前を見比べて目を見開く。
更に会場内で久しぶりに再開した友人から驚愕の目を向けられ、その騒ぎに乗じて色々な人から注目される。…これが来たくなかった最大の理由だった。


「ミョウジさんめちゃめちゃ痩せてるやん!誰だか全然わからんかったわぁ…!」

「ほんまや!どうやって痩せたん?!ダイエット方法教えて欲しい!」

「あはは…」


 そう、高校時代のわたしは本当に酷かった。見た目に自身がなく、引っ込み思案で友人と呼べる子はほんの数人程度。陽キャは怖い、住む世界が違うと決めつけて話しかけたことすらなかった。
そうは言えど一丁前にひっそりと憧れ続けた男の子もいたけれど、当たり前だが想いを伝えるイベントなんて発生することもなく何となくやり過ごした高校生活。青春?そんなもの知りませんが何か?

 そんなわたしに転機が訪れたのは大学生の折返しの頃だった。何となく始めたダイエットが続いて、更に就職した先の東京で一人暮らしを始めてからは仕事が忙しくてあれよあれよと体重が減っていった。決して良い痩せ方ではなかったかもしれない。それでも見た目に少し自身が持てたおかげで前を向けるようになったのも事実だった。
 とは言えやはりわたしという個人の性格がそうそう変われるわけもなく。こうして注目を浴びることや話のネタにされることは少し…いや、かなり苦痛だったりするわけで。
騒ぎが大きくなるに連れて友人達が遠ざかっていく。彼女達もわたしと同じく隠キャと分類される側であるからしてこういう場は苦手なのだ。離れていく彼女達の所に戻りたくてもそれを許してくれない元同級生達に毅然と立ち向かえる気の強さもないわたしは曖昧に笑い、相槌を打つしか術がない。
ああ、やっぱり来なければよかったと心底後悔した時だった。


「なあ。ミョウジさん困っとるやん。そろそろ解放してやり」


 凛とした声がその場に響く。
みんなが揃ってそちらへ顔を向けると、意志の強い双眼がじっとこちらを向いていた。


「北、くん…」

「向こうであの子達心配しとったで」


 彼はかつかつとこちらへやってきたかと思えば。スッと視線を流して促された先にはわたしの友人達が不安そうにこちらを眺めている。
そっと背を押されて振り返り、北くんと集っていた元同級生達にぺこりと頭を下げてその輪を抜け出せば「ナマエちゃん大丈夫?!」と両手を広げて友人達が駆け寄ってくれた。
それに返事をしつつ、ちらりと先程囲まれていた方向へ視線を向ければきっと彼が何とかその場を取りまとめてくれたのだろう。特に変な空気になることもなく会話が再開されていた集団にほっと胸を撫で下ろした。

 思えば、北信介という人はあの頃からそういう人だった。
成績は優秀。礼儀正しくきちんとした性格で、あの個性豊かな男子バレー部の部長をも勤め上げ、同級生は勿論先生達からも一目置かれる存在だった。
高校生という多感な時期だったというのに、彼は見た目なんかに左右されず困った人に真摯に向き合ってくれる人。当時のわたしにもまるでそうするのが当たり前だというように力を貸してくれたことがある。

 そして、例に漏れずわたしは彼に特別な感情を抱いていた。
先出のWひっそりと憧れ続けた男の子Wというのが言わずもがな、北くんである。
高校を卒業してから彼がどんな道を歩んだのかは知らない。今、何の仕事をしていて、彼女…もしくはもう家庭を築いているのかすらも知らない。
 ここに来るまで忘れていたというのに、一度当時の記憶が蘇って、そこにぴたりと変わらない彼が収まれば。当時の想いまで鮮やかに色付くのに理由付けなど不要だったのだ。

 北くんに助けられてからは友人達と立食形式の料理に舌鼓を打ちながら楽しくお喋りをして時間が過ぎていく。
良い塩梅にお酒が回り、お腹も膨れてきた頃に友人の一人がお手洗いに向かい、他の子達も新しく料理を取ってくるというのを見送って。久しぶりに喋り、笑いすぎて酷使した口角をむにむにと撫でている時だった。


「楽しめてるようで安心したわ」


 優しい声が降って来て顔を上げればグラスを持った北くんがそこにいた。
まさか再び声を掛けられるなんて思ってもいなくて、上手く喋れずまごまごするわたしに「すまん。驚かせてしもた」と言いつつ、「俺も少しここで休ませてもらえへんか」と続けてくるものだから、全力で頷いて笑われてしまった。


「さっきはすまん。すぐに気付ければ良かったんやけど」

「ううん…!全然そんなこと…。それに凄く助かったし、今更だけどありがとう」

「ミョウジさん、えらい怯えた顔しててびっくりしたわ。まぁ、確かにあんな人数に囲まれたらそうなるわな。でもあいつらも悪気があったわけやないねん。それだけはわかってやって欲しい」

