01


 一筋の光すら見えない深い闇の中でぼんやりとわたしだけが浮いている。起きているのか寝ているのか、目を開けているのか閉じているのかすらもわからない。ただただ沈むように体が重かったのだけは覚えている。

――ああ…わたし、死ぬのか

 それなのに頭と心は至極冷静に、まるで他人事のようにやけにすんなりと納得した。痛いのも苦しいのももう懲り懲りだったからむしろこれで良いとすら思えた。やっと解放される。やっと、見えない希望に縋って泣かなくても良くなるのだ。
…だというのに。
これはきっと、わたしがWわたしWであった束の間の、最期の我儘だ。

――もっと、歌いたかったな…

 意識が途切れる最期の瞬間、わたしは確かにそう望んだ。


《確認しました》
《【物理攻撃耐性】【痛覚無効】を獲得――成功しました》
《次に【暗視】及びエクストラスキル【魔力感知】を獲得――成功しました》
《【絶対音感】【魔法影響増幅】【思念伝達】を獲得――成功しました》
《【絶対音感】【魔法影響増幅】【思念伝達】を獲得したことによりユニークスキル【伝達者うたうたもの】を獲得――成功しました》


 意識の外側がうるさくて目が醒めた。それが数ヶ月前の出来事だった。

 見渡せばそこは深い森の中。こんな場所を知っているはずもなく最初こそ取り乱しはしたものの、よくよく記憶を辿れば自分があの時死んだことを思い出す。皮肉なもので、だからこそこの痛くも苦しくもない身体も現在の状況すらも「ああ。そういうこと」と受け入れることが出来たのだ。
ようはここは、所謂W死後の世界Wというものなのだろう…と。

 それからというもの。自分の順応性の高さに少々呆れつつもつつがなく生活を送っている。食欲などはなく睡眠も最低限で済むこの身体は疲れを知らない。どこへだって行ける。
川沿いで跳ねる魚を見つめてみたり、木の上から動物達――生きている間には見たことのない生物もいた――の生活を眺めてみたり。洞窟を見つけて探検しようと試みたけれど、奥から聞いたこともない恐ろしい唸り声が聞こえてきてこれだけは断念した。そんな折、この森を覆っていたW何かWの気配がブツリと途切れ、それから森中がいくらかざわつき、夜な夜な犬や狼のような遠吠えが聞こえていたようだったけれど程なくしておさまって。それが何だったのかはついぞわからず終いだった。
そうやって森の中の色々な場所を散々巡り観察してみたけれど、わたしが一番関心の持てたものと言えばたまたま見つけた花畑で歌を歌うことだった。苦手だった音階の切り替えはすんなり行くし、どんな歌でも歌詞はおかしいくらいクリアに思い出せる。何より、生きている時には到達出来なかった音域にすら届くのだ。楽しくないわけがない。
ただ不可思議だったのはわたしがいくら動き回っても足元の花々が散ることはないし、何ならぐんぐん成長して花畑の範囲が広がった気がするのはここが死後の世界だからだろうか…よくわからないけれど、自分自身を取り巻くこの環境が一番曖昧だったのですぐにどうでも良くなった。
リスナーはいない。拍手も賞賛もなければ批判すらもない。自由に歌ってくるくる踊る。それだけで幸せだった。

 あの人と出会ったのはそんな時だった。
もう何回歌ったかもわからない自分の曲の中で一番のお気に入りを歌っていた時。ふと気配を感じて振り返ると、そこには色素の薄い髪色の人間が立っていたのだ。わたしからしたら死後初めて出会った人間だったこともあり驚いて一歩後ろへ足を引いた瞬間、その人は焦ったようにわたしにストップをかけたのだった。


「ちょ、ちょっと待って!オレ怪しいモノじゃないから!探索中にたまたま君を見付けただけで…!」

「…」

「あ、人間の姿だとそりゃ警戒するよな!オレも君と同じようなモノだよ」


 ほら!と笑顔で動いたかと思えばその人は一瞬にして人間ではないモノに変わった。そう、まるで生前ゲームか何かで見たことのあるスライムみたいな…とその姿を認識して恐ろしくなった。人に化ける得体の知れないそれに、わたしの口から思わず引き攣ったような悲鳴が漏れるとその生物は「逆効果だった!?ごっ…ごめん!!」なんてアワアワしている。心臓は未だに変な音を立てて早い鼓動を鳴らしているが、そんな情けない姿を見てしまったからか先程よりいくらか落ち着きを取り戻して問いかけてみた。