「うん。それは一応…というかわたしそんな顔してたの?!」

「おん。熊に遭遇した兎みたいになっとった」

「あはは、何その例え」


 じわり。胸に広がるぬくもりが心地良い。
いつかの放課後、たまたま何かの用事で二人きりになった廊下でもこうして他愛のない会話をしたことがあった。
北くんは本当に変わらない。変わらず優しくて、変わらずかっこいい。ふと見上げた彼の表情の柔らかさにも見覚えがあって、あの時の感情がぶわりと再び花を咲かせる。
ああ、知りたいな。もっと、彼のこと。


「北くんは、今、何してるの?」


 気付いたらそんなことを口にしていた。
しまった、と口を塞いだ頃には遅くて、聞きたかった言葉は全て出きってしまっていた。
こんなわたしが聞いても良かったのだろうか。何やこいつ、とか思われないだろうかと別の意味でどぎまぎしていれば、彼は何のつっかかりもなく「農業しとる。これが案外楽しいんやで」と笑った。そうして逆に「ミョウジさんは何しとるん?」なんて聞かれて、東京でOLをしていると言うと彼はどこか納得したように「せやから標準語なんか…」と呟いた。
そんなことまで気にしてくれていたのか。そう思って嬉しくなるのは、きっと相手が北くんだからだ。


「わたしね、昔のわたしを知らない所へ行きたかったんだ。さっきみたいになられるのが苦手で。…確かにこんだけ変わったらああなるのもわかるんだけどね」

「…」


 苦笑いを浮かべていれば北くんはわたしを見つめたまま何も言わなくなった。あれ、何か変なことを言っただろうか。ちょっと痩せたからって調子乗んなって思われてしまっただろうかなんて焦って「き、北くん…?」と様子を伺えば。


「ミョウジさん、そんなみんなが言う程変わってへんけどな」


 首を傾げて真っ直ぐにこちらを見る彼の目は何の冗談も冷やかしも含まれていない。
え、と自然と声が漏れた。だってそんなこと、今まで言われたこともなかったのだから。


「やわい雰囲気も言葉遣いもあの頃のままや。俺が知っとるミョウジさんのまんま。確かに外見は少し変化したかもしれんけど、それはミョウジさんが努力したからなんやろ?そんなら人一倍頑張っとるところも変わってへんと思うけど、違うやろか?」


 ぶわわ、と耳まで赤くなっているのが自分でもわかる。彼の声が耳に溶け、胸と脳をどろどろと甘やかしていく。目頭が熱い。それくらい、嬉しかった。
真っ直ぐに内面を見てくれる北くんの優しさが、その人柄が、やっぱり好きだなって再確認させてくる。
 もう、こんなチャンスは二度と来ないかもしれない。今逃せば彼と関わることなんてもうないかもしれない。それだけは、嫌だ。
ビビりなわたしよ、今だけは少し勇気を持って口を動かせ。そう言えばクラスの子、何人か結婚したらしいねって。北くんはどうなん?って、自然に聞いてしまえ。そしてもしも、もしも彼にそんな相手がいなければ、また一緒に飲みたいねって誘え。今しかない。今しかないんだ…なんてぐるぐる腹の中でもう一人のわたしが暴れて叫んでいる。
口内で言葉を咀嚼して、あと少しで一言目が発せそうだったのだが。


「そう言えば、俺の周り今結婚ラッシュなんやけど、ミョウジさんの方はどうや?」

「え、」

「というかミョウジさんは、どうなん?」


 考えていた言葉が全て脳から消えた。「あ、え、」なんてよくわからない単語を発しながらやっとの思いで「わたしは、そういうのは、全く…」と返答を返せば、彼は優しい目尻で「そうか」と笑った。
その表情にドキリと心臓が一層波打つ。ぼうっとただ彼を見上げたままのわたしに、北くんは「そんなら…」と一度視線を落として、ゆっくりと唇を動かして。


「あんな目に遭っとった後やから気分悪くしたら堪忍やけど、もう後悔はしたないねん」

「な、にを…」

「あの日…高校の卒業式で言えへんかったこと。今更やけど、ミョウジさんの連絡先、教えて欲しい」


 夢を見ているのかと思った。
だってあの頃のわたしは目も当てられないくらい酷かった。そんなわたしに…?なんて信じられない気持ちはあるけれど、あの北くんが口からでまかせなんて言う筈がない。北くんだから、信じられる。
恥ずかしくて嬉しくて、こくりと小さく頷けば頭上から安心したように漏れる吐息がくすぐったい。
 トークアプリのIDと電話番号を交換して よろしくね! なんてスタンプを送れば。返ってきた「こちらこそ」と「もしこの後二人で二次会したい言うたら嫌やろうか」の文面に思わず首をぶんぶん横に振って返答したのはどうか笑って流して欲しい。

 一度同窓会自体が締められて、二次会に行くみんなの波に紛れて北くんと二人抜け出した。友人達にはまだ恥ずかしくて先に帰るとだけ伝えたのに、少し経った頃にわたしの携帯を揺らした通知で「ずっと応援しとったよ!頑張ってな!」なんてメッセージが届いて目が飛び出る程驚いて北くんを見上げれば。


「ずっとって、いつからのことやろか」


 なんて意地悪に問われたわたしが白状するまで、きっと、あと少し。
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I don't know