「…あなたは人間じゃないの?」

「お、おう!オレは見ての通りただのスライムだ。訳あって人の姿を象れるようになったんだけど、驚かせてごめんな?」

「いえ、大丈夫」

「君は何の魔物?妖気オーラからして人間じゃないよな?」

「え?」


 その発言に思わず頭がフリーズした。魔物?人間じゃない?どういうことだろうか。妖気オーラって何だ?そんなまるで漫画やゲームみたいなことを平然と言ってのける目の前のスライムに思考が追いつかない。固まったままのわたしにスライムは「あれ?おーい?」とぷるぷるその身を動かしている。
そこでようやく気付いたのだ。この数ヶ月自分が健全な疑問に見て見ぬふりをしてきたことを。何も考えないようにしていたことを。


「ここは、死後の世界ではないの…?」


 それを皮切りに溢れた疑問を全てスライムにぶつけてしまった。意思疎通が出来るからといって初対面な上にどれだけの知識を有しているか不明だというのに自分を止めようがなかった。けれどもスライムは思いの外しっかりと話を聞いた上で全ての疑問に対する返答をくれたのだった。

 結論から言えばここは異世界で、わたし達は前世で死してこの世界に転生してしまったというものだった。にわかには信じられない気持ちでいっぱいだったが、彼の前世がわたしと同じ日本人で『三上悟』という名前だったこと、生前の情勢や流行ったものを聞けば同じ時代を生きていたことを知った。なぜそこまで確信をつけたのかと言うと、彼――スライムは無性だと言っていたけれど前世を考えるとこう表現した方がよいのだろう――からの「さっきの歌って…」なんていう疑問にキョトン顔でわたしが生前に自分が作った曲だなんて言ったからだ。
星の数ほどいた配信者の中でも決してトップには辿りつかない、中堅層の自分のことなど話したところでわからないだろうと思ったからの発言だったが、それはどうやら彼には当てはまらなかったようで。


「不躾なことは承知で聞くけど、君の前世ってもしかしてナマエさん…?」

「はい。よくご存知でしたね。そんなにバズってたわけじゃないのに」

「えええええ!!!!マジで?!オ、オレあなたのファンです!!!!」

「へ…」


 それから日が傾くまでリムルさん――改めて名乗ってくれた彼の今世の名前だという――はこの世界のことを色々と教えてくれた。森を覆っていたW何かWの気配の正体とそれが今どうなっているのか。狼達が突然大人しくなった理由も。
冒頭でわたしが目覚めてから数ヶ月経っていると言ったのも、それらを逆算してわかったことだ。そんな長期間森の中をウロウロしていただなんて女としてどうなんだろうか…いや、もう人間じゃないから良いのか…?
ついでにわたし自身が自分の種族や持っている能力がわからないことを話せば了承の上解析までしてくれて、自分がようやくWニンフWという妖精の類に転生したことが判明した。また、音楽に精通している能力を持っていること、それはこちらの世界に転生する際自分で望んでスキルになったのだと聞いて実にわたしらしいとすら思った。


「さて、今日はこのくらいにしておくか。もう日没も近い。また話しに来たいんだがこの近くに住んでいるのか?」

「いえ。特に定住地はないです。ここはお気に入りだからよく来るというだけで…」

「そっか。今まで意思疎通出来る相手とは出会わなかったんだもんな…。そうだ!嫌じゃなければ今オレ達が興している村に来ないか?今は色々発展途上だけど、衣食住は保証出来るし!大所帯だから騒がしいとは思うけど…どうかな?」

「わたしが行っても迷惑にはならないかしら?」

「そんなの全然!むしろオレは同郷の仲間が来てくれたら嬉しいし、村の連中も新しい住民が増えたら喜ぶよ!」

「…なら、嬉しいです。正直今が第二の生を受けて生きているというのなら、今までの暮らし方はあまり健全ではなかったと思いますし」


 よろしくお願いします、とぺこりと頭を下げればリムルさんはまた人型に戻って子どものように跳ねた。前世の年齢はわたしより一回りくらい歳上だというのになんて可愛い人なのだろう。思わずふふっと笑ってしまえばバツが悪そうな顔をしながらも差し出してくれたその手を、わたしは今世が終わるその日まできっと忘れることはないのだろう。何となく、そう確信した。

 こうしてリムルさんが統率する村へとやって来た翌日、狩りに出たリグルさんやゴブタ君達を追って行った彼がまた違う種族の魔物を数人連れて帰って来たのはまた次のお話で。


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